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第5話


 ――チリチリと鉄が焼け付くような音が繰り返し響く。音だけではない、臭いもだ。


 場所は暗く埃っぽい、何やら壺や瓶などが無数に並んだ部屋のようである。静寂を抱いていたそこに突然鳴り始めたその音に部屋の隅をいそいそと鼠たちが走り抜けて行く。


 やがて件の音が止む。そして代わりに壁沿いに配置された棚が震え始め、そこに列べられた瓶たちが別の音を奏で始めた。


 部屋の片隅に固まった鼠たちが尖った鼻先を持ち上げ、髭を小刻みに揺らしながらビーズ玉のような目でその様子を見守る。

 今は上の階から頻りに聞こえている怒鳴り合う声も彼らは気にしていなかった。


 一瞬音が止む。しんと鼠たちの小さな耳に耳鳴りが響いた刹那、棚が爆ぜて乗っていた瓶たちもまた砕け散り、中に入っていたと思われるツンと鼻を刺す臭いを放つ液体を撒き散らした。


 大きく揺らいだ棚はゆっくりと前のめりに床へ倒れ込み、部屋を埋め尽くすほど巻き上がった埃の中に数名の咳の声が響いた。


「――あのヤロウ、転移門を壁の中に埋めてやがったな」


「けほっ……げえっ!? これ、なんのニオイ……?」


「これは防腐剤と……多分鼠の糞……」


 サイテー……埃の中から手を扇ぎ埃を払いながら姿を見せたのはベイクを始めとしたセキレイとアルフレイたちであった。アルフレイの説明にあった糞という言葉にげんなりとして顔を青くしたセキレイは以後、鼻を摘まみ口を閉ざしてしまう。


「うっわ……すごい。これ、ヒュダマンドラの睾丸?」


「ああ、大昔にオレが毟ったやつだろうな」


 外套で鼻から下を覆ったアルフレイであったが、彼はセキレイと違ってこう言った惨状に慣れているのかベイクのように神経が図太いのか喚くことは無かった。


 寧ろ他の無事な棚に列べられた瓶の中身を覗き見ては感銘を受けたような声を挙げる始末であり、その内の一つを手に取ると中身に浮かぶ手のひら大の二つの歪な球体をしげしげと見詰めながら誰にと言わず訊ねる。


 すると答えたのは部屋を見渡して出入り口を探しているらしいベイクであって、肩越しから同じものを見て訝しげな表情をしているセキレイを尻目にそれを聞いたアルフレイは「えっ……でもヒュダマンドラの睾丸は外部には露出してないはずですが……」と何やら気まずげな声を挙げた。


 ベイクも彼のその声を聞くと肩を竦めながら「そこまで知ってるなら訊く必要ねえだろ。オレも思い出したくないんだからな」そう嫌な顔をして言った。


「こっから上がれそうだな」


 おい――と思い思いに散らかった部屋の中を見ている二人に声を掛けたベイク。彼に二人が気付いて顔を向けると、ベイクは顎をしゃくりついてくるようにと促す。


 扉の無い階段の先を見上げると、その先にはある扉の隙間から明かりが漏れ出ている。階段を上がって行くベイクを追い掛けながら、セキレイが訊ねた。


「転移門なんて私は知らないぞ。デシにも内緒なんてシショーとしてどーなんだ?」


「お前に教えたら勝手に飛び出して行きかねねえからな」


「あの……協力者と言うのは? 僭越ながらベイク殿が失踪なさってから七百年余り……」


 身も蓋もない回答に憤慨し、ベイクの背中を拳で殴り出すセキレイを他所にに、彼女の後ろを追っていたアルフレイもまた、転移門を利用する間際彼が言っていた協力者について訊ねる。そしてそれは言い難い事実であって、言うに当たり彼の表情には罪悪感が滲んでいる。


 ベイクは扉に手を掛け、両開きらしいその扉を押し開けながら怒りの形相をしてがるがると唸るセキレイを無視し、しかしそんなアルフレイへと得意そうな笑みを浮かべた横顔を向けると言った。


「ああ、仲間だった連中は皆死んじまってるだろうな。血を引く奴が残ってるくらいだろうよ。だがヤツは別だ――無限の魔女はな」


「フェス・ティマ……!?」


 ご名答――ベイクは指を鳴らすそう告げて扉の向こう側に、日の光が満ちている先へと踏み込んで行く。

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