第52話:出立
第52話投稿致します。
周りがイーブルシュタイン連合国に向けて出発してゆく中で、
「さ、俺達も準備しようぜ? と言っても、俺は徒歩で向かう事になりそうだがよ……」
「大丈夫です、レンさん。自分も徒歩ですから」
二人のそんな会話を聞いて、僕は何だか申し訳ない気持ちになる。
ストレンベルク王国において世界同盟会議に呼ばれているのは、勇者の召喚に成功したレイファニー王女殿下に『勇者』とされているトウヤ。そして、簡易召喚魔法として確立させたカードゲームの考案者である僕だ。だから僕にも王女らが乗るような馬鹿でかい馬車を用意されはしたのだけど、それを断った。
「……アルフィー、君は僕の後ろに乗るんだ。君なら鈴鹿も嫌がらないだろうし……」
僕は自分の馬に跨りながらレン達にそう声を掛けた。アルフィーなら鈴鹿も乗せてくれるだろうし…………多分。
因みに……鈴鹿というのは僕の馬の名前だ。侍の職業に就いた際に派生の能力として馬術を習得できた事から、王国の厩舎より選ばせて貰ったのがこの馬である。なお、鈴鹿という名前は僕が付けた訳では無い。だから馬なのに何故鹿という字が使われているかとか言わないで欲しい。
「って事は俺だけ徒歩かよ。全く、お前が馬車を断るからだぞ、コウ」
「それは……悪かったよ。だけど、どうしても流石に王女殿下たちと同じような馬車に乗るのは憚られたんだよ。只でさえあんまり目立ちたくないっていうのに……。シェリルも歩かなければいけないっていうのなら考えなきゃいけなかったけど……」
「ええ、わたくしもこのコがおりますから……問題ありませんわ」
僕たちに微笑みながら応えるシェリル。彼女もまた額に角がある美しい馬に乗っている。一角獣と呼ばれるシェリルの召喚魔法で顕現した幻獣で、主と決めた彼女しかその背に乗せようとせず、そればかりか無造作に近づいたレンを後ろ脚で蹴りつけようとするくらい潔癖なところもあるらしい。
尤も、レンが動物から避けられるのは何時もの事だ。嫌われているというよりも、恐れられているっていうのが正しいのかもしれないけれど……。
「だとしてもどうしょうもねえだろ……。馬だろうが何だろうが……俺が跨ろうとしただけで逃げ出したりするんだぜ? お手上げだ。ま、問題はねえよ。別に徒歩で行く奴らはいるんだからな」
「レン……」
「大体、そんなに気にするってんなら馬車に乗ってってくれた方が良かったな。それなら俺はお前のお付きって事で乗れてた筈だったんだ」
「う……」
ジト目で僕を見ながらそう言ってくるレンに返す言葉がない。
……だって、仕方ないじゃないか。あんな豪華でバスくらい大きく、馬も御者も複数いるような馬車の中で過ごすなんて……、考えるだけで拒絶反応が出てくる。
幼い頃から「贅沢は敵だ」「豪華な暮らしをすると、元に戻った時のギャップに耐えられない」等といった教育を人一倍受けて来ているだけの事はあってどうしても体が受け付けてくれないのだ。
清涼亭での生活も漸く慣れてきてはいるものの、僕の奢侈に対する嫌悪感も筋金入りなのかもしれない。
そんな訳で丁重にお断りしたのだったが……、その所為でレンが割を食うというのもな……。
「……仕方ない、ちょっと待ってて」
「おい、コウ?」
これくらいなら多少影響は与えても問題はないだろう……。そう判断して僕は神々の調整取引を起動させるとある物を表示させる。
『全自動スケートボード』
消費修練値:1000
分類 :道具
概要 :持ち主の意に沿うように自動で操作できるボード。疲れにくい仕様となっている。スケートボードの外周をエッジ状に模様替えする時は取り扱いに注意すること。
超ハイテクノロジーの仕様になっていて、若干僕のいた世界でも開発されていないような代物のような気がしないでもないけど……まあいいや。
僕はボードを魂の修練値を使用して購入すると、それをレンに渡す。
「な、なんだよ、これ?」
「スケートボードっていうんだ。車輪がついていて普通に歩くのよりは楽な筈だから、取り敢えず乗ってみてくれ」
僕の言葉に恐る恐るボードに足を掛けるレン。すると……、
「おわっ!? な、なんだっ!?」
「説明によると本人の意思を読み取って動かす事が出来るようだけど……、取り合えずバランスを」
そこまで言ったところで盛大にレンがひっくり返る。空中に舞ったボードは華麗に着地を決め……、その乗り手であったレンは半ば呆然と見ていた。
「こ、こいつは……」
「だからスケートボードさ。僕の世界では遊戯というか、スポーツとしても扱われているものだったんだけど……。本来は自分で加速させるものなんだけどね」
神々の調整取引で調べてみてたら車輪無しで空中に浮いている仕様のものもあったが、それは自分でも乗りこなせるかはわからない為、これにしたんだけど……。もしかしたら僕の知る脚で蹴って加速させるボードでよかったのかもしれない。
「まあレンなら……大丈夫だろ? バランスを取るにしたって自転車とかよりはマシだろうし……」
「そりゃあ馬に無理矢理乗って振り回されるよりは楽だろうけどよ……。ま、せっかくお前が出してくれたんだ、ちょっと使ってみるぜ……」
そう言ってスケートボードに挑むレン。その様子を眺めていると、
「あら……、その能力は出来るだけ使わないのではなかったのかしら?」
「ユイリ……、意地が悪い事言わないでよ。……あれ? もしかして君も……」
話しかけてきたユイリを見て驚く僕の言葉の続きを遮る様に、
「ああ、勘違いしないで。別に私は馬に乗れない訳ではないから。ただ私の場合、職業柄乗り捨てなければならない事が多いから自分の馬を持たない様にしているのよ。それに、この方が身軽に動けるしね」
「だったら、君にも……」
「だから大丈夫よ。それにその……ボードといったかしら? 馬車と同様に小さな車輪で動くようだけど、その音はどうしても気になるわ。出来るだけ自分の位置を知らせない様に心掛けている私にはそれは……ね」
「一応車輪がないタイプもあるようだけど……そういう問題じゃないか、わかったよ。ならイレーナも同じかい?」
「ええ、あたしも問題ありません。王家の影の一員として、ユイリ様に従います。……まだ見習いの身ではありますが」
そう言うイレーナ達に僕は苦笑するしかない。
王家の影……。今彼女が言ったものはストレンベルクの王族が抱えている部隊で、騎士団や近衛団が表の部隊であるならば王家の影はまさに裏の部隊であり、それを取り纏めているのがユイリの実家であるシラユキ家であるらしい。主な活動は諜報や監視、そして有事の際の護衛として、その名の通り王国の影として行動しているという事だ。
……僕のいた日本でも一昔前には『忍者』と呼ばれる部隊が居たと聞く。何処の世界でも似たようなものかと独りごちると、ユイリが続けて話しかけてくる。
「……馬車を使わなかった事、気にしているの? レンだって本気で言っている訳では無いわ。そもそも、王族が乗るような馬車なんて普通乗るような事なんてないのだし、それを使用する許可を得た貴方が断ったからといって通常通りになるだけなのだから」
「それは……わかっているんだけどね。出来ればこの間ユイリが出してくれたような馬車ならまだよかったんだけど……」
「流石にあの馬車は何日も掛けての移動には即さないわ。貴方だけでなく、姫もいらっしゃるのだし……」
「……ユイリ、その位にして差し上げて下さいな。コウ様のお考えもあるのですから」
そこにシェリルが一角獣を優し気に撫でながら会話に加わってきた。姫がそう仰るなら……とユイリもそれ以上の話を引っ込める。
……そろそろ出発する、となった所でアルフィーが僕の後ろに乗り……、ぴーちゃんも定位置とばかりに僕の頭にとまる。……何故その位置なのかとツッコむのも億劫だ。
「……さぁ、僕達も出発しよう。レン、スケートボードについては道中で何とか慣れてくれ」
「ちょっ、待て! もう少しで……うぉっ!?」
そうしてまだまだ時間が掛かりそうなレンを尻目に、僕達もイーブルシュタインに向けて出発するのだった……。
――あれから数刻が経過し……、
「大分進んだと思うけど……、大丈夫か?」
「誰に言っているの? これで疲れる程ヤワな鍛え方はしていないわ」
「……ユイリ様は場合によっては数里の距離を1日で移動されたりなされます。これ位の距離は問題ありません」
もうそろそろ日が傾くというのに……。何でもない様に話すユイリ達に苦笑を禁じ得ない。
だけど、今日のところはこの辺で野宿といったところだろう。進行も明らかに鈍くなっているし、周りもソワソワとしてきだした。
「ふぃー……、漸くコイツの乗り方が分かってきたぜ……。だが、慣れてしまえば確かに楽だな」
「……貴方も『疲れ知らず』の能力を会得しているのでしょうに。コウに甘えて『神々の調整取引』を使わせて……」
「お、おいおいユイリ! お前も聞いてたろ!? スケートボードは、コウが普通に出しただけで……」
「いいんだよ、ユイリ。先程も言った通り、スケートボードは遊具として使われていたものだから、そんなに高い買い物じゃない。原理さえわかればこの世界でも普及するさ。まぁ、レンに出したソレはかなりのハイスペックな機能が付いているみたいだけど……」
それでも魔法といった不思議な力のあるこのファーレルでは、上手く補ってくれるだろう。しかし……『疲れ知らず』って……。そんなの反則だろ……? 話を聞いていると『疲れない』ではなく『疲れにくい』という効力のようだけど……。
食事しなくても生きていける事といい、やっぱりファーレルは僕の世界での常識は通用しない……。
「……馬車も止まったようですわね。本日はここまで、といったところでしょうか……?」
シェリルの言葉に我に返ると、周りも野営の準備を始めている様子だった。何やら簡単に組み上がるテントを展開させながら、魔物除けらしい結界を周囲に張り巡らせようとしている。
「私達も準備をしましょうか……。一応、コウには『使い捨てのテント』と違って『簡易コテージ』を与えられているからね」
「……僕は別にテントの方でも……」
「これでも一番地味な物を貰い受けたのよ! それとも……王女殿下たちが使われるような空間魔法を体現させた豪華な『携帯型カプセルハウス』の方が良かった?」
携帯型カプセルハウス……? 聞きなれない言葉にふと見てみると……、一瞬にして球体の建造物が現れた。昔、漫画で見たような機能的でスタイリッシュな簡易住居に目を丸くしていると、中からちょうどレイファニー王女が出てきた。
「…………なに、アレ?」
「だからカプセルハウスよ。見かけは地味だけど中は豪華だし、空間魔法の作用でかなりの広さもあるわ。多分、コウなら一日も持たないわね。耐えられないから外で寝るとか言うんじゃない?」
「流石にそれは言い過ぎですよ、ユイリ。コウ様、ご機嫌は如何でしょうか? 急な出立となり、体調を崩されてはいらっしゃいませんか?」
僕たちの姿を認め、ゆっくりと此方にやってきたレイファニー王女殿下が会釈しながら話しかけてくる。微笑みを浮かべた王女に続く様に、ペコリと頭を下げてきたのは彼女の侍女であろうか……。
「そういえば、挨拶がまだでしたね。彼女は私専属の侍女ですわ」
「……コンスタンツ・ミリーネと申します。以後、お見知りおき下さいませ」
「……コウです、此方こそ宜しくお願いします」
王女と同じような綺麗な銀髪の髪をたなびかせる彼女の顔は何度か見た事がある。幾つかの会合の時も王女殿下の傍らに控えていたような気するし、そして何より……、確か彼女が王女殿下の影武者も務めていたのではなかったか……?
「彼女は優秀よ。伊達にミリーネ侯爵家の秘蔵っ子と呼ばれている訳じゃないわ。神出鬼没なところのある王女殿下を完璧にサポートできるのは彼女くらいで……」
「……ユイリ? それは一体どういう意味かしら? 私が……何ですって?」
「コホン……ッ! 何でもありません、王女殿下!」
笑顔で問い詰めるレイファニー王女。こんなやり取りを見せるくらい気の置けない関係な二人……、なのかもしれない。
「……レイファニー様、此方に参られた本来の目的を果たされては……?」
「あら、いけない……! コウ様、こちらを……」
「これは……」
王女からスッと差し出された物を受け取る。上質な布に金属のプレート……、言ってみれば額当てってところだろうか……。
「『微睡の鉢金』という魔法工芸品ですわ。何時ぞやの贈り物のお礼という訳ではないですけれど……、身を守る加護に加え、装着した者を認識阻害させる効力も秘めております。……注目を控えられたいというコウ様のご希望に沿うかはわかりかねますが、お使い頂ければと……」
「そんな力が……。でも、いいんですか? 結構貴重な物なんじゃ……」
「『選択の指輪』を始めとした、頂いた数々のお品に比べれば大した事は御座いませんわ。ですのでお納め頂ければ幸いです」
「それなら……有難く頂きます。大切に使いますね」
ニコニコとそう言ってくる王女に答え、僕はそのまま額当てを身に付ける。よくお似合いですわと嬉しそうにする彼女に何となく照れくさくなるも、
「……良かったですわね、コウ様。王女様から贈り物を戴けて……」
「シ、シェリル!?」
ふと背後から聞こえてきた声に振り向くと、シェリルが笑顔で佇んでいた。だけどその笑顔は……、先程、王女殿下がユイリに向けていたものよりも数倍冷たいような感覚を覚える。
えっ!? もしかして、王女殿下から貰い物をしたから!? でも、これは仕方なくないか!?
「ど、どうして怒って……!?」
「……怒ってなどおりませんわ。ですが、そう思わせてしまった事は申し訳御座いません。わたくしも、最近感情のコントロールが難しくて……。ですが、レイファニー様? このような事は……せめて人の目の届かない場所でしては頂けませんか? 周りの目も御座いますし……」
「そこはご安心下さい、シェリル姫。ちゃんとこの場は『人目払い』にて周囲の目が向かない様にしてますから。いわばお忍びで来ているようなものなので」
「それでもカプセルハウスを展開されたばかりで抜け出されているという事ですわよね? コンスタンツ様も此方に参られておりますし、向こうでは困っていらっしゃるのではありませんか?」
「……少し外に出てくると伝えてありますから大丈夫ですわ。それこそシェリル姫に心配して頂かずとも……!」
そう言い合ってシェリルとレイファニー王女が頬を膨らませながら可愛く睨み合っている。……なんかこの光景、何処かで見たような気が……。
「そもそも……、どうして先日の件、レイファニー様は許可なさったのですか! それはソフィ様は素晴らしい方だというのは認めますが、いくら何でもコウ様との……! レイファニー様はそれで宜しかったのですかっ!」
「それは……っ! ですが、その件は貴女だって承知して下さったじゃありませんかっ! それにシェリル姫も王族として、理解はして下さっていた筈です! 勿論、王家としてソフィに強制した訳では無く、あれは彼女自身の希望でもあったのですよ……」
「……貴女が承諾なさったと言われてしまったら、わたくしも頷くしかありませんわ……。元王族として、それによって得られる利はわからなくはありません。それでも……! 今のわたくしはもう王族ではありませんし、それに他の方に先を越されるのをただ見ている事しかできない気持ち、レイファニー様にはわかるのですかっ!」
「っ! それは私だって……! でも私は……ソフィが望んだように、今それを行って子供を作る事は……、巫女の力を継承させる訳には参りません……。シェリル姫もその事については慎重にと教えられている筈です。それをもう王族ではないなどと……!」
「事実なのですから仕方ありませんわ。王族としてのわたくしは……、あの時にもう居なくなってしまいましたから……。ですから、遠慮されていらっしゃるレイファニー様とわたくしは違うのです! ……コウ様がソフィ様に取られてしまうようで、とても苦しかったのですから……」
そこまで言われて、僕はその時の事を思い出す。ソフィさんと二人っきりになった時のあの……、彼女の心……。僕の世界で言う『アースアイ』と呼ばれる珍しくも美しい、隠すのを止めたあの綺麗な瞳が、拒絶されるかもしれないと不安に揺れながらも純粋に僕を求めていた……。そして、ソフィさんの柔肌……。途中で止めてしまったが、あのまま続けていたらどれだけ……。
そこで再び視線を感じ、我に返るとシェリルが僕を見ていた。その視線は何時もの温かく優しい彼女のものとは違い、凍てつく様に冷たいもので……。もしかすると……、ソフィさんとの事を思い出しているのがバレた……?
「ッ……もう、知りませんわ! コウ様の……ッ、何でも、ありません……」
「シ、シェリル……」
「……私も戻りますわ。それではコウ様、シェリル姫、御機嫌よう……」
『もう此方までいらっしゃっていたのですね、レイファニー王女殿下!』
レイファニー王女がそう言ってカーテシーをきめ、踵を返そうとしたその時、突然何処からか見知らぬ声が鳴り響く。
「な、なんだ!? 一体何処から……」
「! コウ様、空をご覧下さい!」
シェリルの言葉に見上げてみると、急に頭上に巨大な飛行船が出現する……!
「こ、これは……!? こんなものがどうして急に……!?」
「……イーブルシュタインの誇る飛行魔力艇よ。多分ステルスモードで飛翔してきたのね……」
こんな大きな乗り物が今まで誰にも気付かれずに飛んできたというのか!? そんな事って……!
驚く僕を尻目に、王女殿下のカプセルハウスの傍に飛行船から光が放射されてきたかと思うと、なんと人がその光の中から現れたのだ……!
「……船から転送されてきたのです。転送魔法の応用ですわ……」
「うそーん……」
この時点で完全に僕の常識を上回る技術だ……。やっぱり技術面でも、自分の世界より優れている部分は存在している……。
「お久しぶりですね、レイファニー王女。またお会いできて光栄ですな……!」
「……ご無沙汰しておりました、アーキラ皇太子殿下。私もお会いできて大変光栄ですわ」
突如現れた一団にカーテシーで出迎える王女殿下。ユイリから彼がこれから向かうイーブルシュタインの皇太子、アーキラ・リンド・イーブルシュタインだと説明を受けたが、まさか皇太子が直々に出向いてきたというのか……。薄い金色がかった髪をかき上げつつ王女殿下の挨拶に応え、
「フフフ……、相も変わらずお美しい。いや、前よりも艶やかになられましたかな? 私も婚約者として鼻が高いですよ」
「婚約者……? あ、あの……確かその件は『招待召喚の儀』を行い、勇者様に仕える事となった時点で立ち消えとなっている事と思いますが……? そもそも私達は、まだ正式には婚約者とはなっていなかったと……」
困惑するように答えるレイファニー王女に、向こうの皇太子は高笑いを始めると、
「……いや、失礼。どうやら行き違いがあるようですね。そちらの大臣殿から伺った話では未だ我々の婚約は継続しているとの事でしたがね……」
「大臣……アルバッハですか!? それは一体どういう……!」
「まあ時間はたっぷりありますから。私がこうして貴女を迎えに上がったからにはゆっくりと話し合いましょう……」
失礼……、とそう言ってアーキラ皇太子は王女殿下の前に跪くと彼女の手を取りその甲に軽く口付けると……、
「きゃっ!?」
「レイファニー様!? アーキラ皇太子殿、一体何をっ!」
「何って……、先程もお伝えした通り、私はレイファニー王女をこうして迎えに上がった訳ですよ。そのまま我が首都まで来るとなると日数も掛かりますしね。婚約者殿には空での時間を楽しんで貰えればと……。そういう事ですので……、王女の付き人の何名かと、護衛の幾人かは一緒にお越し下さい。ま、我がイーブルシュタインが誇る精鋭もおりますし、もしものような事は無いとは思いますが」
王女殿下をその名の通りお姫様抱っこで抱き上げ、そのような事を宣う先方の皇太子に唖然としてしまう。……これ、仮にも一国のお姫様に対する礼儀として合っているのか……? レイファニー王女も何やら抗議しているにも拘らず、何でもない様に流してとっとと戻っていこうとしているけど……。
(国通しの力関係でもあるのか……? 少なくとも分かった事は……、あの皇太子には好感が持てないって事だ)
結局なし崩し的に通そうとしているイーブルシュタイン側に諦めたのか、コンスタンツさんが王女殿下に付いてゆく者として立候補し、展開させたばかりのカプセルハウスを畳もうとしていた時、別方向から声が掛かる。
「おい……、皇族だか何だか知らねえが、何未来の妻を勝手に連れて行こうとしてんだ……?」
王女殿下の周りが慌ただしくなり出てきたのだろう、名目上『勇者』という事になっているトウヤがベアトリーチェさん達を連れてやって来たのだ。
「おや、もしかして君が今回この世界に召喚されてきた『勇者』殿かな?」
「だったらどうだってんだ? それより早く王女を離せ。彼女はお前なんかが抱いていていい人じゃねえんだぞ……!」
余程気が立っているのか、形だけでも相手を敬おうともしないトウヤにも、アーキラ皇太子はあまり気にした様子は見られなかった。
「随分気が立っておられるようですが……、私は勇者殿の敵ではありませんよ? むしろ、国として協力は惜しまないつもりでおりますので……」
「口先では何とでも言えるだろうが……! いいから彼女を下ろせ……っ!」
「ふむ……、それでは取り敢えずお近づきの印に……。おい」
その言葉に皇太子の部下と思われる者が動き、何やらをトウヤに献上すると……、
「いったいなんだって……っ!!」
「如何です? 勇者殿もかなりの英雄と伺っておりましたので、お気に召されれば幸いではありますが……。勿論そこのリストに載っていなくともご相談には応じましょう……。また、お渡ししたもので足りなかったら仰って下さい。我々も是非トウヤ殿とは仲良くやっていきたいと思っているのですよ」
「……ああ、取り敢えずアンタらの気持ちはわかった」
あれだけ怒り狂っていたトウヤが……。一体何を贈られたんだ……? 普通に考えれば袖の下として幾ばくかの金貨でも掴まされたかとも思うが……、あの反応はそれだけではないようだけど……?
「そうですね、勇者殿やそのお付きの方々も一緒に乗っていかれたらどうでしょう? 聖女殿も一緒におられるようですし、レイファニー王女も貴方がいらっしゃれば心強いことでしょうしね。何度も言いますが、私は貴方の敵ではありませんので」
「わかったよ、一応はそう言う事にしといてやる。もう少し話も聞きたいしな」
「ではそのように……、お待たせしましたね、レイファニー王女。我々は一足先に参りましょうか。是非とも我が自慢の飛行魔力艇をご案内差し上げますよ」
「ま、待って下さい! 私はまだ一緒に参るとは……っ!」
最後まで王女殿下は抗議していたが……、結局そのまま来た時と同様に彼らと一緒に光の中に消えていってしまった……。続けてコンスタンツさん達やトウヤの一団も準備を完了させて上空の飛行魔力艇に乗り込んでいく……。
「……全く、イーブルシュタインの皇太子は相変わらずだね」
「グラン……!」
若干呆れた様子で僕たちのところにやって来たのは、同じ『王宮の饗宴』であり、数少ない竜騎士以下天馬を駆る者達を従える飛翔部隊の隊長でもあるグラン・アレクシアだった。
「もしかして、イーブルシュタインってストレンベルク王国よりも……」
「ご想像の通り、単純な国力ではイーブルシュタイン連合国の方が上だよ。なんたって数多くの国々をまとめあげて、それぞれの技術やら魔法、文化や価値観の素晴らしいところを独占していった国だからね。そして彼はそこの盟主の次期天皇……。尤も、彼の国は半共和制でもある為、天皇が直接治めている訳では無いけれど……、それでもその影響力は大きい……。半ば此方の話を聞かずに強引に進めてたのは、その影響もあるのだろうね……」
「それでも半ば王女殿下を連れ去る様にしていったわね……。まぁ、騎士団長もついていってるし、変な事にはなっていないとは思うけど……」
グランやユイリの話を聞き、成程と納得する僕。やがて全員搭乗したのか、少しずつ動き始める飛行魔力艇を見上げ、グランは、
「……僕の飛竜以下、竜騎士たちで船を追うよ。部下の天馬を駆る飛翔部隊にもその後を追わせて一足先にイーブルシュタインに入る。コウ達は他のメンバーと同様、それぞれで向かって欲しい。急がずゆっくりでいいからね。今日のところはこのまま野宿した方がいいだろうし」
「……わかった。レイファニー王女をよろしく。ライオネル騎士団長さんや近衛兵の方々も付いてるから大丈夫だとは思っているけど……、あの皇太子だけでなくトウヤもいるから……さ」
僕の言葉にわかったと苦笑しながら答えると、グランは部下の人たちを纏めて飛行魔力艇を追うように飛び立っていった……。
「……わたくし、拝見したのは初めてですけれど……、あの方は好きにはなれませんわ」
「同感だな。むしろ俺達ストレンベルクを下に見てるってのは感じられたぜ」
シェリルやレンも僕と同様に感じられたらしい。まぁ、あの様子を見ていれば誰でもそう思うか。
結果、グランの言う通りに今日のところは結界も張っているこの地にて野営する事となり、翌日個々でイーブルシュタインに向かう事となったのである……。
「……もうイーブルシュタイン領には入ったんでしょ? 大分暗くなってきたし、今日のところはこの辺りで……?」
それぞれが別々に出発する中で、僕達はシェリルやユイリ、レン、アルフィーにイレーナさんに加え、顔馴染みの冒険者であるジーニス達でイーブルシュタインに向かう事になり、改めて陸路で進んでいく最中、僕はユイリにそう声を掛ける。
「少人数で行く私達だったらそう迷惑にはならないだろうし、折角だから何処かの村か町で宿を取らせて貰いましょう。結界を展開するのも楽じゃないしね。確か……記憶ではこの近くに小さな町があったと思うけど……」
「流石ユイリ……、よく知ってんな。それともこの辺は来たことがあんのか?」
「……ユイリ様は事前に地図を読み取っていらっしゃいましたから。尤も、ユイリ様なら予め覚えていらっしゃってもおかしくはありませんけど……」
「うへえ……、マジっすか? 半端ないっすね、ユイリさん……」
イレーナさんの言葉に感嘆するアルフィーとレン。僕もまたユイリに対し畏敬の念を覚える。……普通、他の国の詳しい地図など、把握できるものではない。
「……イレーナ、私を持ち上げすぎよ。この辺りは偶々頭に入っていただけだから……」
「そうだとしても凄いよ。少なくとも僕には自分のいる国においてもそんなに把握できないかもしれない」
「……コウ、それは自慢にはならないからな? ま、お前は転移者ではあるし、仕方がないのかもしれないけどな……」
ユイリにそう伝える僕にすかさずツッコミを入れてくるジーニスだったが……、こればかりはどうしようもない。すぐに道やら場所を覚えられる人もいるが、残念ながら僕は当てはまらないし、どちらかといえば迷子になりやすい方だとも言える。
「……お喋りはその位に。見えてきたわ」
「あれだな……、俺が先に行ってくる」
その言葉と共にレンが操れるようになったスケートボードでスーッと先行していった。先駆けとばかりにイレーナさんもレンの後に続き……、彼らの合図の下僕達も見えてきた町へと向かっていったのだが……、
「……随分と寂れてるね。ストレンベルクで見た幾つかの村や町とは大違いだ……」
「人の気配はするから誰もいない訳じゃないんでしょうけど……、師匠の言う通りだ。だけど、俺もシーザーさん達と一緒に何度かイーブルシュタインには訪れてるんですけど、そん時はこんな感じじゃ……」
「わたくしの知る限りですが……、イーブルシュタイン連合国は貧富の差が激しいと聞きます。ストレンベルク王国のように、王家から爵位を賜った貴族の方々によってその領地を治めるという方式をとっている訳では無く、名家と呼ばれる方々がそれぞれその権力、財力で以て領地を主張しているようですわ」
人ひとり往来の見られない町の中を進みながら、僕達に応えるようにシェリルが説明してくれる。
「じゃあ、俺がシーザーさん達と見た町々は……」
「明確に何処かの名家の方によって治められた所だったのかもしれませんね。この町はもしかしたらその辺りの明確化が出来ていないのかもしれません……」
「……取り敢えず、宿が見えてきましたね。余所者は受け入れないなどと言われなければいいのだけど……。イレーナ、どうかしら?」
ユイリが先行したイレーナさんに通信魔法で連絡を入れる。数回のやり取りの後で、僕達は町の中でもそこそこの大きさのある建物に入ると……、
「旅の方々、よくぞお越し頂きました」
「……宿泊は出来ると聞いているけど、大丈夫?」
「勿論ですとも、お客様を受け入れる準備は出来ております」
確かに宿屋の中は清潔に保たれてはいるみたいだ。それでもここまで人の出入りがないというのは……。暗くなってきているといっても、自分の体感時間で大体18時くらいだろうに……。
(こんな事でよく経済が回っていくよな……。僕ら以外の他の人たちの姿も見えないし……。偶々見ていないだけ? だけどこうして宿屋も用意してある以上、外から来た人々を受け入れられるようになっているという事だし……)
……駄目だ、考えてもわからないな。僕が思案に暮れている間に、宿の手続きは終わったようだった。アルフィーが僕の鈴鹿を看る為に馬小屋でいいと言ったり、シェリルが清涼亭でのように部屋も一緒でいいのに……等とやり取りがあったようだけど……、取り合えず収まる所に収まったようだ。
「……ゴメン、イレーナさん。鈴鹿をお願い……」
「お任せ下さい、コウ様。キチンとお世話させて頂きますので……」
結果アルフィーではなく、それも自分の役目とばかりにイレーナさんが引き受けてくれる事となり、彼女にそうお願いする。後で何か労ってあげないとな……、そんな事を考えていると、不意に外から悲鳴が聞こえてきたのだ!
『きゃあぁぁっ!!』
『誰かぁ、助けてぇっ!!』
「俺が見てくるっ! お前らはそこにいろっ!!」
「自分も行きますっ! レンさんっ!!」
それに反応してすぐにレンとアルフィーが警戒しながら宿を飛び出す。イレーナさんもすぐ出られるようにしていたが……、ユイリがそれを留めていた。
「……ご主人、今のは何かしら? この町の現状と何か関係があるの?」
「お客様、それは……」
「私達がここに来るまで、外では誰も見かけなかったわ。それなのに、ここを訪れたのを見計らったかのようにあのような事が起こった……。ご主人、もう一度聞くわね……、今のは一体何かしら?」
ユイリも可笑しいと思っていたのだろう。店の主人が何か知っていると見てそのように問い詰めると、やがて一つ溜息を吐きながら話し始める……。
「…………お恥ずかしながら、恐らくは盗賊たちで御座いましょう。最近、この町の近くに住み着いたようでしてな、度々やって来ては今の様に我が町の若い娘たちを攫ってゆくのですよ……。お陰で今では町の外を出歩く住民も殆ど居なくなってしまいました……」
「失礼ながら……、この町には自警団のような方々はいらっしゃらないのですか? 冒険者ギルドは? そもそも、この町を治める領主様はご存じないのですか?」
「……自警団は盗賊に蹴散らされてしまいました。冒険者ギルドは……まだこの町では作られていないのです。あれば対抗策も講じられたかもしれませんが……、商館を優先し後回しにしてしまったツケでしょうな。町長は……奴らに人質に取られてしまって、何も有効な手を打てないでおります……」
項垂れるようにする店の主人がそう話したところで、レン達も戻ってきた。
「駄目だな……、俺達が出た時には既に遠くに行っちまってた……」
「車輪の跡があったので、馬車でしょうね……」
「お疲れ様、二人とも。そう……間に合わなかったのね……」
戻ってきた二人を労いながら考え込むユイリ……。そんな僕たちの様子を見て、宿の主人が意を決したように、
「お客様方は私の見たところ腕が立つ冒険者のように見受けられます……。どうか、盗賊どもを倒しこの町を救ってくださいませんかっ! そうして頂けるなら宿の料金は頂きませんし、勿論お礼もさせて頂きますっ!!」
そう言って頭を下げてくる主人。普通だったら引き受けるところだけど……。僕が悩んでいるのを見て、アルフィーが少し戸惑うように、
「し、師匠……? あの……、何か悩まれる事が……?」
「…………うん、ちょっとね」
「コウ……、出来れば今回は私の方で決めていいかしら?」
そんな僕をジッと見据え、ユイリがそう提案してくる。それは僕が中々決断できないから見かねて……という訳ではなさそうだ。
「……任せるよ、ユイリ。僕はまだ状況が整理できていないから」
「有難う、コウ……。それではご主人、詳しい話を伺ってもいいかしら?」
僕に代わりユイリが宿の主人の話を聞き……、どうやら救出に動くようだ。彼女の顔から察するに、何か考えもあるのだろう。
それにしても……、随分波乱に満ちた旅になりそうだ。ストレンベルク王国を出発して、すぐにこれではね……。昨日のあの皇太子といい、今日の盗賊騒動といい……。
(はてさて、一体どうなるのやら……。ま、レン達もいるし……、なるようになるだろう……)
結果、明日の朝一番で宿の主人に聞いた盗賊達が巣くっているという洞窟に向かう事となった。心配そうに僕を伺っているシェリルに気付き彼女に笑い掛けると、宿の主人の案内に従い付いてゆくのだった……。




