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第1話

「――酷えな、これ。誰が直すと思ってるんだ?」


「シショーでしょ?」


「馬鹿言え、そういうのは弟子の仕事と相場が決まってる」


 横暴だ――外された扉。ぽっかりと口を開けたままになった戸口を潜ったベイクを追い掛けるセキレイが彼を批難した。


 家内に入ったベイクは一頻り室内を見渡し、扉以外荒らされていない事を確認し一息吐く。彼手製の家である、愛着も一入なのだ。家具一つとっても作成した思い出が詰まっている。


 そんな数ある家具の中でも特に出来良く作成できたお気に入りのソファへと彼は歩み寄り、自らの巨体をどかりと沈める。体重にソファが悲鳴を挙げる中、セキレイが放り投げてきた酒瓶を受け止める。


「酔わないのに、わざわざお酒を買う理由ある?」


「金を出すのはオレだ、ほっとけ」


 ベイクは飲み口に封をしているコルクを指で押さえ付けると力ずくで瓶の中に落とし、そうして開封した酒を一気に煽った。


 セキレイが言うようにベイクは酒に酔わない。彼の異常なまでの代謝機能がそれを許さないのである。彼にとって酒はただ不味いジュースでしかない。だが彼はそれを敢えて飲み続けていて、その答えは彼が言った通り。


 ただそれでセキレイが納得しているかと言うと当然そんなことはなく、ベイクの言葉に彼女は不服そうに頬を膨らませていた。


 そんなこんなありつつ、セキレイは納得行かないままに倒れている扉を手に取るとそれをひとまず戸口に嵌め込み、それからさてどうくっ付けるかと悩んだ。


「――で、アレは何処にやった?」


「え……なに、アレって?」


 嵌まっているだけの扉を腰に手をやりながら見上げていたセキレイに不意にベイクが訊ねる。


 セキレイはそれに腰を捻り上体だけでベイクに振り返ると、しかし彼の言っていることの意味が分からないらしく頭に疑問符を浮かべながら首を傾げ訊ね返す。


 そんなセキレイの横顔、己に向けられている彼女の尻目を酒瓶片手にそれを揺らしながら黙って見詰め返すベイク。


 無言の時間が流れる。見詰め合う二人であったが、ベイクの無言の圧力に次第にセキレイの顔に冷や汗が浮かび上がり始めた。


 彼が果たしてなんのことを言っているのか、早く思い出さなくてはとセキレイは必死に己の頭の中を“アレ”を求めて探し回り、その間はまるで獲物を見付けたネコ――猫に非ず、それに似た生き物のこと――のように自らを見詰めてくるベイクへと愛想笑いして誤魔化した。


「……」


「あー……えとぉ……?」


 ちゃぽんと酒瓶の中で酒が波音を立てる。ベイクは苦々しく笑うセキレイをとぼけた表情をして見ながら、肩を竦めたりして言葉ではなく態度で追い詰めて行く。


 例えばベイクが集めているのだという色々な硬貨がある。セキレイはある時それを一つ、家の掃除をしている時に無くしてしまったことがあった。


 結局それは見付かることはなく、しかし沢山あるのでベイクは気が付いていないとセキレイは思っていた。


 まさか気付いていたのだろうか。だとしても何故このタイミングで突然――セキレイはそんなことを疑問に思いつつ、これの回答次第では明日の鍛錬が地獄と化すと恐怖した。


 今だ件の硬貨が見付かっていない以上はなんとかして誤魔化すしかない。


 ここは一つ大胆に冗談でお茶を濁そう。そうした後、先ほどの現象について話題を変えればなんとかなるやもしれない。セキレイは思い切って口を開いた。


「あ、ああっ! アレね!! アレアレ……アレはねぇ――」


 何か冗談として利用できそうな物はないか、幾つか目星を付けたセキレイが大仰な動作でベイクへと振り返り、立てた右手人差し指でそれを指し示そうとした時であった。


 ――ごとん、と鈍い音を立ててクローゼットの扉が開き、中から黒い何かが転がり出てきた。


「そこに居たか」


「アレのことぉ!?」


 それはあの黒い外套の人物であり、それを見たベイクの反応を見たセキレイが思わず驚きの声を挙げ指差した。


 ベイクの言っていたのは外套の人物のことだったのである。


 そしてそれはセキレイがベイクを助けに飛び出す直前、何かあってはいけないからと彼女がクローゼットに押し込んでいたのであった。


「……なんだと思ってた?」


 そのことをすっかり失念していたセキレイのその様子をじとりとした目付きで見遣るベイクであったが、当のセキレイと言えば己が勘違いで無意味に気を揉んでいたことを知って脱力。がくりと肩を落とすと溜め息を吐きながら苦笑するばかりであった。


「まあ、“コレ”の事は後で詳しく訊くとして……」


 瓶を床に置き、ソファから立ち上がりながらベイクはシャツの胸ポケットに手を入れる。


 そこから取り出した物を彼が指で弾くと金属質の甲高い音が響き、修羅場を超えてぼんやりしながら床に転がる外套の人物を眺めていたセキレイがそれに気付き顔を向けると、己に飛んでくるそれを咄嗟に両手で受け止めた。


 なんだろう――そう思いながら彼女が指を開くと手中から出てきたのは無くしたはずの件の硬貨であった。


「げぇっ……」


 硬貨に顔を青くし、ばつの悪げな声を挙げるセキレイを他所にベイクは外套の人物の元へと歩み寄り、倒れるそれの傍らに屈むと頭を覆った頭巾に手を掛けた。


「先にこいつから話を聞くとしよう」


 そして頭巾を取り上げると出てきたのは黒髪の青年。その端整な顔つきであった。

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