第3話
二
――その日の夜。
ベイクはレアが眠りについたのを見計らい店の外へと出ては、いまだに荒れたままの通りに立ち夜空を見上げていた。
ここウクバールは大陸の中央にある大都市であり、問題など至るところで、今まさにだって起きていることだろう。
レア曰く、異端審問官も人手不足で日夜あちこちを走り回っているとのこと。この場の処理も迅速にとは行かないとのことだった。
しかし疑われた以上は必ず連中はレアを捕らえに来る。彼女は居を移すつもりでいることをベイクに明かしていた。
そして彼も、そして戦闘を行ったセキレイも身を隠した方が賢明であるとも。
「……」
星はいつも見上げれば瞬いていて、ベイクはそれを見ると落ち着くことが出来た。自らと同じ、長い時を変わらぬ姿で旅する星々。
孤独が星を見上げている間だけは紛れた。
ベイクは思い返す。
あの時はただ、邪竜の恐怖に怯える両親や周りの人たちが不憫で可哀想だったから、何とかしてあげたいとそれだけだった。
自身の生まれた意味など知らず、ただ絵本の中で悪いドラゴンを退治する勇敢な騎士に憧れ、自分もそうなろうとしただけだった。
全ては自分で選んだことだと、そう思っていた。
どんな強い敵が立ちはだかり、辛い選択を迫られてもそれが支えであった。
「結局、オレの意思なんざ最初っから関係なかった」
彼は己を見下ろす星たちに告げる。
「考えりゃ考えるだけムカつくが、フォルトゥナのヤツが憎いワケじゃねえ。結果としちゃあ皆を助けることが出来たんだからな。けどな……けど、どうしても考えちまうんだよ。もし、世界とか人々の願いとか、そんなモンが関わることなく生まれてくることが出来たならオレは――」
そこまで言って、ベイクは口を閉ざした。そして空を見上げていた顔を下げ、その首を回した。そうして見付けたのは店から出てくるセキレイであった。
彼女は「見付かったか」べっと舌を出して言いながらも歩みは止めず、ベイクのすぐ近くまで歩み寄ると言った。
「夜は楽しめたのか、シショー」
言って自分で恥ずかしくなったのか顔を赤くしたセキレイはそれを誤魔化すついでに諸々の仕返しと、ベイクの肩に拳による殴打を見舞う。
無論、本気の殴打ではないし、仮に本気であったとしてもベイクには通用しない。それでもせざるを得ない気持ちであった。
「はっ、ほっとけ。ガキにはまだ早い」
そんなセキレイの様子が可笑しくてベイクは笑ってしまいながら彼女の頭を雑に掻き乱してその白金の髪をぐしゃぐしゃにする。
ベイクの手のひらは広大で、彼女の頭がすっぽりと覆われてしまうほどである。故にろくな抵抗も出来ずにされるがままのセキレイであったが、彼女は必死にベイクの手首を両手で掴み退けようとしながら「やめろっ」そう訴える。
やがて満足したベイクがその手を退けると、彼によって滅茶苦茶にされ鳥の巣のようになった頭のままセキレイは彼を見上げ睨み付けながら語気を強め言った。
「っ……シショーはいつもそうやってワタシを子供扱いする!」
「子供扱い? 事実、子供だろ。それにその台詞、それこそ子供の証だ。……いったいどうした?」
「……べつに」
子供だな――明らかに言いたいことがあると言うような調子でありながら、いざそれを訊ねてみると答えようとしない。そんなセキレイに呆れてベイクは肩を竦めた。
とは言え彼女には少しばかりキツいことを昼間での戦いで言ってしまったことを気にしていたベイクは彼女を放っておくことも出来ず、己の腰に手を添え、一度大きく夜の少しひんやりした空気を吸い込むとそれを鼻から吐き出した後言った。
「少し散歩でもするか」
その提案にセキレイは晴れやかで無い表情をして、その目をベイクに向けることなく短く「……する」と答え、そして二人は松明が灯した頼りない明かりの中、当て所なく歩き始めた。




