第5話
建物を覆った肉の蔦が脈動し、膨れ上がって行く。
その様は妊婦の腹のようであり、そして次第に引き裂かれて鮮血を流すその形は秘所のようでもあった。
そして大量の鮮血と共にそこから転がり出てきたものは一メートル程はあるかというような軟体性のナメクジのような生き物であり、丸みのある頭部には先端に目玉の付いた二本の触腕が生え、その合間には人とも両生類の何かとも取れるような不気味な顔が浮かび上がる。
イカした趣味だ――吐き捨てるようにベイクは皮肉を述べて、捕らえようと伸びてくる触腕をキモいだの気色悪いだの喚きながら切り払っているセキレイへと告げる。
「大本をぶっ潰すぞ。ザコを構ってやる必要はねえ」
「ガッテンだ!」
飛び掛かる蟲を宙返りすると同時に放った蹴りで弾き飛ばしたセキレイはベイクの提案にすぐに賛同し、彼の背中を護る位置から転身、その隣へと並び立った。
「うわぁ……」
しかしそこで彼女が見たものは、行く手を塞ぐように溢れ帰り地面を埋め尽くした蟲の大群であった。
蟲の全身から滴り落ちる粘液により立ち込める異臭が鼻を突き、それらが蠢くことで奏でられるくちょくちょと言う泥でも踏みしめるような音が耳に悪い。セキレイは思わず舌を出す。
だがベイクが見ているのは蟲の大群などではなかった。それに気付いたセキレイが彼の視線を追うと、先程まで広がっていた清々しい星空とは打って変わり、どす黒く重々しい闇に覆われた漆黒の空を穿たんと伸びた長大な何か樹のような物体があった。
「うわっ、まるであそこに大本があると言わんばかりだな、シショー」
「だな、分かり易くて良いじゃねえか」
恐らくはウクバールの中央にそびえる聖堂塔が変化したものであろうとベイクは予想を立てる。
そんな彼の傍らでは、己の得物である剣を構え、稲光を瞬かせ始めたセキレイが蟲たちを睨む。しかし――
「いい。此処はオレがやる」
「シショー?」
「隠遁生活じゃ中々見せる機会なかったからな。それにこの有様じゃ、多少街をぶっ壊しても今さらだろ」
住民たちの安否こそ気に掛かるものの、今は何よりも迅速にこの事態を収拾する方が先決であるとベイクは困惑するセキレイへと告げると改めて「正しい選択をしろ」とも言う。
一応の納得をしたセキレイは背後からの奇襲に対して警戒しつつ、肩に大剣を担いだまま押し寄せる蟲の波に向けて歩みを進め始めたベイクを姿を見詰めた。
彼が何を考えているのか、彼女には皆目見当が付かない。ただ纏う雰囲気がいつものベイクとは少し違うような気がして、彼女の胸はひたすらにざわつき続けた。
そんなセキレイの不安になど気付く由もないベイクは、どれ程己が自らの運命に辟易していようとも、いざ平和を脅かす相手との戦闘と相成ると昂ぶってしまう自分に呆れてしまう。
「……だが、悪くねえ」
イイ気分だぜ――戦いの高揚感だけが辟易した嫌な気分を何処かへとやってくれる。ベイクは不敵な笑みを携え今一度大剣の柄を握り締める。締め付ける音が鈍く響いた。
「精々、盛り上げていこうじゃねえか! ――砕けろ!!」
グラウンドブレイカーと、勇者ベイクを題材とした物語では彼が大地を割り隆起させて敵を一網打尽にした伝説からその業にそう名前を付けた。
実際に彼自らが名付けたわけではないし、逆に彼が己の戦闘術に付けたベイクリングアーツの名は何故か殆ど知られていない。
一部では二つ名としても取り上げられているその大地を割った一撃はベイクが司る四大属性の内、土の属性に連なる魔法であり、その頂天でもある。
ベイクは――当然グラウンドブレイカーなどとは叫ぶわけもなく――渾身を以て振り抜いた大剣を地面へと叩き付ける。
普通であれば硬い石畳により惨めな音を立てて弾かれるであろう刃であるが、フォウグの牙を鍛え造り上げられたその大剣はベイクの怪力により、彼の言葉通りに石畳を叩き割り地面へと深々めり込む。
そして次に生じるのは土の魔法。これこそが肝要でもある。
それはベイクが叩き付けた大剣により生じた地面のひび割れを蟲の大群の方角へと迅速に奔らせ、そして次の瞬間、ベイクが剣を捻るのと同時に通りをばっくりと裂いた。
「ウソォ!?」
生じた地割れに次々飲まれて行く蟲たち。その光景をぎょっと見開いた両目で凝視するセキレイから驚嘆が挙がるのも当然だった。
「セキレイ、テメエもオレの弟子ならこれぐらいは出来るようにならねえとな! 仕上げだ!!」
ムリに決まってる――ベイクの言葉に絶叫で返したセキレイの前で、彼は地面にめり込ませたままでいた大剣を今度は一息に引き抜いてみせる。剣にはその時既に炎が灯っていた。
すると今度は地割れの中が赤く照り返し始め、そして炎とそれに溶かされ溶岩が噴き上がる。街を包んだ闇が一気に赤に照らし出された。
正しく地獄のような光景を前に、目を丸くし口を開けたままにして絶句するセキレイへと剣を肩に担いだベイクが振り返ると得意気な表情で一言。
「一丁上がりだ」
蟲たちの大半以上が彼の一撃により焼き尽くされた。




