第51話:歌姫の告白
約2ヶ月も空いてしまいました……。
第51話投稿致します。
「◇◆◇◆◇」マークの部分については例のごとく 性描写を匂わせている為、小説家になろうではそこの部分をカット致しました。
(カクヨム様では原文のまま投稿する予定ですので、ご興味がありましたらそちらをご覧頂ければと存じます)
また今回初の試みとして、「小説家になろう」と他サイトに投稿している分で描写、視点を変えております。一応その部分には「☆★☆★☆」マークが付けてあります。
P.S. 6月20日、カクヨム様にも投稿致しました。
――魔法ギルド、『魔力の学び舎』にて――
「……『王城の麗騎士ベアトリーチェ』の攻撃! 対象はプレイヤーだ!」
「なんの! 『自由都市の歴戦傭兵ラウラス』に装備させた道具カード『働き者の小人人形』の効果を発動! 攻撃してきた『王城の麗騎士ベアトリーチェ』のパワーを低下させると同時に攻撃対象を『働き者の小人人形』を装備した人物カードへ強制変更させる!」
名目上、僕が開発者となっているトレーディングカードダスゲームの模擬対戦をするプレイヤー達。リアル遊〇王の如く展開する状況に僕が思った事はひとつ、自分もやりたい、だった。
「今だっ! ここでボクは場に伏せていた事象カードを魔力素粒子コストを支払って起動させる! 『状況再現』!! このカードの効果により、君が起動させようとした『働き者の小人人形』を無効にし、『自由都市の歴戦傭兵ラウラス』との戦闘を続行! これを破壊する!」
「なっ!? 私の『ラウラス』が破壊されただと!?」
対戦者の一人が上手く立ち回り、相手より優位にたった。このゲームは自分のいた世界にあったカードゲームを元としている。『魔札作成魔法』によって作り出された人物カードや魔物カードだけでなく、道具カードや事象カード、呪文カードに加えて、それらを起動させる為に必要な起源カードを組み合わせる事でゲームとして成り立たせているのだ。
「戦場にアバターが居なくなったぞ? 招喚出来なきゃボクの勝ちだが……」
「クッ……! 『名も無き訪問者』を招喚し、ターンを終える……!」
悔しそうにしながら呼び出したのは『名も無き訪問者』という人物カード……。そう、僕をモデルとしたカードだ。最初は『クリエイター・コウ』という名称で広めようとしていたが……、恥ずかしくなって今の名前にして貰ったのだ。只でさえ普遍カードとして広く出回るのに、クリエイターなどと仰々しく知られるのは正直堪らない。
そういった事情もあって『名も無き訪問者』という名称に変えられた人物カードが、ゲームの戦場に具現化される。
(まぁ、強そうじゃないけど……。だけど、この『名も無き訪問者』のカードには他には見られないある特殊性がある……)
他のカードには構築するのに枚数制限が掛けられているが……、『名も無き訪問者』のカードにはそれがない。現在発行されているカードダスの中でも一番入手が易しい事もあり、気軽に構築できるという利点がある。
それ以外にも色々あるが……、まあいいだろう。話すと長くなるし……、ますます初の大会に出席できないという悔しさが募ってくるし……。
「……何も問題はなさそうですね。大丈夫でしょう。試合の方も、ほぼ決したように見えますし……」
「おや? 最後まで見ていかれないのですかな? コウ殿」
どこかからかうように言ってくる人物に、僕は思わずジト目になってしまう。
「……わかっててそんな事を言ってるんでしょう? アイバーさん……。本当に意地が悪い……」
「フフフ……、いや失敬失敬! 貴方のそんな顔を見るのは珍しいですからね。ついついからかってみたくなったんですよ」
やっぱりからかっていたのか、と僕は呆れながら目の前の男性を見据える。
……アイバー・ラウスティオラ。この『魔力の学び舎』のギルドマスターであり、一見ナイスミドルという印象を与える優男風の男性。だが、実際に話してみると飄々として掴みどころがない性格をしており、今も僕をからかってくる魔法ギルドの長に僕は溜息交じりに言葉を返した。
「相変わらずですね。まさかとは思いますが、僕とシェリルがギルドへの所属を断ったのを根に持っているという訳ではないでしょうね?」
「それは本当にまさかの話ですね。貴方方が得難い逸材であるのは認めますし、今でも『王宮の饗宴』から『魔力の学び舎』に席を移して欲しいとは思ってますが、フローリア嬢に睨まれてまでそうしたいとは思っておりませんよ。大体、『王宮の饗宴』に所属している以上、最低限国の直轄のギルドには関わる事になるのですしね」
そう言って肩を竦めるアイバーさんだったが、それでも僕はジト目をやめることは出来なかった。尤も、悪い人ではないというのは認めている。だけど、僕はどうしてもこの人が苦手だという思いは拭えなかった。
あの大賢者ユーディス様といい、この人といい……、僕は魔術師という人種と相性が悪いのかもしれない。
「……もういいです。それより……カードの調整の方はどうなってますか?」
「ああ、それなら問題ありませんよ。貴方のカードもこの通り……」
アイバーさんはそう言うやいなや僕のカードを取り出すと魔法を唱える。『魔札召喚魔法』によって呼び出された僕のカードは具現化され、目の前にもう一人の自分が現れた。
「コウ殿が魔力を込められた状態を限りなく再現されておりますよ。ランクが20程度の、ホーンラビット級の魔物であれば討伐し魔石化まで確認できたという事ですから、自衛の為の手段としても効果的だと認められましたな」
「……それは良かったです。尤も、僕よりも強い人のカードであれば、さらに強い魔物にも有効だという事でしょうし……」
「コウ殿以外のカードは絶対数が少ないので、あまり試せてはおりませんけどね。恐らくは貴方が言った通りにはなるのではないですかな? 何せコウ殿のようにあそこまで創出されたカードはありませんのでね」
「…………僕だって希望してやった訳ではありませんけどね」
正直あの過酷な作業はあまり思い出したくもない。1枚1枚に『魔札作成魔法』で魔力を込めていくのは精神を削られる思いだった。尤も、それによって自分の魔力量が増えたから全く意味が無い作業だったという訳ではないが……。
まぁ、それだけ大変な思いをして作り出されたカードが無用の長物にならずに済んで良かったという事にしておこう。
「おっ、コウじゃないか。もうこっちに来ていたのか」
そう言ってやって来たのは今さっきまでカード対戦をしていたプレイヤーの一人、レイアだ。対戦を制した彼女が僕を見つけると嬉しそうに駆け寄ってくる。
「大体用事は済ませたしね。レイア、調子よさそうじゃないか」
「あはは、そうだね。大分慣れてきたかな? 尤も、ボクもイーブルシュタイン行きのメンバーになっちゃったから、大会には出られないんだけどね……」
「レイアは本当に残念だったね。君が大会に参加できれば、間違いなく優勝候補の一角だったろうに……」
苦笑するようなレイアに、アイバーさんが慰めの言葉を掛ける。事実、彼女は僕が見てきた限り強い人物だと思う。人物カードのパワーに頼ることなく、事象カードや呪文カードをバランスよく使いこなすレイアには、ゲームを創造した僕も敵わないかもしれない。勿論、負けるつもりもないけれど……。
「流石にもうシェリルにも負けないぞ? 今度こそ決着をつけてみせる……!」
「あら……、わたくしも負けるつもりはありませんわよ?」
隣にいたシェリルが控えめながらも、彼女にしては好戦的にレイアに笑いかける。……シェリルもまた僕が勝てないと思う人物の一人だ。先の展開を見通し、無駄のない構築から生み出されたその戦術……。正直なところ、僕も彼女に勝てるとしたら運の要素くらいなもので、それが絡まなければまず間違いなく太刀打ちする事が出来ないと断言できる。
……自分で言っていてなにか悲しくなってきたような……。
「まあ、その話は置いておくとして……。コウ殿、カードの調整は問題はありませんよ。実質的な魔力の学び舎のトップであられるユーディス師も太鼓判を押しているから大丈夫でしょう」
「でしょうでは困るんですけどね。尤も、こちらも無理を言っているのはわかっていますけど……。ゲーム性に関してはまだ緊急で対応しなくてもいいですが、『魔札召喚魔法』での効果や、魔物への『魔札作成魔法』の不透明な部分に関しては、あちらの国に行く前に何とか解明しておきたかったので……」
「だけどコウ、やっぱりそこら辺の問題は直ぐには解明できないと思うぞ。ボクもユーディス様やソフィと一緒に調べてみたけどね……。まして魔物カードを作り出せる人物にもまだ限りがあるから、どうしても時間が掛かるし……」
「……そうですわね。事実、コウ様のカードでしか確認も取れておりませんし……。あれだけカードに魔力を注ぎ込む事自体、コウ様以外に出来る方も限られてしまいますから……。わたくしがしてもいいのですけれど、希少性でしたか? そのようなものもあるのでしょう?」
レイアやシェリルからの返答にやはりそうかと納得する。確かに彼女らの言う通り、直ぐに結論が出る問題では……無い。
「そう、だね。わかった。まあ、今回はこのトレーディングカードダスゲームの問題点を追及する場ではないという事だったし、何とかなるだろう。別に問題が起こってる訳でもないし、ね」
「くぅー、やっぱり駄目かぁ。ユイリさん、強すぎるよ……」
「貴方もなかなかやったけど……まだまだ甘いわね、アルフィー。貴方は人物カードの効果とパワーに頼り過ぎて、他のカードがおざなりになっているのよ」
そう言って別な場所で対戦していたユイリとアルフィーも戻ってきた。聞いている感じだとユイリが勝ったようだが……。
「お帰り。アルフィー、どうだった?」
「うぅ……、負けました師匠。ジェシカのカード、強いからそれを軸に構築組んでみたんですけど……」
「だから貴方はそれに頼り過ぎているのよ。もう少し事象カードや呪文カードに目を向けなさい。そうすればもっと伸びると思うわ」
アルフィーに助言するユイリも見て、彼女はこの界隈でも実力者としての片鱗を見せつけてきたなと思う。もっと言ってしまえば、僕が将棋等を提唱した際に戦術を理解して上達した人たちは強い。……レンなんかは今ユイリが言った通り、パワー押ししてきて直ぐに自滅するしね。
「……ユイリ達も戻ってきたし、ある程度確認も出来たから帰ろうか。今日は出発前という事で何やら宴会があるんだろう? ソフィさんも時間を調整して来てくれるとか言ってなかったっけ?」
「ああ、その通りだ。ソフィが簡易の公演を開いてくれる。……ボクは無理に予定を空けなくていいとは言っておいたんだけどな」
「殆どお忍びに近い状態で行うとも聞きましたよ? いやはや、羨ましい限りですよ。彼女も名義はウチの所属となってはいますが……、そんなステージなんて懇願しても開いてはくれませんよ」
レイアの言葉を受けてアイバーさんもわざとらしく嘆く様な仕草をする。……ソフィさんか。ストレンベルクが誇る歌姫にして、絶大な人気もある彼女。その人気はこの国だけには留まらず、他国にも知られる有名人……。聞くところによると外交官としての顔も持っているらしい。
彼女とは海賊たちから救い出してからの付き合いではあるが、本当に気立てが良く好感の持てる女性であると思う。この王都では評判の良い王族と同じくらい周りから愛されている様子も見て取れた。
(……あの過剰ともいえる僕への対応が無ければいう事ないんだけどね。後は些か貴族様にしては僕を含めて民衆との距離感が近いというか……、まあそれはアイドルとしてのファンサービスと考えれば普通かな?)
いずれにしても、婚約者のいる女性への距離に僕の方が気になってしまうのは事実だ。しかも、同じ王宮の饗宴のメンバーである、あのグランが許嫁であるという……。既に彼はオリビアさんを妻に迎えているが、大公同士という身分ともあって、複数の相手を妻にする事もこの国では別に珍しい話ではないみたいだしね……。
「師匠、そろそろ清涼亭に向かいませんか? 実はジェシカもギルドの仕事が終わったら来る予定なんです。多分そろそろ……」
「ああ、彼女も今回参加したいって言っていたっけ? 確かにもうサーシャさんも来てるかもしれないな……。カードの件の確認も済んだ事だし、戻るとしようか。じゃあアイバーさん、そういう事なので……」
「おお、もう帰るのかい? 随分とせっかちだねぇ……。明日からは暫く国を離れるというのに……。まあいいでしょう、引き止めるのも野暮な話です。その代わり、私も後で……」
「アイバー団長はカード大会の準備もあるだろう? ボク達は出られないんだから宜しく頼むよ」
レイアの言葉に「おお、ご無体な……」などと嘆くアイバーさんを置いて、僕たちは清涼亭へと戻るのであった……。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「コウ様、これで宜しいでしょうか……?」
「うん、このままじっくりと煮込めば大丈夫だよ、サーシャさん。あ、ラーラさん、今はあんまりかき回さない方がいい。火力も強いから少し調整して……、ちょっ、リーアちゃんにイヴちゃん! 危ないから包丁は持たないで……!」
清涼亭の厨房にて、僕はサーシャさん達に料理の指導をしているのだが……、中々に難航していた。
「イヴ! 危ないから刃物は持っちゃ駄目よっ! ごめんなさい、ジェシカさん。イヴ達が迷惑かけて……」
「いえ、そんな……。私はこうして教えて頂いているだけで……と駄目よ、リーアちゃん! ラーラお姉さん達は今お料理作ってるから……!」
「きゃははっ!」
「りょうり、りょうり!」
キャッキャとはしゃぎながら厨房内を走り回る二人にイレーナさん達が対応にまわる。彼女たちに任せ……という訳にはいかないか。イレーナさんはサポートだから兎も角、ジェシカちゃんは態々学びに来てくれたんだしね。
「……シェリル、リーアちゃん達の事、お願い出来るかい?」
「わかりましたわ……、リーアちゃん、イヴちゃんも。ラーラお姉さん達は大事な事を教わっている最中ですから、向こうでわたくしと遊んで待っていましょう?」
「えっ!? シェリルおねえちゃんがあそんでくれるの!?」
「うんっ! いくいくーっ!」
僕のサポートに入ってくれていたシェリルにそう伝えると、彼女は頷きリーアちゃん達を連れて戻っていった……。シェリルに懐いているだけあって、目を輝かせながらじゃれつく二人にラーラさんはペコリと頭を下げている。
「二人は彼女に任せておけば大丈夫でしょう。さて……、スープの方は一先ず置いておきましょう。後は、麺ですね……」
「大丈夫でしょうか……? 私が作っていた麺とは大分異なるようですけど……」
少し不安そうに話すサーシャさん。まぁ、そのように感じるのは尤もだ。彼女が今までオリジナルとして作ってきたパスタは、いわば地球のイタリア料理に近いもので、今作ろうとしているのはラーメンだ。それも普通のラーメンじゃない……。聞けばわかる人にはわかる、有名なお店のラーメンだ。それをどうして彼女らと作ろうとしているかについては……、先日の事を説明する必要がある……。
「よし……、周りには誰もいないな……?」
キョロキョロと見渡して確認する僕にユイリが少し呆れた様子で、
「……そこまで警戒してする事なの? 姫さえも詰所に待機してて貰うまで……」
「何を言ってるんだ、ユイリ! 唯でさえ『神々の調整取引』は反則級の能力なんだよ? 僕だって極力使いたくないんだ!」
「……それなら使わなければいいじゃないの。貴方が今使おうとしているのは、あくまで自己満足の為なんでしょう? コウにしては珍しい事だとも思うけれど、食べたら終わりの娯楽の為に使わなくても……なんて考えなくもないわ」
……全く、ユイリは何も分かっていないな。僕はあからさまに溜息を吐き、彼女に向き直ると、
「確かにこの世界では、魔力を取り込む才能があればフールによって餓死する事はないとは聞いているよ? そして、その才能を持っていない人物は珍しいともね。僕だってこの世界に来た時からフールは取り込んでるし、餓死する事はないだろうけど……、それでもね、ストレスは溜まるんだよ! 元いた世界では食べ物を口にしないと生きていけなかったからね!」
フールは魔力素粒子の中に取り込まれている栄養素のようなものだ。霞の様に空気に漂っているそれを取り込む事で、食事を取らなくとも生きていけるのがこのファーレルという世界……。だから僕の言う事は娯楽要素であるともいえるのだろう。
事実、この世界では食事は生きていく為の手段ではなく、味覚と満腹感を得る為の娯楽にすぎない。朝昼夕と食事を取るのも、王族貴族の偉い人たちのマナー的な意味合いでしかなかったりもする。だからこの世界には栄養素は程よく管理され、顔面偏差値が高い人物が多いのだとも僕は考えている。……事実、僕が来た時みたいな太っている人に全くと言っていい程お目にかかっていないからね。
「……食事は生きていく為に必要な行為だったから、僕の世界ではそれを如何にして美味しく頂くかが必須の考え方だった。だからこそ、この世界に比べて食の分野においては遥かに進んでいたと言える……。今まで当たり前にあった事がこの世界ではない……、その事がどれだけ辛いのか君にわかるかい、ユイリ?」
「それについては申し訳ないとは思うわよ。まして貴方は望んでこの世界にやって来た訳でもないしね。でも、あれだけ触れないようにしていた『神々の調整取引』を使用しようだなんて、どういう風の吹き回しなの?」
「僕がそれを使いたくなかったのは、能力に頼ってしまう事で、いずれ使用できなくなった時に困ると思ったからさ。それに、下手に色々やってこの世界の文明を破壊したくなかったという事もある。だけど……」
そう言って僕は『神々の調整取引』を起動させると目的のものを検索していく……。
「こと食事の事に関しては、この世界に影響を与えても問題はないと判断した。そして、僕がこれから取り寄せるそれは元の世界に戻ったら食べる事が出来る……。だから、この件に関しては我慢することなく積極的に『神々の調整取引』に頼っても大丈夫な筈だ……」
その言葉と共に僕は対象のものを食器ごと呼び寄せる。どんぶりに盛られたスープに漂う麺の上にチャーシューと山盛りの野菜が載せられたラーメン……。1ヶ月に一度はつい食べたくなってしまうソレは呪文のような独特の受け答えでもってトッピングされたものであり、見ただけでも食欲が増してくる。いわゆる二〇系と呼ばれるラーメンだ。
「……何なの、それ? 本当に食べ物なの?」
「ああ……! この世界でもお目にかかれるなんて……! そうさ、『ラーメン〇郎』と呼ばれるお店で作られる至高の逸品……! お米の有無の次に食べたいと願った代物で……!」
おっといけない、興奮のあまり話が長くなりそうだ。誰か来る前にさっさと食べてしまおう……!
「それじゃ、いただきまー……」
「! いけない、つい気を取られて気配が……」
「おーい、コウ。こんなところにいたのか、一体何して……」
……………………。食べようとした瞬間、やって来たレンと目が合い……、固まる。何故、このタイミングで……、よりによってレンがやって来るんだ……!?
「……それ、何だ?」
「……ラーメンという食べ物だよ、僕のいた世界での料理さ」
僕のラーメンに釘付けになりながら聞いてくるレンに、しぶしぶ答える僕。不味い、この流れは……。
「匂いといい、食欲を煽ってくるな……! 頼むコウ、少し分けてくれよ!」
「……食べない方がいいと思うよ。これ無しではいられなくなった、なんて事になっても困るから」
正直一番警戒していたのがレンだったのだ。大食らいの彼の性格上、このラーメンを見たら間違いなく興味を注がれる。そして、食べてしまえば恐らくレンは……。
「困る事なんてねえよ。むしろここで食べさせねえとか言われる方が有り得ねえからな? まさかお前はそんな事言わねえよな、コウ?」
「……それなら約束してよ? 少し食べたら満足するって……」
多分、そうはならないだろうな……と半ば諦めながら器に取り分けるとレンと折角なので傍に居たユイリにも配り……、
「じゃあ今度こそ……、いただきます」
そう言って僕はお箸を取り、最初にスープを啜る。ああ……、何日ぶりだろう、この味、この匂い……。本当にあのラーメンだぁ……。
「随分味付けが濃いわね……、でも、何処か後味を引くというか……。確かにこんな料理、食べた事ないわ……」
「それがいいのさ。これでも久しぶりに食べるから少し控えめにしたくらいだよ。でも、これで食べ物については問題なくなるな。味も作りたてをこの場に取り寄せられたみたいだし、これで食事は……」
「コウッ!!」
フォークで一口食べたまま固まっていたレンがいきなり立ち上がると僕の肩をガシッと掴んできたかと思ったら、
「こ、こんなの味わった事がねえ……! そ、それでいて物凄く絡みついてくるっつーか……、悪いがこれじゃあ全然足りねえよ! コウ、もう少し分け……」
「やだよ、僕言ったよね? 少し食べたら満足するって? 僕がどんなに楽しみにしてこれを食べているのかわかってて言ってる?」
「んな事言われてもこんなんで足りる訳ねえだろ!? だいたいまだそんなにあるじゃねえか! もう少し貰っても罰は当たらねえだろ!?」
「君の場合、それだけじゃすまないよね? 取り敢えず君に分けるのはそれだけだよ。この味に慣れちゃったら色々大変だからもうこの辺にして……」
「コウッ、頼むっ! それ、俺にくれっ! いや、下さいっ!!」
僕がそう返すとなんと彼はいきなり土下座してきた。な、何やってんのこの人!?
「これ、お前が作ったのか? いや、例の能力で取り寄せたのか!? どちらにしても金なら払う! だから頼む、俺に食わせてくれっ!!」
……そうして、なし崩し的に定期的に彼にラーメンを振舞う事になってしまった訳だ。実際のところ、目的のラーメンをここで再現するというのは至難を極めた。何せ材料どころかレシピ自体わからないし、麺料理も満足に伝わっていないこのファーレルで再現するなど無謀もいいところであるだろう。スープの出汁だって、門外不出とまではいかなくとも出回りすらしないものなのだから……。
それを何とかこのように形に出来たのは『神々の調整取引』と『叡智の福音』のお陰に他ならない。先の能力で直接材料を取り寄せると同時に、『叡智の福音』でそのレシピ構成を探り、本来ならば長い時間を掛けて習得するであろうソレを強制的に理解させて今に至っている訳であるが……。
「尤も……、材料に関してはこの世界の物でも代用どころか、上をいくような事もあった訳だけどね……」
「……? コウ様、どうかしましたか? それとも私、何か間違ってます?」
知らない内に口に出ていたようで、そうとも知らないサーシャさんが不安そうに僕を見上げている事に気付く。
「いやごめん、何も間違ってないよ、サーシャさん。そのままでいい……。ちょっと独り言を口に出していたみたいだ」
「心ここにあらずって感じですよ、コウさん。シェリルさんが気になってそれどころじゃないってところですか?」
何故ここでシェリルが……って、声に出そうとして思い留まる。清涼亭の主人の娘であるラーラさんの顔を見て、僕を揶揄っている事が見て取れた。
「ちょっと、ラーラ……」
「いいよ、イレーナさん。……相変わらずだね、ラーラさん。うん、と言えば満足かな?」
「ふふ、ゴメンなさい。コウさんったら……!」
……全く、ラーラさんは……。まあ、このように揶揄ってくるのも親しくなったからとも言えなくもないけれど……。
未だ笑いをこらえきれない様子の彼女に一言告げようとして、
「コウ様、レン様達がいらっしゃいましたよ……って、どうかなさいましたか?」
「あら、丁度良いところに……! シェリルさ……むぐっ」
「……ラーラ、おふざけがすぎるわよ。コウさん、ここはあたし達が見てますから……」
「……わかった。有難うシェリル、今行くよ」
僕は苦笑しながらイレーナさんの言葉に甘え、彼女たちにこの場を任せると訝しむシェリルと一緒に戻ると……、
「おう、コウか。悪いな、押しかけて。流石に歌姫様の舞台とあっちゃ見逃す訳にもいかねえってコイツらがよ……」
「うるせえよ、レン。こんな機会滅多にねえんだから仕方ないだろうが」
「レン、それにヒョウさん達も……」
既に食堂で寛いでいたレンとヒョウさんがそう声を掛けてきた。他にもハリードさんやペさん、それにポルナーレさんといったお馴染みのメンバーに加え、何度か王城で顔をあわせた事のある人たちもいるようで……、
「今日は隣国に向かう者達の慰労も兼ねているからね……。今日は貸し切りに近い状況になっているのさ」
「グラン、君も来たのか! それにオリビア夫人も……!」
「お久しぶりです、コウ様。いつも主人がお世話になっておりますわ」
ちょうどそこにグランとオリビアさんも現れる。オリビアさんと会うのはグランとの結婚式の時以来か。顔色は悪くないし大分元気になったようだ。二人ともソフィさんからの招待を受けていたようで、折角だから夫婦でとやって来たみたいだ。尤も、グランとソフィさんは幼馴染でこの国で最高位の貴族同士、そして婚約者同士だから招待を受けなくても様子を見に来ただろうけど……。
(それに……、誘拐騒動があった後の初公演だし……。彼の性格を考えたらお忍びでも様子を見に来るよね……)
何れにしても今回のソフィさんのステージはイーブルシュタインに赴く者達にという内輪的なものだというのに……、既に清涼亭には多くの人で溢れていた。流石国民から愛されている歌姫というだけの事はある……。
「おーおー……、見せつけてくれるじゃねえか、グラン……」
「レン……、僻まないでくれよ」
「ほら、レン! グランも困ってるだろ……」
「コウッ! お前が言うなっ! シェリルさんの事もさることながら……」
二人に茶々を入れるレンを宥めると彼は僕に矛先を向けた。
「今回の歌姫様の慰労にしたって……わからないとは言わせないぜ!?」
「……僕も君には言われたくないな。ほら……、君を待ってるよ」
「何を言って……ってサーシャ? どうしてここに……アンタも招待を受けていたのか?」
盛り付けも終わり、例のラーメンを完成させたサーシャさんがやって来た事に驚いた様子のレンに、
「今日はコウさんに倣って、私が作ってみたわ。召し上がって頂けますか?」
「これは……、確かに何時もコウが持ってきていたものと……! あ、ああ! 食わせてくれっ!」
自然な流れでレンに配膳すると向かい合わせで座るサーシャさん。皆が配慮して2人にするが、当のレンはラーメンに夢中で気付かない。
「う、美味え! こいつはコウの作ったやつと同じ……、いや、このちゃーしゅーって肉はコウのよりも……!」
「それはモンスターの、ハングリーボアの肉を使ったの。コウさんもこっちの方がいいって言われて……」
「材料に関しては出来るだけこの世界で手に入るものに変えていっているんだ。流石にスープなんかは難しいけど、肉なんかはファーレルにあるものの方が美味しいかもしれない。魔物の肉っているのをちょっと舐めてたよ」
下ごしらえをきちんと整えたらここまでの味になるだなんてね……。中にはレアな魔物なんかもいて、究極の美食、嗜好品として扱われているって話だし、そこに僕の世界の数々の料理が広まったら、それこそ1日3食どころか、5食なんて話も出てくるかもしれない。
「こいつはいい……! アンタと一緒にいられる奴は幸せだな、これなら毎日でも食っていたいぜ……!」
「っ……、レン、さん……っ!」
(……おいおい、何だ今の。遠回しのプロポーズか……? でも、バッチリ胃袋を掴めたようだし、近い内に本当に……)
僕達だけでなく周りがレンとサーシャさんを生暖かく見守っている中、何やら入り口の方が騒がしくなる。
「おおーっ!! 歌姫様ーっ!!」
「ソフィ様ーっ!!」
……どうやら皆のお待ちかね、歌姫であるソフィさんが見えられたらしい。それにしても凄い人気だ……。流石はストレンベルクだけでなく、世界中で知られるアイドル歌手だけの事はある。
――遅くなりました、コウさん。マネージャーを兼ねているという侍女を伴った彼女と目が合うと、微笑を浮かべながらそっと口を動かす。読唇術を使える訳では無いが、大体そんなところだろうか。集まった兵士さん達はそれを見てますます興奮する。俺に笑いかけたんだ、いや俺だ、等と言い合っているのを見て僕は呆れつつも、これもソフィさんの魅力というやつかと納得すると、
「皆さん! お集まり頂き有難う御座います! 今日はイーブルシュタイン連合国へ経つ前夜祭。それに臨む皆さんを少しでも慰労出来ればと幸いですわ! 私の歌、是非ご歓談頂ければと存じます」
透き通るようなソフィさんの言葉を聞き、歓声が巻き起こる店内。続々とステージの準備が進む中、シェリルが静かに僕に寄り添ってきたのがわかる。そしてレイアもやって来ると、
「相変わらずの人気だな。ホントは少人数でと考えてたみたいだけど、何処から話が漏れたのやら……」
「……アイバーさんも来たがってたみたいだけど? 少なくとも、君の所属する『魔力の学び舎』では噂になってたし、てっきりレイアが広めたと思ってたんだけど……」
「ボクが広めたって? 何を言ってるんだよ、コウ……。ソフィ的にはお忍びでやりたかったみたいだし、ボクがそんな事する訳ないだろ!?」
「……恐らくその時に清涼亭に居た常連様たちから伝わったのだと思いますわ。本日は貸し切りとなってしまい、出立する方限定となってしまいましたから、せめて『映像歓談魔法』でご覧になりたかったのでしょう。人が多ければ内密に……という訳には参りませんもの……」
そう言って苦笑するシェリルに納得していると、どうやら準備が出来たらしい。簡素なステージではあるが、それでも高級宿の清涼亭。日本の帝国ホテル並の設備はある。
そんな中で始まった彼女のステージに僕達は静かに酔いしれるのであった……。
☆ ★ ☆ ★ ☆
歌姫のステージも一段落して、僕は清涼亭の客室の一室で静かにたたずんでいた。
酔いさましで少し一人になりたいと申し出たところ、ここに案内されたのである。自分の借りている部屋に戻っても良かったのだが、戻るにはまだ早いかという事で何もせずにただぼーっとしていたのだ。喫煙者であれば黙々と吸っているのだろうが、生憎僕は煙草は吸わない。従って先の状況となっているという訳だ。
(流石に歌姫と言われているだけの事はある……。あんなに心を揺さぶるような歌、聞いた事が無い……)
元の世界の歌手とかアイドルにのめり込んでいた訳ではないから比較対象には出来ないけれど、それでも次元が違うような印象を受けた事は否めない。天使の歌声、いや……この世のものとは思えない美声で航海者を惑わせるという人魚の伝説にある歌と言っても差し支えない程の衝撃を受けた。
……あんな歌を聞かされたら堪らない。ストレンベルク王国だけでなく、他の国でも彼女が歓迎されている理由もわかったような気がする。それ程までに別次元の出来事だったと今もなお余韻に浸っていたかった。
「ソフィさん、か……」
今日のステージでも何度も目が合った。彼女の視線に、何も感じない程僕も鈍い男では無い。勘違いだったら自惚れもすぎると笑い話になるだけだが、流石に気のせいだと流す事も出来なかった。
助けられた事を気にしているようだが、実際に彼女の危機を救ったのはガーディアス隊長らであり、別行動して海賊共を一網打尽にしたグランである。僕はしくじり、危うくソフィさんだけでなくユイリまで危険な目に遭わせるところだったのだ。むしろ、ユイリだけだったら上手く事を収められたかもしれないのに、僕がしゃしゃり出たばっかりに却って状況を悪化させてしまったかもしれない。
(彼女はどうして、僕を気にするのだろう……)
そう考えたところで、部屋のドアをノックする音が聞こえる。一体誰がと思っていると、
「……あたしです、入っても宜しいでしょうか……?」
ちょうど今考えていた人物の訪問に思わず僕は了承してしまうと、ソフィさんはゆっくりと入室してきた。どうやら侍女のサラさんも連れずに、彼女だけでやって来たようだ。
「ソフィさん……、どうしたんです? お一人で来られるなんて……」
「……今日は貴方にお伝えしたい事があって参りました」
何処か緊張した面持ちの彼女に僕は訊ねる。
「伝えたい事……、それは侍女も挟まないで話さなければならない事なのですか?」
「はい、あくまであたし個人のお話ですので、サラにも待って貰っております」
この流れ……まさか彼女は……。僕が思い至るのと同時に、ソフィさんは意を決したように僕の目を見て、
「コウさん、どうかあたしを抱いて頂けませんか……?」
「っ……それは」
一体どういう……、そう言い掛けてソフィさんが話を続ける。
「……勿論、貴方が想像しておられる意味です。こうした場において、誤解させる事をお話しするつもりもありません」
「…………理由を伺っても宜しいですか?」
彼女が僕に好意を持っていた事はわかる。だけど、それらをすっ飛ばしてこのような事を告白してきた経緯がさっぱりわからない。
「それをお答えする前に……、コウさんはあたしを嫌ってはいらっしゃいませんか? もし汚れたあたしに近付いても欲しくないと考えていらっしゃるのであれば、すぐにでも出て行きますが……」
「汚れている? どうしてそのような事を……。綺麗だと感じる事はあっても、汚れているなんて思った事もありませんよ」
「本当に? 本当に嫌ってはいらっしゃらないのですね? 迷惑でもありませんか?」
「迷惑だなんて、どうしてそのような事を……? 僕はただどうして急にソフィさんが告白してきたんだろうと驚いただけです」
……本当の話だ。彼女を好きか嫌いかでいえば、間違いなく好感を持っていると答えられる。いきなりそういう関係になるというのには戸惑いはあるが、取り敢えずソフィさんが何故そのような告白をしてきたのかを聞かなければ始まらない。
彼女も僕が嫌がっている訳ではないという事がわかったのか、一度息を吐くとゆっくりと語り出す……。
「……コウさんはあたしを助けて下さいました。身体だけでなく、心までも……。貴方は自分は大したことはしていない、本当に危機を救ってくれたのはディアス隊長やグラン様だとおっしゃいますが……、間違いなくあたしを助けて下さったのはコウさん、貴方なんです」
「どうしてそこまで……。むしろ僕が状況を悪化させただけだとも思っているのに……」
僕がそう答えると、彼女はゆっくりと首を振る。
「あたしの歌姫としての運命は……、大公令嬢としてのあたしは一度死にました。護衛の方々を殺され、海賊たちに囚われたあの時に……。あたしは性奴隷として裏世界で売り捌かれ、一生慰み者として生かされ続ける運命に堕とされてしまったのです……。その運命から救って下さった貴方には、他に感謝のしようがありません」
「でも、それは……」
「コウさんが乗り込んで来られる前、あたしはあの海賊に嬲られ続けていました。後少しでも遅かったら……、純潔も奪われていたかもしれません」
「ソフィさん……」
……一度死んだ、か……。悪漢に攫われ、自分の意思を無視して欲望に晒され好き放題にされる……。確かに、そのように思うのは言い得て妙か……。
「……シェリルさんのお気持ちもわかります。彼女もあたしと同じように、奴隷に堕とされて絶望されていた筈です。その境遇から救い出してくれた貴方には感謝してもしたりない思いがあったと思いますわ。そしてコウさんと接する内に、貴方自身に想いを寄せるようになられたのでしょう」
「…………」
「そしてあたしも……。実を言うと、貴方以外の男性の前だとあの時の恐怖を思い出してしまうんです。許嫁であるグラン様の前でも……」
「……ジャンヌさんでも、駄目だったのかい?」
僕の問い掛けに静かに頷くソフィさん。聖女であるジャンヌさんには、トウヤの毒牙に掛かったオリビアさんやジェシカちゃんのケアもして貰った。それで今では大分良くなったと思う。
ソフィさんも時間を掛ければ徐々に癒されていくのだろうが……、彼女は目の前で自分の護衛の騎士たちが殺されるのを見せられていた。それがよりトラウマとなっているのかもしれない……。
考え込む僕の右手をとり、胸の前で両手で包み込むソフィさんに驚き彼女を見ると、顔を真っ赤にしたソフィさんが、
「……はしたない女と軽蔑されたくはありませんが……、コウさんが望むのなら好きにして頂いて構いません。元より覚悟は決めて参りましたし、両親や許嫁であるアレクシア大公家、王家に、そしてシェリルさんにもお話は通してあります」
「シェリルも!? 彼女が納得したって言うの!?」
「ええ、これはシェリルさんにも利がある話ですから。コウさん、貴方も彼女への愛情を感じながらも必要以上に踏み込まない様にしているのはわかっています。それが貴方の事情であるという事も……。ですが、もし今回あたしと一線を越えれば……、コウさん自身も踏ん切りがつくのではないかと王家では考えているのです。少なくとも、同じ理由で貴方が彼女らと行為を及ぶことについて、断る理由が無くなるという事になります」
それを聞いて僕はグッと押し黙る。僕はあの娼館での経緯からシェリルに謝罪したあの一件で、この世界でそういう行為に及ぶ事については諦めていた。シェリルが悲しむという事もあるし、かといってシェリルと一線を越えれば彼女と別れられなくなると確信していたからだ。
僕の様子を伺いつつ、ソフィさんが話を続ける。
「……今回はあくまで貴方との子を作る事が一番の目的です。お父様は貴方こそが勇者として参られた事はわかっております。そして恩人でもある貴方との子供ですが、コウさんさえ良ければメディッツ家の跡取りにしたいと思ってますわ。その後は決められた通りアレクシア家の子を産み……、ああ、オリビアさんの実家であるシュテンベリル家にはオリビアさんが産んだ子が世襲される事になっているそうです。コウさんは一夫一妻制の世界から訪れたと聞いてますから、あまり馴染みがないと思いますが……」
「……僕の世界の常識からは大きく逸脱してる事はわかってるよ。つまり、当人同士が納得していれば……、仮に恋人とは別の人と親しくしていても浮気ではない……って事でしょう?」
「そうですね……。ですが、あくまで王族貴族の話になりますけど……。より洗練された子孫を残す事が定められたあたし達は、結婚相手も吟味されます。幼い頃よりグラン様とは婚約しておりますが……、大公令嬢としてあたしは他にも縁を結ぶ事になるでしょう。余程の例外でも起こらなければ……」
例えば何れかの王族や皇族に嫁ぐという事となれば話は別ですが……、そう彼女が補足する。
同時にソフィさんは包み込んだ僕の手をその豊満な胸に押し付けるようにした。ドキドキと心音が高鳴りがわかり、自然とこちらも気分が高揚していくのを感じる。
ウェーブがかった白く薄い水色の綺麗な髪を腰元まで棚引かせながら、恥ずかしそうに、でもどこか不安そうにこちらを見つめるソフィさん。モデルもこなしているという彼女の容姿は非常に端麗で、グラビアアイドルも逃げ出すような、下手するとシェリル以上のかなりのグラマラスな体付きをしている。特にその胸元は豊満で、押し付けられている腕から感じる感触はとても心地良い。
そんな彼女が子供が欲しいと覚悟して迫ってきているのだ。この世界の常識で当てはめると、むしろ手を出さなかったら自分の方が非難されそうな状況でもある。いや、僕以外の男にトラウマを持っているという時点で、彼女を嫌ってでもいない限り拒絶する事はできないだろう。そしてそれは最初のソフィさんの問い掛けで答えてしまっている。
(これ、もう逃げ道が……。というより逃げる必要があるのか? こんな魅力的な人を拒絶する理由ってなんだ? ……いいじゃないか、彼女が僕を想ってくれているのは十分わかった。さらには僕に責任も感じなくていいように、淡々とその子供をどうするかを伝えてきたんだ。彼女の話し振りによると1回の行為で確実に受胎させる魔法というのもあるらしい……。ソフィさんの望むどおり、このまま彼女と……)
半ば思考が縛られているような錯覚も覚えるが、ソフィさんを愛情と情欲を感じ始めている事も確かだ。このまま事に及ぼうと部屋のベッドに誘おうとしたしたその時、
「…………コウ、様? そちらに、いらっしゃるのですか……?」
……………………え? シェリル!? どうしてここに!?
部屋の前から聞こえてきた声に僕は思わず固まってしまう。これからしようと思っていた後ろめたさもあって頭も真っ白になるも、視界に彼女がシェリルに呼び掛けようとしているのを見て、僕は咄嗟にソフィさんを口封じして後ろから抱きすくめるようにしてしまう。
「シェリルさ……んむ」
「ゴメン……でも少し静かに……!」
そう言うとソフィさんは身じろぎもせずに大人しくしてくれた。だけど僕は自身がこんな事をしてしまった事にも驚いてしまう。
(何故僕は彼女にこんな事を!? 大体こんな状況を見られた方がもっと話がややこしくなるじゃないか!?)
いくらソフィさんと二人っきりで居る事に後ろめたいという気持ちがあったとはいえ……! ソフィさんには事情を話せばわかってくれた筈だ。現に今彼女は動揺しているようだけど、抱きすくめられたままじっとしてくれているし……! 第一、見つからない様に隠蔽魔法を掛けてたとはいえ、覚えたばかりの未熟な僕の魔法じゃ……。いや、シェリルなら間違いなく看破してしまうに違いない……!
そもそもな話、シェリルはどうしてここに来たんだ!? 納得してくれたのではなかったのか!? ソフィさんが嘘を言っていたのか!?
混乱しながらも僕はただただ考える。だけどシェリルは声を掛けてきただけで、この部屋に踏み込む事も無く、かといって部屋を離れるという訳でもないようだ。これは一体……。
(そう、か……。シェリルは……)
僕がひとつの答えに辿り着くと同時に、部屋の前から気配が離れていく感覚を覚える。そこで僕は拘束していたソフィさんをゆっくりと開放すると、
「ゴメン、ソフィさん……。突然抑えつけちゃって、本当に申し訳ない……」
「い、いえ……驚きましたけど、厭ではなかったですし」
悪意のようなものは感じませんでしたからと頬を朱に染めながらもソフィさんは呟くのを見て、可愛く思いつつも僕は彼女に向き直る。
「…………ソフィさん。先程の話だけど……僕に時間をくれないかな?」
「コウ、さん……?」
僕の答えをソフィさんが怪訝そうに問い返すのを見て、
「君の事をどう思っているかだけど……、間違いなく好感は持ってるよ。まだ付き合いも浅いし、歌姫としての君を見て魅力的に思っている事も事実だ。実際に先程は君を抱きたいと思ってたしね。……シェリルが来て、ちょっと取り乱しちゃったけど……」
「それでは……」
「だけど、今すぐには応えられない。勿論、それは貴女に原因がある訳じゃないよ……。あくまで僕個人の問題だ」
「……シェリルさん、の事ですね?」
彼女の問い掛けに僕は頷くと、
「……さっきソフィさんの言ってた事は本当だと思ってる。だからシェリルはこの部屋に入ってくる事なく立ち去ったのだろうし、ユイリがこの場に現れない事もそうだ。……でもシェリル自身、理解は出来ても納得は出来なかったんだろうね。それだけ彼女は……僕を想ってくれている」
自惚れではなく、これは純然とした事実だ。彼女の想いは痛い程理解しているからこそ、迷いが生じているのだけど……、それでも僕は、
「例えこの世界では普通の事で、問題は無いとしても……、僕はシェリルとの事をこのままにして、誰か別の人とする事は出来ない……。彼女との事は……どういう風になるにしても必ず答えを出す。だから、ソフィさん……」
僕はソフィさんの肩にそっと手をかけ、彼女の瞳を見つめ、
「だから、もし貴女がシェリルとの事に答えを出した後、今と気持ちが変わらないようだったら……、その時は今日の続きをしよう。ソフィさんの覚悟に応えて、望み通りにすると約束する」
「コウさん……!」
「……貴女は覚悟を持ってこの場にやって来たというのに、この場で応えられないというのはこの国では不誠実に当たるのかもしれないけど……、どうか許してほしい……」
「いえ……、貴方は誠実な方ですわ。女性に恥をかかせる事なく、受け入れようとしてくれました。……あたしは、貴方が答えを出されるその時まで、お待ち致します。ですからどうか、その時は……!」
「ええ、約束するよ……ソフィ」
僕は跪き彼女の手を取ると、静かにその甲に口付ける。これが正しい作法かはうろ覚えだが、ソフィは頬を朱に染めながらも嬉しそうだった。
「……あたしも、此方での仕事が落ち着きましたら、イーブルシュタインに向かいますから……」
そう言うとお返しとばかりに僕の頬へ口付けを落としてきた。僕も思わず真っ赤になるが……、お互いを見つめ、笑い合う。
(……何時か、必ず答えを出す時が来る。その時僕がシェリルとどうなっているのか……。大事にしたいのに、一緒にはいられないこの苦悩。ソフィとも僕がこの世界に残る選択をしないかぎり、立場的にも一緒になる事もないだろうし……、そもそもこの世界に残るのだったらシェリルの気持ちに応えている……)
それに……、僕がこの世界に残るという選択はしないだろう。帰る理由がある以上、それは確実だ。
(なるようにしかならないにしても……どうなる事やら……)
まあ、何時までもこうしてはいられない。僕には、すぐにでもやらなきゃいけない事があるから……!
僕はソフィにそう告げると、彼女の了承を得て部屋を出るのだった……。
「シェリルッ!!」
「…………コウ様?」
シウスを連れて一人戻ろうとしているシェリルを見つけ呼び止めると、彼女はゆっくりと僕の方を振り返った。その瞳は何処か悲しみを残しているような錯覚も覚える。
「……ごめん、シェリル。そんな顔をさせて……。でも、僕はちゃんと答えを出すまではと話を付けてきた」
「……答え、ですか……?」
僕は彼女に先程ソフィと話した内容を伝える。これ以上そんな悲しい表情をさせていたくなかったから……。
「例え、君に話が通っていたとしても、今のシェリルとの状況のままで、一線を越える事はしたくなかった。尤も、君が声を掛けてくれなければ……、そのまま行き着くところまで行っていたかもしれないけど、ね……」
「……わたくしこそ、申し訳御座いません。ソフィさんの話は、元メイルフィードの公女であったわたくしにとっても受け入れるべき話だったのです。自分に納得させたつもりでしたが……、気が付けばあのような形でお声を掛けてしまっていて……」
「いや……、僕の方こそ感謝する。僕にしてみても、君との関係を中途半端なままにしていたくなかったから……」
今考えられる時点でシェリルとの関係に決着をつけるという事は……、即ち自分の代わりを見つけるという事だ。彼女を自分の世界に連れ帰れば不幸になる事がわかっている以上、そうするより他はない。
「コウ様は……、どうしてもわたくしを連れて行っては下さらないのですか……?」
「……君が望むのであれば、連れて行きたいという思いはあるよ? ただ、実行するには難しい問題が山積みというのも事実なんだ」
いつかは答えを出さなければならないとはいえ、その時の事を考えるだけで胸が痛む。正直もう、彼女と別れたくないという想いが取り返しのつかないレベルで進行している。僕はひとつ息を吐き、真っ直ぐに僕を見つめるシェリルに向き直ると、
「シェリル、今更だけど此度のイーブルシュタイン行き、本当についてくるのかい? ユイリは最後まで反対していたけれど……」
「本当に今更ですわね……。ユイリの反対もわからなくはありませんが……、それでもわたくしの答えは決まっています」
「でもユイリの言う通り、危険はあると思うよ。まして今回の会議とやらは1日2日で帰って来れるようなものではなく、下手すれば何か月も向こうに拘束されるって言うし……。そもそもイーブルシュタインに向かうだけで何日も掛かるって話じゃないか。安全の事を考えれば、大人しくストレンベルクに残っていた方がいいと僕は思う。フローリアさんもいるしね」
「ですがわたくしは貴方と共に参りますわ。それこそ何か月もコウ様と離れるなんて……考えられません」
シェリルの言葉を聞き、僕は説得を諦める。お淑やかな彼女だが僕と同様、一度決めた事はそう簡単には折れない。まして今説得できる材料を持っている訳でもない。
「……わかったよ。でも、気を付けて。なるべく僕が君を守るけど……それでも絶対守り切れる訳じゃない」
「ふふっ、そのように言って下さるだけでも嬉しいですわ。……守って下さいね、わたくしのナイト様……」
そう言って彼女は僕の方に顔を寄せ……、驚き動揺する僕の頬にキスをする。奇しくも先程ソフィにされた方と反対側の頬に……。
紅くなる僕を見て笑いかけながら、部屋に戻りましょうと告げる彼女に促され、一緒に戻るのだった……。
☆ ★ ☆ ★ ☆
――そうして出立の日。
イーブルシュタインに向かう予定の者達が一様に集まっている。その中には昨日の歌姫のステージで見た顔もあった。宰相でもあるフローリアさんを除いた、自分達『王宮の饗宴』の面々に冒険者ギルドから派遣されたジーニス達や他にも有名クランとして名の知られている冒険者も加わり、中々の面子となっている。
そして王を守る親衛隊を除いた、ライオネル騎士団長が纏める王国騎士団も相当の人数がレイファニー王女殿下と、『勇者』として扱われているトウヤの護衛に付いてくるらしい。
さらにトウヤのお目付け役として同行する者の中には、あの聖女であるジャンヌさんや、ユイリの妹もいて……、
「初めまして、コウ様。私はユウ・シラユキと申します。何時もお姉様がお世話になっております」
そう挨拶してきたのだ。今までユイリから妹の話なんか聞いた事が無かった上に、あのトウヤに新たにお目付け役となると聞いて驚いたものだったが、
「私もお姉様と同様に手ほどきを受けております。『事情』についても聞いておりますので、心配は要りませんわ」
「私が言うのも何だけど……、ユウは私以上にくノ一としても優れているわ。今回、あの男がリーチェとは馬が合わないから交換してくれって煩かったから、私の代わりに妹もリーチェのサポートとして加わる事となったのよ」
「でもお姉様、伺っていた通りでしたわ。あの殿方、挨拶に行くなり厭らしい目つきで見てきてベッドに共にするように言ってきましたから。何でもベアトリーチェ様もされている等と言ってきて……。すぐにベアトリーチェ様がとりなして下さいましたが……、いっその事篭絡させてしまおうかと思ってしまいましたよ」
肩にかかる位の紫がかった髪を軽くかきあげながら話す彼女にユイリの面影を見つけ、姉妹なのだと納得するも、自分から誘惑云々等というところは性格の違いというところだろうか。
「我らが愛すべきストレンベルクが誇る精鋭諸君、これより殿下からのお言葉を賜る! 心して聞く様に!」
「……この度、私にご同行下さる精鋭の方々、急な出立でありながらもこうして集って頂きました事、深く感謝申し上げますわ。先方の申し入れとはいえ、陛下でなく私が指名され……、陛下の剣であり盾であるべき皆様をこうして駆り出してしまう事には申し訳なく思います。ですが、どうか私にお力をお貸し下さい!」
わあああぁぁぁー……。賛同するように轟く歓声……。陛下に剣を預けし騎士たちの声に微笑みで応えつつ自らの馬車に乗り込む王女殿下に、周りも続々と出立の準備をする。
グランは竜を駆るべく部下たちのところに戻って行き……、俄かに慌ただしくなる中でシェリルがしずしずと僕の傍に寄り添ってくる。
「……今更だけど、本当にいいんだね?」
「ええ、貴方が守って下さるのでしょう?」
そう微笑みながら言われたら僕も笑うしかない。隣でユイリも溜息を吐いているようだが、もう何も言う気はないようだ。
世界同盟会議が終わり、またこの国に戻ってくる時には……、今の関係が少しは変わっているのだろうか……? まぁ変わるにしても、いい意味で変わっていて貰えばいいけど……。
そんな祈りに似た思いと共に、僕も出立の準備を進めていった……。




