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第10話

 ドラゴントゥース――ベイクの右腕から生えてきたその剣は、少し前に鍛練としてセキレイも振るっていたあの諸刃の大剣であった。


 造りは無骨極まり、漆黒の剣身に映える象牙色の刃。

 鍔や護拳も無く、接続器具も見受けられず、剣から直接生えたような柄にも布が巻かれているだけである。

 その様相は正しく、飾り気ない獣の牙が如く。


 飛び出したその大剣を掴み止め、身体強化を使いあまつさえ両手で扱うのがやっとであったセキレイとは違いベイクは右手一本で構えを取る。


「セキレイ! ……よく見てろ」


「おおっ」


「手は止めずに、だ」


 そんなムチャな――魔法を絡めた近接戦(ベイクリングアーツ)を今だ習得出来ていないセキレイは、魔法を纏い己は前進するだけという極めて単純な方法でしか立ち回れない。


 無論余所見などする暇は無く、ベイクの戦いを観察しようとして足を止めた彼女であったが、彼は彼女に戦いながら見るようにと言うので、セキレイは思わず叫んでしまう。


「無茶も無謀も、無理も無駄も、全部纏めて悪党ごとぶちのめすのが、お前の憧れた、なりたいと言った勇者って大馬鹿野郎なんだよ」


 ベイクの説教に「ムチャクチャだ……」と魚面の群れを最低限の身体強化と必死の雷、そして拙くなる剣技でなんとか凌ぎながらセキレイが愕然として嘆く。


 しかしベイクは構わない。

 セキレイならば魚面程度に後れは取らないと信じた自分を、彼は信じているからだ。


 覚悟はいいな――そんな二人の問答などそれこそどうでも良いとする女体の怪異が放つ触手。


 だがベイクは自らに向けられたその凶器など歯牙にもかけず、その目はただ怪異のみを射貫いていた。己の倒すべき敵だけを。


「だからよく見てろ。これが、オレの戦いだ!」


 ベイクが咆え、彼は踏み締めた水底を蹴るとそこに火の魔法による爆発が生じ、彼の体はその勢いを伴って砲弾のようにその場から飛び出した。


 彼は左手の五指を獣の爪に見立て振るい、そして生じた風は正真正銘の鋭き爪となり迫った触手を引き裂く。


 触手から噴き出した怪異の青い鮮血は、彼が体に纏った熱気により瞬く間に蒸発して行く。

 しかしまだ触手は無数にあって、怪異はベイクを己に近付けまいとそれを振り回す。


「シショー!」


「落ち着け。まずは慌てず、道筋立てて――薙ぎ払う」


 触手の機動は不規則かつ迅速で、行く道が無いと危惧したセキレイが串刺しに雷で焼いた魚面を払い除けながら叫ぶ。


 だがベイクはそんな彼女に応えるように、乱舞する凶器の嵐に真正面から向かいながら大剣を振りかざし、薙いだ。


 魔力を充填せねばなまくらにも劣るドラゴントゥースであるが、一度それが満足行くまでの魔力を与えさえしてやればその切れ味と破壊力はまさに無双。


 ベイクの無限の魔力を喰らい、彼が磨き上げた火の属性が付与された大剣の軌跡は煌々と橙色に輝いていた。


 炎の剣と化したドラゴントゥース。その灼熱の人薙ぎにより、ベイクの行く手を阻んでいた触手は一瞬の内に蒸発し、残り香としてその場に残留している炎を引き裂いて彼は一気に怪異との間合いを詰める。


「道筋立てた意味は!?」


 剣を媒体に召来した雷で魚面たちを引き裂きながらセキレイの突っ込みが入る。しかしベイクはそれに対し「言ったろうが、なんもかんもぶちのめすのが勇者だって」と、道筋とて例外ではないのだと言って退ける。


 さすがテキトー――ベイクの言葉に呆れ返り、開いた口からはそんな言葉しか出ないセキレイ。だがその時彼女は気付いた。


 全ての触手を断ち切られ、それが再生を果たすまで無力と化した怪異を護るべく、ベイクの前に立ちはだかった魚面たち。


 すっこんでいろと叫ぶベイクが剣を振り上げた。彼にとって魚面などなんの障壁にもなりはしない。それでも鬱陶しくはあった。


 その時、青の閃光が加速に加速を重ね最高速に達しているはずのベイクの脇を追い抜いて行く。セキレイだ。


 その一瞬こそベイクは驚いたが、すぐに当然かとほくそ笑む。


「――纏めて、ぶちのめぇぇっす!!」


 一筋の青い光芒と化したセキレイははまず魚面たちの一角を貫き、すぐに急停止。そこから真横へと直角に曲がり次々に怪異たちを吹き飛ばしベイクの通る道を空けた。


「こうか!? シショー!!」


 踵を両方揃え、それで水底を削りながら停止したセキレイは息も絶え絶えに振り返りベイクへと手を振る。


「ああ、上出来だ!」


 ベイクは左手の親指を立てて、それをセキレイに向けながら彼女を通過して行く。「ぶちかませ!」とそれを見送りつつ彼が巻き起こした突風に煽られ、乱れようとする白金の髪を抑えながらセキレイはベイク流に言う。その顔には満面の笑みがあり、その瞳は()の英雄の姿に、それへの憧れに煌めいていた。


 ベイクを阻むものはもはや何も無い。そして怪異には彼を退ける術は何も残っていない。それは己に迫り来るベイクを無い目で見詰め続ける他になかった。


 幾重もの赤い閃光が瞬き、次の瞬間には怪異の背後に立ち止まったベイクは居た。

 ゆっくりと彼に振り返る怪異に対し、ベイクは振り返らず右手に持った剣を肩に担ぐ。


 まず怪異の首が落ち、すると遅れてそれの胴体が三つに輪切りにされ、次々と臓物を撒き散らしながら怪異の姿が崩れて行く。

 無色透明であるはずの浅い潮海が青色に染まった。


 セキレイを取り囲んでいた魚面たちも次々と、文字通り水泡へと変わって崩れて行き、そこに終わりを告げるセキレイの歓声が響いた。


 一陣の風が吹き抜けると、それに巻き上げられる砂のように二人が囚われていた空間が消えて、すると良く見知った森の夜の姿がそこに現れた。

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