第10話
五
「すごい……!」
「ああ、だがまだ三分ってとこか?」
――少しだけ遡る。
文字通り光速の動きを見せるセキレイが描いた軌跡を、その双眸を輝かせながら見詰めるアルフレイの表情は明るい。
魔法使いである彼はセキレイが見せる、四大属性に無い雷の魔法に興味があるらしい。
今にも研究させろとでも言い出しそうな表情である。
そして彼の驚嘆に珍しくもベイクが素直に同調するのだが、そんな彼の言葉に更に驚愕したアルフレイが視線を向けた。
「三分? アレで三分だと!? 使う属性だけじゃない、出力だってマスター以上ではないですか!」
「速さなら十分だろうよ、だが出力なら見たところオレの方がまだ高い。アイツならもっと出来る……」
ベイクは街へとその目を向ける。
そこには雷に引き裂かれた建物や地面があったが、崩壊させるまでには到っていない。雷が噴出した際のセキレイが己を自制していたようには見えなかった。
それを鑑みれば先の雷が彼女の全力であり、故にベイクも一瞬身構えた。だが、しかし実際は建物一つ破壊し切れていないし防ぐことも容易であった。ベイクの魔法であれば塵も残らないことだろう。
彼の英雄にそう言われてしまうと、アルフレイも黙らざるを得なかった。事実として彼はあの闇のものたちを退けているのだから。
「……いずれ貴方の力すら凌駕すると?」
「でなきゃ、育てたりなんかしちゃいねえよ」
アルフレイにはセキレイはただの光線にしか見えていないが、ベイクには彼女の一挙手一投足が見えているようで、彼のその目は忙しなく動いていた。
そしてそのしみじみとした調子の言葉を聞いて、アルフレイはベイクから何かただならぬものを、漠然とではあったが感じたのであった。
「――終わったみたいだな」
「え――あっ」
そんなベイクを尻目に見ていたアルフレイであったが、突如としてまた口を開いてベイクから出てきた言葉に急いで視線を戦場に戻す。そこでは既に男二人が倒れていた。
セキレイが力を放出してから何秒もしていない。
これでもまだ英雄に到らないのかと思うと、アルフレイは自らの傍らに居る男を恐ろしく、そして頼もしく感じた。
「うぅ……っ」
「おっと、気が付いたか? おい、アンタ。レア……あー……フェス・ティマって知ってるか?」
そんな時、ベイクの腕で眠っていた女性が身動ぎすると共に口紅の引かれた唇より微かな呻き声が挙がる。
ベイクとアルフレイの二人の視線が彼女に注がれる中で、女性が薄らと閉ざされていたまぶたを持ち上げたのでベイクが訊ねた。それを聞いて、アルフレイは彼女がフェス・ティマでないと知る。
「……オレの顔に何か付いてるか?」
テレるぜ――顔の火傷のこともあり、ベイクは人を怖がらせないように気遣うことを覚えていた。故に女性に気さくな感じで笑みを見せると、そんな冗談だって言う。
アルフレイと初めて対面した時も、彼が目覚めるまでの仕打ちは置いておくとしてベイクの態度はキツくはなかった。
存外、彼の元々として見た目ほど厳つい性格ではないのかもしれない。弟子の前では威厳でも保っていたいのかもしれない。
アルフレイは端から彼の様子を見たことでそんなことを思い、少し可笑しくてついと笑みが溢れた。
そして事態は更に面白い事へと発展を遂げることとなる。
「ベイク……っ!!」
「おう……ってオレを知って――」
バチィン――と、鋭い音が鳴り響いた。
クスクスと笑っていたはずのアルフレイも思わず両目を丸く剥いてその光景に釘付けにされてしまう。なんと女性がベイクの頬を力強く叩いたのであった。
首が傾くほどの勢いである。
おもむろに逸れた顔を再び女性へと戻すベイクの表情も、それこそ鳩が豆鉄砲を食ったような表情でいる。ほんのりと叩かれた彼の頬が手形に赤くなって行く。
そんな自らの頬に触れつつ、きょとんとしていたベイクの顔であるがそれが徐々に驚きに変わろうとして行き、彼は言った。
「このビンタ……お前……レア、か!? うおっ!?」
「ベイクっ!!」
そしてベイクがまた聞き慣れない名をアルフレイへと意図せず届けた瞬間、彼の腕の中に抱かれていた女性が今度は飛び掛かりベイクへと抱きついた。
思わぬ展開にベイクは、元々屈みながら女性を抱えるという不安定な体勢で居たため、女性に押し倒される形でその場に転倒。
どてという鈍い音がし、アルフレイが白黒する目のまま見下ろす前で「待て待て」と声を挙げたベイクが女性を引き剥がしに掛かった。迷惑そう……と言う風には、見ていてアルフレイには思えなかった。
「生きてた! やっぱり……生きてた……生きてたよ……皆……!」
そして驚く。
ベイクに飛び付いた件の、ベイクがレアと呼んだその女性は彼へと強く縋り付くと共に涙を流し始めたのである。
そして彼女の“生きてた”の言葉に、アルフレイは気付いた。
「無限の魔女フェス・ティマ……?」
この女性がそうであると。
すると女性の濃紺をした髪がお団子状に纏められた頭を、あやすように撫でながらベイクが上体を起こし「そうだ」と肯く。
彼の表情は泣きながらも笑う女性と同じように、涙こそ見せないながらも実に嬉しげな笑顔であった。
勇者。英雄。そして二千年近くを生きる男であっても、結局は人間。ベイクの表情を見たアルフレイは安堵する。やはり彼こそが彼の者、ベイクなのであると此処に遂に確信する。
と、そこへ――
「ひ、人が必死に戦ってたのにシショー――何してるんだあっ!?」
アルフレイの曲がり気味な背中がピンと伸びる。
怒号の先を見るとそこには怒気やら驚愕やら何やらで兎に角すごい表情を、更には鬼のように赤くしたセキレイが剣をベイクへと突き付けて立って居た。




