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第1話

 場所は何処か森の中。手作りの家屋の周囲だけ森林は開けていて、けたたましい鳥のさえずりの合間、からりと乾いた紙の擦れる音が混じる。間隔は頻りなさえずりの方と違ってまちまちではあったが、総じて長い。


「何処で何がどう間違ってオレが女になったのかは知らないが、割と面白い。特にこの、やっぱり女になってるフォウグ――ドラゴンのこと――と乳繰り合う場面だが……おい、剣筋が雑になってるぞ」


 本のページ、その端に折り目を付けて閉じる。表紙には金髪の長い髪をなびかせた美少女と角を生やした赤い髪のやはり美少女が描かれている。


 そして若さのやや薄れた低い声が告げる。

 ごわついた銅色のソフトモヒカンをした頭、白い肌をしながらも右頬を覆い尽くし右目にまで到ろうかというような青紫色の火傷が痛々しい顔。青年期を脱する直前といった辺りの男性だ。

 彼の橋を描く青い瞳の目と、裂傷の跡の残る唇には何処か小馬鹿にしたような薄ら笑いが浮かんでいた。


「――だって! シショー! 魔法は集中しなくちゃ使えないんだぞ!? だから魔法使い(れんちゅう)は後ろで護られてるんだ」


 なのに――そう言って、稲妻を纏う身の丈ほどもの諸刃の大剣を両手に握り締め、シャツとハーフパンツという簡素な服装から覗くその華奢で白い体を翻し嘆くのは白金の髪を一つに束ねた少女だった。


「なのに体を強くする魔法と、雷を操る魔法を併用した上で更に剣を振るい立ち回れなんて無理、か? 馬鹿を言うな。オレを見くびっているんじゃないのか」


 少女の言わんとしてることを代わりに告げた男は腰掛けていた揺り椅子から立ち上がる。彼の装いもシャツに作業着としてのジーンズをサスペンダーで吊っているだけと簡素だ。


 男は貸せと少女から剣を引ったくると、それを片手で軽々と持ち上げ構えてみせる。稲妻は剣が少女の手から離れると共に消えていた。


「出来もしないことを言いやしない。セキレイ、お前は集中すべきものを間違えてるんだよ。魔法なんざ片手間で良い。目の前の敵に集中しろ」


 今の敵とはつまり、幾つもの切り傷の付いた木である。見ていろと男はセキレイと呼んだ少女に言った。そして五色が纏わり付く剣を握る右手。右腕を振るう。


 男の斜め後ろ、安全圏まで下がったセキレイの目に、鈍い色の閃光が幾つか瞬いた。ほんの一瞬の出来事である。

 男が剣を地面へと突き立てると、その後少ししてセキレイがいくら切りつけても断ち切る事の出来なかったその堅い木が幾つにも切り刻まれ崩れ落ちて行く。セキレイから感嘆が挙がる。


「さすがシショー。さすがベイク……って、どーやったら身体強化と四大魔法をいっぺんに!? スゴすぎてセキレイにはさっぱりだっ!!」


「だから考えすぎなんだよ。適当にやれ、適当に。出来て当然。そう思っとけ」


 ベイクはあくびを一つすると踵を返し、家の方へと戻って行く。「シショー!?」と頭から湯気を出し目を回していたセキレイが彼に声を掛けると、ベイクはしかし手をひらひらと扇ぎながら、再びあくびをしつつ言う。


「オレは一眠りするから、気が済んだら戻れや」


「どーしたら!?」


「やれば出来る。自分を信じろ」


 酷く無責任な言葉にセキレイは愕然とし、扉の向こうへとその広い背中を消したベイクに溜め息を一つ。そしてちらと地面に突き刺さったままの大剣を見た。そしておもむろに手に取る。


 彼女のそのままの膂力では剣を持つことは出来ない。故に魔法を行使し己の肉体を強くする。これだけならばまだ余裕はあった。剣を引き抜き、別の木の前へとセキレイは立つ。


「集中……しゅーちゅー」


 両手で滑り止めの布が巻かれた柄を握り締める。

 セキレイの両目の黄金の瞳が剣の切っ先から木へと狙いを定めた。刹那、あのけたたましい鳥のさえずりが響き渡る。それは剣に纏わり付く稲妻が奏でた音であった。


「でやあっ」


 剣を振りかぶり、セキレイの頭上で円を描いた切っ先が駆ける。轟と唸りを挙げて、掛け声と共に彼女は大剣を薙いだ。刃と木の幹がぶつかり合い、そしてセキレイと木、その両方が震える。剣の刃は僅かに木の幹にめり込んだだけであった。


(イタ)ぁ……」


 両目の端に微かに涙を浮かべながら、痛みを発する己の両手をセキレイは見下ろした。


「シショーはどうしてこのなまくらであんな軽々ぶった切れるんだ? 魔力を通わせないと斬れないってのは、知ってるけど」


 いくら魔力を通わせても、剣は一向にその切れ味を見せない。そのことがセキレイには疑問でならなかった。

 それでもあのベイクがやれば出来ると言うのだからと、セキレイは今一度幹にめり込んだままの大剣、その柄に手を掛け握り締めた。痺れも痛みも握り潰し。


 その後も暫く、セキレイの掛け声と稲妻のさえずり、そして揺れる木が奏でる音は続くのであった。

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