第4話
三
「お星さま、今日は何か返事くれたのか」
あまり遅い時間に外を出歩くと異端審問官に目を付けられるとレアは言っていた。そのせいであろう、ウクバールほどの都市にも関わらず、街には人の気配がまるで無かった。
そんな中を黙りこくって歩く二人であったが、沈黙を破ったのは意外にもセキレイからであった。
「相変わらず黙り、さ。ま、慣れたもんだよ」
足を止め、再び星空を見上げるベイク。セキレイも遅れながら足を止めると、彼に振り返り同じように空を見上げる。星は変わらずそこで輝いていた。
しかし彼らは何も言葉を発しはしない。
そんな星たちには興味が無いと、セキレイはベイクへと視線を戻すと訊いた。
「……さっきは、なに話してた」
「ンなもん、ナイショに決まってる」
「知ってた……」
見上げながらセキレイが訊ねる。無論、ベイクは答えない。
だがお互いにそのことは分かっているのでセキレイはべっと舌を覗かせつつすぐに引き下がるし、ベイクもその表情には笑みがあった。
二人の間にまた沈黙が戻ってくる。
歩き出したベイクは立ち止まったままで居るセキレイを通り越して行こうとするが、そんな彼の背中へと彼女の声が飛んだ。
「シショーもレアのこと、好きなのか?」
振り返るベイクの表情は訝しげに歪んでいて、彼はその後微かに鼻を鳴らすとセキレイを指差しながら半笑いしつつ「なんだそりゃ」と言う。
「だから! レアはシショーが好き。シショーもレアが好きなら、二人はケッコンとかいうのするんだろ!?」
「そりゃ、飛躍しすぎだろ。もっと色々ある」
「じゃあイロイロあった後、するんだろ!? ケッコン!」
また突然に何を言い出すのかとベイクは呆れるが、少なくとも何かなくてはこんなことを言い出すセキレイではない。
ベイクはそう思い、髪と同じ鈍色の髭が生え始めている己の顎先を手で撫でた後、睨み付けてくる彼女に向け「いったいどうした?」二度目となる問いをする。
「分からない!」
「は……?」
「分からない、ケド……そうなったらワタシは……」
言いながら次第にうつむいて行くセキレイの声は小さくなって行き、最後の方はもはや何を言っているのか聴き取ることも難しいほどになっていた。
それを見て、聞いていたベイクは依然として己の顎を撫でながら、しかしその後に大きな溜め息を吐くと突如「スキあり」と言ってセキレイに向け、凡そ本気としか見えない鋭さの右のハイキックを放った。
だがセキレイはそれを身を屈めて危なげなく回避して見せる。直後、身を翻したベイクはハイキックの勢いを利用し、連続して今度は左の後ろ回し蹴りを放つ。その間、ベイクは完全に宙に浮いていた。
しかしそれすらもセキレイは、身を屈めた己に命中させるために低い軌道を飛んでくるその蹴りを、跳んで錐揉みしながら避けることに成功する。
互いに着地をし、セキレイが体勢を立て直す頃、ベイクは更に回転した勢いを持って彼女に正拳を放った。
――鋭い音が響き渡る。
ベイクが鋭く放った正拳。それは左右を重ね合わせたセキレイの手中で止まっていた。それでも拳に押し込まれ、彼女の鼻先は己の手の甲に潰される寸前だった。
セキレイは奥に見えるベイクのにやけ面を丸くした双眸で見詰めつつ、少し震えた唇を動かし言った。
「す、スキなんかない!」
「けっ……それで良い」
ベイクが拳を引く。痛みの残る手を振りながら、何事かとセキレイは訊ねたが、その時にはもうベイクは星を見ていた。そして彼女の問いへの返答とは別で言う。
「――オレは勇者とか言う名の“保障”だ。安寧を維持するための機能でしかねえ。人の形をしていても、人とは違うのさ。恋だの愛だの、結婚なんて人らしいことは……ああ、疾うの昔に諦めてる」
何か言いたげにしながらも、言葉が出てこないらしく悔しげに唇を噛み締めているセキレイを、ベイクはしかし穏やかな表情で笑い掛けながら見詰め「だから――」とそして続ける。
「セキレイ、お前はただオレから学べば良い。戦い方、力の使い方をな。だが、オレと同じ選択はするな。オレの人生は、言っちまえば“悪い例”みたいなモンだからな。お前は人として、いつか勇者と呼ばれるようになりゃあいい」
「シショー――」
「さて……そうこうしてる内にお出ましだぜ」
彼の語る言葉に、遂に黙っている事が出来なくなったセキレイはその目に薄らと涙を滲ませつつ口を開いた。が、その口が何か言葉を紡ぐ前にベイクが告げる。
刹那、二人の周囲、通りに沿う形で並び立った建物たちとそれらを照らす松明の列。それら全てに何か気味の悪い、赤い肉のようなものが這い回り被って行く。松明の火を彩る橙はたちまちに黒く染まり、火は闇の揺らめきへと変貌する。
「その格好で出てきたって事ぁ、ちゃんと予測出来たみたいだな。偉い、褒めてやる」
「ば、バカなこと言ってる場合か! シショー!!」
持ち上げた右腕から大剣ドラゴントゥースが飛び出し、己の腕より出でて宙で遊ぶそれの柄をベイクは掴み取ると肩に担いだ。
彼に背を預ける形で立ち位置を変えたセキレイも、着てきたことをベイクが褒めた戦闘服たる白と黒のコートを翻し、その背に背負った片刃の剣ライディーンを構える。
「ああ――さあ、パーティーの時間だ」
不敵な笑みを浮かべたベイクが言う。
二人を取り囲む闇の気配。街を覆った肉の中より、無数の異形たちがその姿を現した。




