第47話 エピローグ:勇者になりたくない『主人公』
「――……コウ、聞いているの? ――コウッ!」
「…………え? あ、ああ……、聞いているよ」
回想に耽っていた自分を呼び起こす声に我に返る。気付くと呼び掛けていたユイリだけでなく、シェリルも僕の方を窺っているようだった。
「もう少しお休みになっては如何ですか……? 昨日あれだけの事があったのです、せめて今日1日くらいは……」
「……大丈夫さ、シェリル。君のお陰で身体の方は問題ないよ。……本当に迷惑を掛けたね」
海賊ジェイクとの戦いの末に体力の限界が訪れて、そのまま倒れた僕はガーディアス隊長らによってアジトの外へと運び出され……、外で待機していたシェリルが泣きながら縋りつき、あらゆる回復魔法を掛け続けてくれたらしい。
癒しの奇跡をはじめ、目覚めの奇跡、復帰の奇跡、気付けの奇跡、疲労快復の奇跡と数多くの神聖魔法を施してなお、なかなか目を覚まさない僕に取り乱しそうになりながら寄り添ってくれて……。漸く目覚めた僕に涙をためて抱き着いてきた時には、申し訳ない思いで一杯になったものだ。
「…………本当ですよ。勝手に独断専行なされて……、意識を失ったコウ様が運び込まれて……。全然目を覚まさない貴方を前に、わたくしがどれ程心配したか……、コウ様はわかっていらっしゃいますか?」
「……………………ごめん」
咎めるように詰め寄ってくるシェリルに謝罪する以外の選択肢がなく……、体を縮こませる僕に彼女は溜息を吐く。
「……ご無事で良かったです。本当に……良かった……」
「私もまさか一人で乗り込んでくるなんて思わなかったわよ……。状況を打破するのには助かったけれど、それでも無茶だったのには変わりはないわ」
そこにユイリも呆れとも安堵ともといった風に話に加わってきた。気が付くとシウスやぴーちゃんまでも同じように僕を見ているような錯覚に陥り、何も言う事が出来なくなってしまう……。
……あの僕と海賊のボスとの決闘の後、何があったのかというと……、まず僕に倒されたジェイクを捕縛し、奴が操っていたとされる『ダンジョンコア』と呼ばれるものを掌握しようとしたところ、グズグズと消滅していったという事だった。
それによって、ダンジョンと化していたアジトが元の天然の洞窟に戻り、隠れてやり過ごそうとしていた残りの海賊たちも闇の類人猿によって炙り出され、全員お縄につき……、シーザーさん達とともに来た『獅子の黎明』のメンバーによって外に引っ張り出された。
そして先述した通り、ガーディアス隊長やレイア達に連れられて一緒にアジトの外に運ばれた僕をシェリルがずっと付き添い看病してくれ、目覚めたら目覚めたでシェリルやレン、ユイリにまで怒られたのだ。尤も、ガーディアス隊長もこうなる状況を作ったとして、レイアらに苦言を呈されたらしく、無理をさせて悪かったと謝ってきたが……。
(……隊長には今度、刀の扱いについて教えてもらうって話になったんだっけ……?)
海賊ジェイクをほぼ一撃で無効化し、殺さない様にする烙印と呼ばれるあの剣術……。あれは僕にとっても最適の技であるし、生まれ故郷から伝わったとされる日本刀、その剣術に憧れるという事もあって、その事については嬉しくもある。実際に、あの『峰打ち・極』がなければ、ジェイクを倒す事は出来なかっただろう……。
ジェイクは今、激しい拷問を受けているのだという。彼自身は黒幕の名を吐こうとしているようだが、その都度死ぬほどの苦痛が襲い掛かり、気絶するのを繰り返しているらしい。烙印『不死』の効力で生かされているようだが、どうも自白しようとすると死ぬような呪いが施されているようで、同じく捕まえた魔族も同様であるという。
明日には襲い来る魔族たちの襲撃を抑え、無事救援遠征を成功させたトウヤ達が戻ってくるという事であり、同行している聖女様に解呪して貰うまでは、地獄を味わい続ける事となるのだろう。
今回の事件の首謀者は極刑となり、部下の海賊たちはそれぞれに応じて犯罪奴隷となるだろうとされている。どうせ死ぬことになるのならとあの場で自爆魔法をしようとしたりするなど、自決を考えていたジェイクにとっては、今の状況は最悪といっていいのかもしれない。
「遠征を成功させて、明日には彼らが戻ってくるからその時も大きな……、今日の内にささやかながら、ソフィを無事救出できた事に対しての夜会があるのだけど……」
「そうなんだ。確かにトウヤが帰ってきたら色々とややこしい事にもなるか……。今回の主役は王女殿下を海賊達から守り、ほぼ一人で船を制圧したグランやソフィさんを助け出したガーディアス隊長にあるしね」
聞くところによると、時間稼ぎの為に王女殿下と出向いたグランが、強引な手段に出た海賊共を返り討ちにし、王女を守った英雄として褒め称えられているという。流石はグランと思うと同時に、よくもまあ一人であの海賊たちを抑えられたものだと感嘆したものだったが、
「……他人事のように言っているけれど、当然貴方にも招待が来ているのよ? 海賊の親玉を倒し、ソフィ救出の立役者なんだから」
「え? 僕が立役者? 殆ど隊長がお膳立てしてくれて、君が庇ってくれなかったら死んでたであろうこの僕が? ハハッ、冗談はよしてくれよユイリ……」
「……あの男をあそこまで追い詰めたのは、他でもない貴方でしょ? 油断している事もあったんでしょうけど、私だってまだ貴方が戦える相手ではないと思っていたわ……。コウが勝っていたのは素早さくらいで、他の全ては貴方を上回っていた相手よ。戦闘経験も、潜ってきた修羅場の数も、何もかも、ね……」
実際、あの男が一番負けた事が信じられないと思っているわよ、きっと……。そうユイリが締めくくると、
「そんな訳だから、貴方には是非いらして欲しい……、助けられた彼女本人からの要請もあるわ。今、私がここに来たのはそれを伝える為でもあるのよ」
「…………僕、どうしても出なきゃ駄目?」
正直、あんまり目立ちたくはないんだけど……。なんか僕まで英雄に仕立て上げられたりすると、この世界を離れにくくなるし……。
そんな僕の内心を知ってか、ユイリが溜息を吐きながら、
「今更……じゃないかしら? 救出作戦前の会合でも目立っていたし、あれで貴方に注目された方もいるんじゃない? まあ、あの偽りの勇者様も今回の遠征に成功したみたいだし、まだ知名度は向こうが上だとは思うけど……」
「はぁ……、かといって口出ししない訳にもいかなかったしなぁ……」
敵の狙いが何処にあるか、それを議論しないまま救出作戦に乗り出そうとする面々に待ったをかけた事に後悔はない。それだけ、あのソフィさんが王国の人たちにとって大切な人物だったという事だったのだろうけど……。だけど、あの場には頭の切れるフローリアさんもいたし、いくら頭に血が上っていたとしても、その事に気付かないなんて事、あるのか……?
(……まさか、自分がそう指摘するように踊らされた? いや、いくら何でもあの場でそんな事しないだろう……。下手したら王都にだって侵入されたかもしれないし、流石にリスクが大きすぎる……)
そういえばこの世界には、かなりの的中率を誇る占術や魔法があるともいうし、あの会合では何かの条件が合わなくて見通せなかったというだけだろう。それについても、敵が上手く情報操作していたのかもしれないし……。
要するに、この世界は能力や魔法に頼り過ぎている事が、今回マイナスに働いてしまった……という事なのかもしれない。
「……わかったよ。でも、少し挨拶するだけだ。途中で抜ける……それでいいよね?」
「ええ、勿論いいわよ。貴方もまだ療養しなければならないからとは伝えておくから」
そう言ってユイリは報告の為か、一度部屋を出て行く。こうして再びシェリルと二人っきりになるものの、最初期ならばいざ知らず、今では彼女が近くにいてくれるのはむしろ自然で安らぎを感じるようになっていた僕は、シェリルの淹れてくれていた紅茶を手に取り、再び物思いに耽る……。
(シェリル達にはまだ言っていないけど……、あの時感じた存在は、恐らく……)
ソフィさんやユイリが人質に取られ、敵の凶刃が迫った時に交流した存在……。人のものとは思えない、圧倒的な存在感……。
(……僕は、いや……『勇者』を継ぐべき人物は、あの人をどうにかしないといけないのか……)
彼こそがこのファーレルで『魔王』と呼ばれし存在なのだろう……。仮にも勇者として召喚された僕の前にあっさりと姿を現して……、
『……いつかまた相まみえよう……、その時はこんな精神に干渉するといったものではなく、直接な……』
…………ここで考えていても仕方がない、か。頭を切り替えるべく顔を軽く振ると、シェリルが僕の様子を伺っている事に気付く。
「コウ様? 何か御悩み事でも……」
「……いや、何でもないよ。強いて言えば、慣れない夜会に顔を出す事になって、どうしようかと思っていただけさ……」
僕の言葉に困ったように笑うシェリル。……今はこれでいい……。いずれ、元の世界に戻るにせよ、段々と状況も変わってくる事だろう……。その時になって、決断していかなければならない案件も出てくるに違いない。だけど……、せめて今だけでも、この穏やかな時間を過ごしていたい……。
そう思いながら、シェリルが向かいに腰を下ろして寛ぐ姿を眺めるのであった……。
件の夜会を終え、王城の自分の部屋にて、私は一連の事件についての報告に目を通していた。
「……まだ証言はとれていないけれど、間違いなく十二魔戦将、ストレンベルクにとって忘れられないあの『魔貴公士』ファンディークが絡んでいるようね……」
王都を襲撃しようとしていた魔族の言葉といい、まず間違いない筈だ。前勇者様の妻で、私のご先祖様でもある方を攫い……、今こうしてまた姿を見せ始めた因縁の相手……。それがあろう事か、再び王家の血筋である私を狙って計画されたらしい今回の事件……。その為に我が国で愛された存在である、歌姫にして大公令嬢のソフィを捕らえ、そこから王城も襲撃し私も抑えようとした事は明らかにされた。
「明日にはあの人と一緒に戻ってくる聖女殿の解呪ではっきりするだろうけれど……、どうしたものかしら……」
そもそも同盟国を襲撃して、『勇者』と一個師団を派遣させる事すら、向こうの計略であった可能性もある。それに合わせて帰国しようとしていたソフィが拉致され、都合よく宮廷占術士の先読みの占術や超能力者による『予知』も何らかの力によって妨害されるなど……、偶然と考えるには些か出来すぎていた。
「戦力を分断させて叩こうとした……? 向こうでは海の悪魔とも呼ばれるクラーケンが現れたとも聞いているし、こちらも結界を破って直接王都に乗り込んでこようとしていたわね……」
ソフィを使って私達を挑発し、壊滅を目論んだ……? シェリルの母国である、メイルフィード公国のように……。
いずれにしても、もし敵の襲撃が成功して私が魔族に囚われるなんて事になったら……、この国どころかファーレル自体が『魔王』が率いる魔族のものとなってしまっていたかもしれない……。
「……相変わらずね、レイファ……。いえ、レイファニー王女殿下とお呼びした方が宜しいかしら?」
「……今ここには私しかいないし、レイファでいいわよ、ソフィ……」
聞きなれた声に顔を上げると、そこには印象的な瞳を持ち、長く見事な薄水色の髪を一つに纏めた女性……、先程終了した夜会の主役でもあり、コウによって助け出された大公令嬢、ソフィ・カッペロ・メディッツの姿がそこにあった。
「もう、身体の調子は平気なの?」
「……ええ、身体はね。心の方は……まだ辛いけれどね。長年、あたしを警護してくれていた騎士たちを失ったのは堪えたわ……。最後まで、あたしの身を案じてくれていた……、真の騎士と呼ぶに相応しい者たちだったから……」
……今回の救出作戦において、幸いなことに犠牲者を出す事はなかったが……、ソフィが攫われてしまった際に、海賊や魔物たちによって殉職した者たちはいる……。婚約者でもあるグランが彼女の為に派遣した騎士でもあり、ずっとソフィを守ってきた者たちだったのだ。
グランがほぼ一人で海賊船を制圧した背景には、間違いなくこの事もあったのだろう。婚約者をあのような目に合わせ、自分が派遣した騎士を殺した海賊たちを鬼神の如き力で叩き伏せながらも、その殆どが生命を残していたのは、私情を殺して任務に全うした結果とも云える。
「ノックにも気付かないなんて……、少し根詰めすぎなのではなくて?」
「……そう、かもしれないわね。何分、目を通しておかなきゃならないものが多いから……。それで、貴女がここに来たという事は……」
「ええ……、『報告』よ」
そう言ってソフィは姿勢を正すと、友人の顔ではなく臣下の顔に変わり、
「……私が訪問した先では、各国の情勢に特に変化は見られませんでした。だけど、確実に魔族の侵攻は進んでおります。ヴァナディース共和国は正式にストレンベルクに挨拶したいとの打診も頂戴致しました」
「……そう、彼の国は世界同盟未加入だったわね……。挨拶という事はその件もあるのかしら? だけど、あの国は確か天使の加護を得ていて、こと自衛に関しては勇者の力は必要ないという話ではなかった?」
報告を受けて私はソフィに問い返す。……彼女は歌姫として自国だけでなく他国に渡って活動し、ストレンベルクの外務官としての役割も担っている。誰からも愛される容姿や人柄もあって、その2つの顔を使いこなしているのだ。
ソフィは私の質問に答えるように口を開くと、
「その通りです。ですが……近頃はその加護の力も弱まってきているだけでなく……、幾度か十二魔戦将の襲撃もあったとも聞いております、それも……、未確認ではありますけど、『天使』の十二魔戦将であったかもしれないと……」
「て、天使の十二魔戦将!? 堕天使ではなくて!? そ、そんな話聞いた事は……っ!?」
もし彼女の報告が本当だとしたら……、神に仕えるとされる天使が堕とされる事なく魔王の味方についた、という事だ。天使は神々の代弁者ともされており、その魂が穢れを纏った時、堕天して魔の眷族に加わる。しかし、天使のままで魔王が率いる『十二魔戦将』に選ばれたという事は、今までの法則を無視する何かが起こっているという事でもある。
「先程お伝えした通り、まだ未確認情報です。ヴァナディース共和国側より連絡が入るでしょうけれど、恐らくは……」
「……わかったわ。有難う、ソフィ嬢……。これで報告は以上かしら?」
「あと、もうひとつ……、イーブルシュタイン連合国からも遠くない内に打診が来ると思います。内容は先日ストレンベルクと共同で創出されたというカードゲーム、でしたか? そちらの名目で先方に招待されるかと……」
「招待、ね……。という事はその件だけでなく、別の目論見も……」
私の呟きにソフィも複雑そうな表情を浮かべている。多分、彼女もわかっているのだろう。あの国の、特に許嫁に内定していた王太子は、一筋縄でいく人物ではない。さぞや断りがたい内容を添えて打診してくるであろう招待に、私は今から頭を抱える事になってしまった。
「……あたしも他国に訪問、慰労活動中で正確な判断は出来なかったのだけど、『招待召喚の儀』は無事に執り行われたのよね? だったら、先方に対してもきちんとお伝えすれば解決しないの? ……でも、貴女は勇者様の遠征に帯同しなかったわね。貴女の性格ならば付いてゆきそうなものなのに……。その事と、何か関係があったりするのかしら?」
「今回はイレギュラーの事が起こりすぎて、私も未だに整理しきれていないのだけど……」
ここで私は友人であり、ともにユーディス様の下で師事していた同僚でもあるソフィに、あまりにデリケートな内容の為に、軽々に伝える事も出来なかったと謝罪して、一連の顛末を話してゆく……。
「……そう。やっぱり、あの方が勇者様だったのね……。それで、現在遠征に出ている方は、むしろ『招待召喚の儀』に横槍を入れた咎人であると……」
「ええ……。そうでなくても、あの人は随分と好き放題にやってくれたわ……。貴女の婚約者であるグランが、オリビアを奥様に迎えた件も、あの者が関係しているのよ……」
「グラン様もオリビアも、以前から惹かれ合っていらっしゃったから、ご一緒になられた事については素直に喜ばしい事であるけどね……。一夫多妻はもとより、時として一妻多夫も認められているから、あたしとグラン様が婚約者である事にも変わりはないのだし……。でも、その事と貴女がコウ様と距離を置かれている事とどんな関係があるの?」
彼女とは気の置けない幼馴染という間柄でもある為、このように踏み込んだ質問をしてくれる事に苦笑しながら嬉しくも感じていた。そんなソフィとこうして無事に言葉を交わせる現在の状況に感謝しつつ、彼女の問い掛けに答える。
「……彼は自分のいた世界に帰りたがっているのよ。『招待召喚の儀』が外部より介入されたせいで、通常あるべき意思確認がなされずにファーレルへと召喚されてしまったから……。だから、これ以上彼に傾倒しないように、私は……」
「レイファ……。で、でも、諦められる相手ではないのでしょう!? 『招待召喚の儀』によって召喚する勇者様は……、貴女にとって運命の相手である筈よっ! 『時紡の姫巫女』である貴女が理想とする心を持ち、勇者に相応しい尊き魂を宿した方こそが、彼なのでしょう!?」
……わかっているわよ、ソフィ。貴女が言わんとする事は……。詰め寄るソフィを宥めつつ、私は昨日、両親に言われた事を思い出していた……。
「……お父様。今、何と……?」
「世界の脅威を抑え、全てが終わった時……、降嫁して彼に付いて行っても良いと言ったのだ」
倒れたコウが漸く目覚めたという報告があり、ホッとしている私を見守っていた父から突然そのような提案を受ける。
「……勿論、次代の『時紡の姫巫女』だけは残しておいて貰う必要があるが……、その娘は責任をもって育て上げよう。后と共にな……」
「寂しい思いはさせませんよ。それに……、もう会えないという訳ではありません。魔力の問題はありますが……、既に特定している世界と繋げる事自体は難しいものではないのでしょう? 一時的な帰省というものであれば、魔力の消費もそこまでではないのでしょうし……」
「お父様……。お母様も……」
自分の部屋に王と王妃してではなく、両親として来てくれたお二人。私を気遣ってくれているのだろう、母が私に近付きその手を取りながら、
「掟とはいえ、貴女に負担をかけてしまって……。先日の件といい今日の海賊たちの件といい、もっと私の方でも助けてあげられれば……」
「……勇者様に関する運用に加え、軍を動かす案件に関しても『時紡の姫巫女』である私の責務ですわ、お母様。お父様方の執務に比べれば、私の執務など比べようもありませんし……」
心配する母に笑みを浮かべつつ、そのように答える。本日も人員不足が原因で、結果王城ギルドにまで持ち込まれた緊急依頼を解決した流れの冒険者たちに王自らが感謝を伝えて追加の報酬を贈られたと聞いた。
……誠実な行動には此方も誠意を以て報いる。何時からかストレンベルクの王族に伝えられているそれは、優秀な人材を取りこぼさないと同時にかつて勇者様にしてしまった愚かな行為を戒めるといった意味もあるらしい。聞くところによると、その冒険者たちも王自らが労ってくれた事に感激し、暫くはストレンベルク国内に腰を下ろすとも報告があったところだ。
まだまだ私では両親の足元にも及ばない……。そのように感じつつも、私は父の気になる言葉について真意を問う事にする。
「ですが、お父様……。先程のお言葉は一体……?」
「言葉通りだよ、レイファ。お前は……、よくやっている。今回の度重なるイレギュラーに対し、己を殺しつつ『時紡の姫巫女』としてしっかりと務めているといえよう……。それならば、事が終わったならばお前の望むように生きるのもいいと思ったのだ。親心、と言われればそれまでだが、な……」
この国の王としてではなく、私の父として提案してきた事に私は少し驚きを感じていた。
「お父様、私はストレンベルクの王族として恥ずかしくない様に生きてきたつもりです。そして、『時紡の姫巫女』の責務についても……。そんな私がその責務を放棄するような事など出来る筈もありませんわ!」
「勿論、ワシもそれを願ってはおる。理想としてはコウ殿がストレンベルク……、いや、このファーレルに留まりお前と一緒になってくれれば言う事ないのだがな……。しかし話を聞く限り、彼の意思は固いのだろう?」
そう、ね……。彼はもう、決めてしまっている。あのエルフのお姫様がお供したいと言うのを拒むくらいには……、コウはその断固たる意志力によって意見を左右させる事は無い。だから、私は……!
「レイファ、お前もあまり思いつめすぎるな。王族としての矜持、責任感を持つ事は大事だが、それによって自分の心を押し込めるのも間違っておる」
「……お父様方のお気持ちは頂いておきます。ですが……、私ももう決めているのです。最後まで『時紡の姫巫女』として恥じる事の無きよう努める所存ですわ」
「…………レイファ、貴女……」
悩ましい表情で私を見る母から眼を背けるようにしながら目の前の執務に集中してゆく……。自分の奥底にある想いに蓋をしつつ、私はその事を頭から追いやったのであった……。
「…………ファ! レイファッ!」
「あ……」
……いけない、ソフィと話している最中だったわね。
「もう……、大丈夫なの? ……疲れているんじゃない? レイファ……」
「そう、かもしれないわね……。貴女の前だから、というのもあるかもしれないけど……」
コウの話となると、どうしても冷静でいられない私がいるのはわかっていた。昨日の両親の話といい、ソフィの話といい……、押し込めた想いに干渉してこられると……。
「……貴女は諦められるの? 後悔しない……?」
「それは、わからないわよ……。でも、今は考えないようにしてるの。でないと……」
「……そんな風に思う時点で、ダメじゃない……。さっきフローリア様も仰っていたわよ、何とか彼を引き止めたいって……。レイファは、諦めちゃうの……? あたしは……フローリア様に協力するわ。命の恩人でもあるし、それに……」
僅かに頬を朱に染めながらそのように話すソフィ。普段は抑え隠している筈の、彼女の独特な虹色の瞳に魔法文字が浮かび上がり、私を見据える。消極的な私をもどかしく思っているのだろう、詰め寄ってくるソフィに伝えておくことにする。
「もう知っているかもしれないけれど……、彼の傍に居たエルフの女性は、先日滅亡したメイルフィード公国のお姫様よ」
「! シェリル姫……! やっぱり、そうだったのね……。ご無事でいらっしゃったのは幸いだけど、どうしてコウ様の傍に……」
シェリルについては、我がストレンベルク王国でも『勇者』の事に次いでトップシークレットの案件だ。国外には出せなかった事情もあり、その辺の事も説明すると、
「……そうなんだ。あの深窓の令嬢とも呼ばれて、あまり表舞台に出て来られなかったシェリル姫が……」
「シェリル姫については秘匿しておかないといけない別の理由もあるんだけどね……。そんな訳だから、彼を思い留まらせるのは大変よ? 彼女がコウに付いて行きたいと言うのを拒むくらいだし、ね……」
「うう……、で、でも、何もしないまま諦めたくはないわね……。それにレイファ、この事は貴女にも言える事じゃないかしら? 繰り返すかもしれないけれど、コウ様は『招待召喚の儀』によって選ばれた、貴女にとっての運命の男性の筈よ。本当にこのまま諦めていいの……?」
「……ソフィ、貴女も彼と交流してみたら分かるわ……」
コウがどれほどの思いを抱えているか……。そして、彼がどれだけ元の世界に戻りたいと渇望しているのか……。彼と接していればいる程、その事を思い知らされる。
彼がこの世界に留まるのは、あくまで彼の優しさによるもの……。このまま自分だけが元の世界に帰ってしまうと、シェリルやユイリ達のいるこのファーレルが大変な事になる……。それが分かっているからこそ、私たちを見捨てられないからこそ、この世界に留まっているのだ。
「もしかしたら……、向こうの世界に大事な人がいるのかもしれない。ご両親を始め、既に永遠を誓う相手が……」
「…………レイファ」
流石にソフィもこれ以上言ってくる事は無かった。私の言い分も理解してくれたのだろう。彼に助けられ、思慕の念を抱いたらしいソフはそれでも何か言いたそうにはしていたが、やがて溜息をつき、軽く頭を振ると、
「……わかったわ。確かに、彼の事情については今のあたしにもわからない事だし、別に貴女を困らせようと思っている訳じゃないし、ね……。ただ一つ、友人として言わせて貰えば……、貴女は少し気負い過ぎよ。そのままじゃ体を壊してしまうかもしれないわ」
「フフフ……、平気よ、ソフィ。これからの事を考えれば、今なんてまだまだ無理してる内に入らないわ。それより、貴女の方こそもう少し体を労わりなさいな。海賊から解放されたばかりな事もそうだけど……、それまでも各地を慰労し、歌姫としても活動してきたのだから……」
そう言うとソフィは、報告も終わったしお言葉に甘えるわ、と一礼して部屋を出て行く……。再び一人になった私は苦笑しながら執務の手を休めて席を立ち、ふと窓の外を眺める。
(……心配してくれて有難う、ソフィ……。お父様、お母様も……。それでも、私は……)
夜の庭園を眺めながら、自分を心配してくれる者たちに感謝しつつ、今後の事を考えていった。ソフィの報告の通りなら、ヴァナディース共和国やイーブルシュタイン連合国から何かしらの打診があるだろう……。特にイーブルシュタインに関しては、少し揉めるかもしれない。そうでなくても、救援遠征に向かった先からも御礼状の類の返礼も届くだろうし、先般のカードの件についてイーブルシュタインの他の国からも色々と問い合わせもあるようだった。
「……コウ、貴方は……」
それらの事を頭から一時的に置いておき、先程のソフィとのやり取りを思い出す……。彼女の言う事もわからないでもない。恐らくはソフィが惹かれたであろう、海賊の船長との一騎打ち……。強力な魔法を使う敵を一方的に封じ込めての勝利……。とても剣を握って数週間とは思えない、歴戦の戦士を思わせるその姿は、彼女だけでなく自分も改めて惚れ直したといっても過言ではない。
(もしも……、貴方が伝説の勇者なら……。『招待召喚の儀』を神々から賜った頃より、同時に言い伝えられた伝承……。その勇者が、彼であったならば……)
このファーレルに伝わる伝承……。所々読めない部分はあるものの、断片的に残された聖遺物……。そこに記載された文章、それは……。
『幾星霜の末、世界は大いなる危機に見舞われん……。不測の事態に陥り、姫巫女の存続すらも危うくなりし時、それは現れる……。どうにもならない絶望的な状況を祓い除けて立ち上がりし彼の者は、数多の魂に支えられ直面する脅威を打ち破らん……』
『……時が満ちたり、生きとし生ける者には決して纏えぬ雰囲気を携え、敵を悠然と見据えるその姿は……! この世界に残されし最後の希望、約束された勝利を齎す権化なり……!』
『――最期となる界答者……。神と人とを繋ぐ、世界に応えし者が、ファーレルを元の正常なる神の生まれし世界へと成さしめた時……、勇者召喚の法はその役目を果たし、時紡の姫巫女は責務から解放されん……』
……もしも、ここに記述された通り、コウが界答者へと覚醒し、この世界の脅威そのものを排除したその時は……! 『時紡の姫巫女』の使命を終え、このファーレルの脅威を排する事が出来たその時は……! 父と母の言う通り、彼についていき――……!
「……やめましょう、もしもの話を考えるのは……。今はせめて、彼の事を……」
顔を振り、考えても詮無き事として思考を打ち切るも、それを完全に頭から切り離す事は出来なかった。……もう、離れたくないと感じるくらいには彼を思慕してしまっている。まるで、自分の半身を追い求めてしまうかのように……。
私は目を瞑り両手を握り締め、自分の信じる神に祈りを捧げる……。彼と出会わせてくれた事に対して……。そして……願わくば彼と一緒にいたいという淡い想いを込めて……。
深夜、時折虫の音が響くものの、静寂な王城の一室の下で、私は祈りを捧げ続けるのであった……。
第一部 巻き込まれた異世界転移 完
「まさか、こんな事になるとは、な……」
自分の身体の事だ、自分が一番よくわかっている……。そう思っていた自分の予想を覆す切欠となったのは、息子が残したという薬瓶。何やら読めない文字で書かれたそれは、自分の体に巣食う病巣を全て取り除き、死を待つ状態であった自分を復帰させてしまう奇跡を齎した。
「医者も驚いていたな。もう手の施しようがないと匙を投げていた状態から回復したのだから当然と言えば当然だが……」
何より、一番驚いているのは自分自身だ。もう駄目だ、そのように確信していたからこそ、息子に事実を告げたというのに……。
「お父さん! また、こんなところに出歩いて……!」
そう言って自分を呼びに来たであろう義理の娘を見据える。麻衣……、身寄りの無くなった友人の娘……。それを引き取って、自分達の養女に迎えてもうどれくらいになるのか……。今では本当の家族のように溶け込んでくれている娘は、自分に詰め寄ってくると、
「もう! お父さんはまだ病み上がりなのよ! きちんと養生していないと駄目じゃないっ!」
「……ああ、すまないな、麻衣」
回復し、医者より家内たちに自分の病状を伝えられ、それを黙っていた事を怒られただけでなく、自分を回復させた薬を齎したのが息子であり、その息子が現在行方不明である事、それもこの世界にはいない等といった事を伝えられた。
当然、異世界云々という話は俄かに信じられない事ではあったが……、自分を回復させた薬といい、他にも置いていったという未知の金属やら、原産がわからない金塊等の類といい、それを事実を裏付けるようなものが見つかっている事からも、あながち偽りや妄想だと決めつける事は出来ない。
息子は仕事先でも取り敢えず休職扱いという事になった。日頃の勤務状況から、無断で休むような事もなく、真面目に勤務していたという。ただ最近は業務過多になりがちだった事もあり、上司と名乗る者がやって来て謝罪とともに、彼が戻ってきたら何時でも仕事に復帰できるように話していったのだ。
しかし、それについては息子より伝言も預かっていたようで、もしも自分が1ヶ月経っても戻らないようならば、退職扱いにして欲しいと残してもいた。戻って来れるようならば1ヶ月以内には戻る……。そうでなければ、不測の事態により戻れなくなったという事だから、その時は……と。半ば遺書のようなものでもあり、家族は息子が戻ってくるのを信じ、待っている状況だ。
「お母さんも心配してるのよ! お兄ちゃんがいなくなって……、それで、もしもお父さんもって事になったらと……」
「……すまないな。俺はもう大丈夫だ。病も消えた今、俺は何処にも行かないよ」
その言葉を聞いて、ホッとしたような表情をする麻衣に心を痛める。自分は……息子に謝らなければならない。
「さあ、もう戻ろう? お母さんも心配してるし、身体に障ってもいけないから……」
「ああ、わかったよ……」
娘にそう促される最中、誰にも聞かれる事がないような小声で誰とはなしに呼び掛ける。
「……いつでもいい、ちゃんと帰ってこい。謝りたい事も含め、皆お前を待っている……。我々家族だけではない、お前を心配する全ての人たちも……」
独り言のようにそう呟くと、自分に呼び掛ける麻衣に従い、家内たちの下へと戻っていくのだった……。
――ストレンベルク城下町にて――
「しかし……、噂には聞いていたけど、ストレンベルクは本当に居心地がいいな。活気もあるし、飯も美味いし……! それに何より……」
「ああ、まさかこの国の王自らがアタイ達にお礼をしてくるなんてね……! あんまり報酬は期待してなかったけど、これには驚いたよ!」
「まさかの臨時収入だ。やっぱり、ここは王城ギルドによって上手く纏められてるんだな。他の国とは違うぜ」
昨日、このストレンベルク王国のある村にて、村長の娘が盗賊に攫われ、その救出を願う依頼が受注された。その村を治める領主である騎士も遠征に加わって不在であり、同時に起こった海賊による歌姫の拉致による影響で、さらに人手が駆り出され、冒険者ギルドに依頼するほかなかったのだ。
依頼の報酬としては普通だが、盗賊の戦力がいまいち把握できない為、冒険者ギルドにおいてもそれなりの依頼難度を付けるしかなく、しかもある程度は王城守護に駆り出されてもいる。さらに、状況としては放置できる話でもなかった為に、緊急性も求められていた。
そこで、冒険者ギルド『天啓の導き』は、王国内の冒険者ギルドだけでなく、王城ギルドを通じて近隣の諸外国にも緊急依頼といった形で流す事にした。それによって、ストレンベルクとイーブルシュタインの国境にいた自分たちが、その依頼を受ける事にしたのである。
盗賊の討伐は思ったよりも簡単だった。そんなに大規模といった風でもなく、大した力を持った盗賊も居なかった。自称元貴族で冒険者だと名乗ったボスもあっけなくお縄につく事になり、それによって村長の娘も無事に救出する事が出来た。同じく元冒険者と称する副団長に手を出されそうになっていた事からも、結構危ういところだったのかもしれない。
村長や娘からは感謝され、村全体でもてなしを受けていたところに、王城ギルドからも礼状がきたのだ。それに従って王宮に向かうとまさかの王様から直接謝礼まで頂いてしまった。こんな事、少なくとも先程までいたイーブルシュタインでは考えられない。
「どうだい? 懐も潤ったし、暫くこの国に滞在するというのは?」
この冒険者の団体でリーダーを務める優男風の男がそう言うと、
「いいんじゃないかい? 飯も酒も美味いし言う事ないしねぇ……。アタイは賛成だよ」
リーダーの言葉にすぐ賛同したのは、露出の高いビキニアーマーを着用した女戦士だ。そして、残り2人の男もそれに続く。
「ああ、何より昨日の可愛い村長の娘が俺に熱い想いを抱いているみたいだったしな。離れるのは勿体ねえよ」
「ちょっと待て!? 何言ってんだ、あの子、明らかにオレの方を見てたろ!? テメエの目は節穴か!?」
「はぁ!? 何だとてめえ、もう一度言ってみろ! 節穴なのはお前だろうが!!」
「……2人とも、落ち着け。まあ、この国に滞在する事には異論はないという事かな? あとは……」
呆れた様子で2人を窘めながら、リーダーの男はここにいないもう一人を探すと、
「ま、待って下さい~~っ!」
ちょうどそんな声が響き、この団体の最後の一人であり、荷物持ち兼雑用係を務める女の子で……、唯一ヒューマンではない獣人族である女性が息を切らせながらやって来ると、
「相変わらずどんくさいねぇ……。何時も言ってんだろ? 遅れるようなら置いていくと。全く……、アンタ、俊敏で知られる兎耳族なんだろ? なのに、どうしてそうどんくさいんだい!?」
「ピッ!? ご、ごめんなさい~~!!」
「まあまあ抑えて……。僕たち、暫くはここに落ち着く事にするから……。君もそのつもりでいてね?」
「は、はい~~、わかりましたぁ~~……」
ビクビクしながらも暫くはゆっくりできる事に安堵している様子の兎耳族の少女。
「はぁ……、アンタも甘いねえ。ま、別にいいけどね、アタイはさ」
「おどおどした様子が可愛いよなぁ……。せめて後2、3年したら色々慰めてやれるんだが……」
「正気かお前!? 3年でもアウトだろ!? せめて5年……てか、薄々思っていたが、テメエとは一度決着をつける必要があんなぁ……!」
「……勝手にしてくれ。じゃあ暫くはここで滞在する事にしよう。各々で過ごし、連絡は通信魔法で行う事……、それじゃあ解散!」
異議なーしと答える面々。こうしてストレンベルク王国に滞在する冒険者が一組、増える事となった……。
「……へえ、自力で事を治めたんだ。流石はレイファニー……、いや、流石はストレンベルクといったところかな?」
報告を聞いて、思わずそう感想を述べる。その侍従を下がらせて一人になると、傍にあった上質なワインを手に取り、グラスをそっと傾けた。
「勇者不在の中で起こった大公令嬢誘拐事件……。残された戦力でよく魔族たちを退けたものだ……。それでこそ、僕の花嫁に相応しい……!」
彼女の元婚約者として……、いや、未来の彼女の夫として……。危機を乗り越えたストレンベルクに賛辞を贈らずにはいられなかった。イーブルシュタイン連合国の皇太子、アーキラ・リンド・イーブルシュタインはそう言って傍らの静止スフィアに描かれたレイファニー王女の絵を見る。
魔族が何やら襲撃を仕掛ける様子だという情報が入った時、本来ならば真っ先に駆け付けようと思っていた。しかし、状況を利用すればストレンベルクはイーブルシュタインに頭が上がらなくなる。そうすればレイファニーの事然り、色々と条件を呑んで貰いやすくなる……。
幸いにして、我が国には飛行魔力艇がある。救援に関しても、何処よりも速く向かう事が出来るのだ。だからストレンベルクより打診が来るのを待ってから行動しようと思っていたというのに……、まさか自国内で治めてしまうとは……。
「……彼の国の英雄、グラン・アレクシアか? はたまた勇者の血筋を継いでいるという、ガーディアス・アコン・ヒガンかな? まぁ、いずれにしても……」
彼女は、レイファニーは僕のものだ……! 誰にも渡さない……、勇者にも、魔族にも……!
思惑が外れたが、ストレンベルクがイーブルシュタインの助力を得たいのは間違いない。だからこそ、あと少しで彼女の許嫁にほぼ内定していたのだ。……勇者さえ召喚されなければ……!
とはいうものの……、本来ならば勇者に従属する筈の時紡の姫巫女たる彼女が、何故か遠征に追従しなかったりと不明瞭な点もある。通常ならば勇者と一緒になるという話だが、これならば自分にも付け入る隙があるのかもしれない……。
……そうとも、レイファニーは僕の妻になるべき人なんだ……! 誰にも渡すものか……!
そうと決まれば早速ストレンベルクへ打診する事にする。表向きは此度の遠征成功と歌姫救出の慰労。そして、飛行魔力艇の進呈をチラつかせる……。彼の国が主導となって展開しているカードの召喚技術に割り込み、あわよくばレイファニーとの婚約も確約させ、時紡の姫巫女に高貴なるイーブルシュタインの血も取り入れさせる……!
そうなれば、議員連盟に押されつつある王政の権力を確固たるものにさせると同時に、永いストレンベルクの歴史の中でも美女と名高いレイファニーを娶り、初夜で彼女を存分に……っ!
「おっと、それはまだ気が早いな……。女には不自由していないし、焦る必要もない……。欲しいものは必ず手に入れる。それが例え何であっても……例外はない……!」
ククッとほくそ笑みながら、僕は件の手紙をしたためていった……。
「ふむ……、件の海賊共は全滅……。部下も皆、奴らに拘束された、か……」
「は、はい……、如何なさいましょう、ファンディーク様……」
そう報告してきた部下が恐々と自分を伺いながら話す。
「こうなる事は想定の範囲内さ。尤も、まさか王女が海賊との交渉に直接赴くとは思わなかったし、些か読み違えた事はあったけどね」
「そ、そうなのですか?」
直接、自分が王都に襲撃をかけずに部下に任せた時点でこうなるような気もしていた。だから、その点に関しては気にしていない。
「ああ……、彼らについては放置していていいよ。例の処置は施してあるし……、まぁ、話が漏れたところで大した事は伝えてないしね。……じゃ、君ももう用済みかな?」
「は!? ギャアアッ!!」
報告の為と称して逃げかえってきた部下が炎に包まれる。その場で苦しむように藻掻いていたが……、やがて肉体が崩れ落ち、灰のみが残った。それを見届けたところで、今の情報を整理してゆく。
(勇者の力は私の想定以上ではあったが……、その代わりに面白い事もわかった。もしかしたら、此度こそ我が悲願を達成できる時かもしれない……!)
あれから、部下を嗾けつつ勇者を観察したところ、ある事実がわかった。それならば如何に強大な力を有していたとしても、恐れるに足りない。もう一押し試してみるつもりではあるが……、まず間違いないだろう。
「……ならば、他の十二魔戦将たちにも呼び掛けるか……。まあ曲者揃いな奴らの事、私の呼び掛けに素直に従う連中ではないが……」
それでも、魔王様に有益な事となったら無視も出来ないだろう。特に、何処かいけ好かないあの『氷雪の魔女』あたりであれば尚の事……。そう思いながら私はある一点を見つめる。永久氷に包まれ、かつての姿をそのままに残す、先代勇者の妻にして王国史上一番の美姫と名高かった元時紡の姫巫女の姿がそこにあった……。
「今の時紡の姫巫女、レイファニー王女は君の面影も残す美女らしいよ? 魔王様も目覚められ、力を取り戻した私に恐れるものなど何もない。無事にこの場に連れ去って来れたら、君の前で彼女を可愛がってあげるよ。おっと、それだと君が嫉妬するかもしれないから、封印を解いて一緒に愛でるというのも面白いかな?」
氷の中に封じられている女性を前に、魔族の笑い声が轟く……。どこか悲し気な女性の表情を気にすることもなく……、誰も近づかない部屋にその笑い声が止む事もなく響くのだった……。
魔王が治めるという魔族領ロウファーライン……。そこからさらに南に下ると、閉ざされて人の記憶から忘れられた大陸に辿り着く。そこは永久に溶けない氷に覆われ、とても人が住めない場所にあり……、魔族でさえも滅多に近づく者はいない。その極寒の環境に耐えうる魔物や動物たちが僅かに住み着いている……、そんな場所に敢えて居を構える者がいた。
「……エルシオーネ様? どうかなさいました?」
純白の羽根を纏い、何処か神秘的な雰囲気を纏わせる女性が窺うように私に話しかけてくる。
「……別にどうもしないわ。気にしないで、リーヴェル……」
「そうですか? ここ最近、心ここにあらずと申しますか……、あまり元気がないように思われましたもので……」
宜しければ癒しの魔法を掛けましょうかとまで言われ、丁重に断ると、
「大体、どうして貴女はワタシに敬語を使うのよ? 立場はワタシと変わらないし、そもそもの話をすれば、貴女は神に仕える天使でもあったのでしょう?」
「それでも、エルシオーネ様が私にとって恩人に違いないからです。私がこうしてエルシオーネ様と同じ『十二魔戦将』の一将魔となったのは、貴女様がいらっしゃったからなのですよ? そんなエルシオーネ様に普通に話しかけるなど……考えられません」
そう言って私に頭を下げる彼女には苦笑するしかない。……私が彼女にした事など、本当に些細な事なのだ。そんな事に、天使という高尚な存在が私に対して過剰な忠誠を捧げ、魔王様直属の『十二魔戦将』にまでその姿のままなってしまった事に、正直驚きを隠し得なかった。
しかも、彼女は魔王様というよりも、私に対しまるで部下のように接してくる。……ただのヒューマンから『十二魔戦将』になった私に、だ……。
「……もういいわ。どうせ、言い聞かせたところで直してくれない事はわかってるし……。でも、本当に何でもないのよ。可笑しなところなんて、何もないわ」
「私はずっと貴女様の事を見続けてきたからわかります……。そうですね、先般彼の国において『勇者召喚』が為されたであろう頃より、エルシオーネ様のご様子が何処か変わったような気がしております」
『勇者召喚』……。リーヴェルの口からその言葉が出てきた時、私は無意識に反応してしまう。
「……やはり。此度の『勇者召喚』に何か思われる事でもあるのですか?」
「……『勇者召喚』は我らが主、魔王様に仇なす者が新たに呼ばれる忌まわしい秘術。それはワタシにだって思うところくらいはあるわよ」
「そうかな? それにしては、前に行われた『勇者召喚』に比べて、異様に気にしているようだが?」
「っ!? 魔王様!?」
突如、思わぬ人の声がしたかと思うと、その方向より影が集まり……、一つの人影を作り出す……。その方は、私たちの主でもある……。
「これはまた急なご来訪ですね、魔王様。エルシオーネ様も驚いておられます。どうか次にお越し頂く時は表から参られるよう、前回もお願いした筈でしたが……」
「リ、リーヴェル……ッ! 貴女、魔王様に対してその口の利き方は……っ!」
「良い、エルシオーネ。余が許しておるのだ。でなければ、天使の姿のままで我が十二魔戦将の一将魔にする事など、許す筈もない」
「は、はい……! 魔王様がお許しになられているのならばっ……」
敬意は示しているものの平然としているリーヴェルを尻目に、彼女の分もこうして頭を下げる。彼女の私に対する忠誠と同じように、私も魔王様に対して抱く忠誠、忠節がある。此方の世界でもただ死を待つだけであった私を救って下さったのは、他ならぬ魔王様なのだ。
「……お前の気にしている者に会ってきた」
「あ……」
魔王様のお言葉に、一瞬頭が真っ白になる。それはつまり……、彼と……。
……私がこの世界に生を受け、いつから前世の記憶に目覚めたのかは覚えていない。ヒューマン族として死にそうになった時なのか、それとも魔王様に見出されてヒューマン族として初めての十二魔戦将に選ばれた時だったか……。はたまた、『氷雪の魔女』と呼ばれるようになって人々に恐れられるようになった時か……、いずれにせよ、今の私には前世において死ぬ時までの記憶があった。
『しおりちゃんっ!』
……もうすぐ訪れる死の前に拒絶した幼馴染の彼の泣きそうな顔が浮かぶ。出来れば最期の時くらい、彼の顔を見ていたかった自分を押し殺し、突き放した時に見た彼の表情……。それが、まるでついこの間の事のように思い起こされる……。時間にしてもう何百年も経過した筈であるというのに……。
「なかなか面白そうな者であったぞ? 一見すると戦士と見えず、勇者として呼ばれた者とは思えなかったが……、何か感じるところもあった。もしや、今までのファーレルに変革をもたらす可能性があるとも言える……」
「……魔王様、まだ完全に復活なされていない今のそのお身体で、仮にも勇者として呼ばれた者と無造作に接触を図るなど……、何を考えていらっしゃるのです……!」
私は感情を押し殺して、魔王様にそう告げる。自身の氷の魔法により、感情すらも凍らせて魔王様に申し上げると、
「癖のある『十二魔戦将』の中でも、余に真っ直ぐな忠誠を誓う可愛い部下の心情を慮ったつもりだったのだがな、エルシオーネ。余計な世話であったか?」
「私の心配など無用です。全ては魔王ジン様の為に……! それを僅かな可能性とはいえ、排斥されるかもしれない勇者の下に赴いてどうするのですか! 貴方様に倒れられたら……ワタシは……!」
氷の仮面から漏れ出してしまいそうになる感情を必死に押し隠して魔王様に詰め寄る。そんな私の様子に驚いているようだった魔王様だが、やがて苦笑し私の頭を撫でると、
「……本当に余計な世話だったな。許せ、エルシオーネ……。汝のそのような顔が見たかった訳では無いのだ。あの者が本物の勇者へと覚醒したのならば、いずれ相まみえる事もあるだろうが……、汝の言葉通り、軽率な行動は控えるとしよう……」
「…………是非、そうして下さい」
私の言葉に了承を伝えながら、来られた時と同様にこの場から煙のように消え失せてしまう。我が主でありながら……、何処か捉えようの無い所があるのは初めて出会った時から変わる事がない。古よりずっと魔王として降臨されてきた方である事から、不覚を取る事など万に一つも有り得ないだろうが……、それでもヤキモキさせられてしまう。
「エルシオーネ様……」
「……リーヴェル、少しでいいから一人にさせて貰えないかしら? 本当に、一時だけでいいから……」
「……貴女様を困らせるのは私の本意ではありません。畏まりました。ですが……、何かありましたらすぐに私を呼んで下さい……」
そう言ってリーヴェルは私に恭しく一礼すると、心配そうにしながらもそっと部屋を出て行き私一人だけとなる……。
「……どうして、選りによって勇者として、貴方が現れるのよ……、『コウ君』……」
かつての幼馴染に向けたその声は、誰もいない部屋中に響き渡り……、やがてやるせない思いと共に消えていった……。
「駄目ですっ! 此方も突破されましたっ!」
「そんなっ! どうしてここが……っ! それも、たった一人を相手に我々がここまで……っ!」
教国ファレルム総本山のある領域、とある施設内において……。総本山の張った『結界』に侵入し、次々と壊滅させられていく現状に信じられない思いで部下の報告を聞いていた。
「密かに研究していた『疑似勇者召喚』を何処から嗅ぎ付けたのかはしらぬが……、一番の問題は彼らであっても全く歯が立たないという事だ……! 計算上では対抗できるのではなかったのか!? 例え、あの『十二魔戦将』であったとしても……っ!」
「しかし、これが現実ですっ! 既に大半の聖騎士や疑似勇者達も打ち破られ、この場所までやって来るのも時間の問題ですっ! 早く研究の成果を纏めて脱出をっ!」
「…………もう遅い」
「っ!?」
その声に入り口を振り返ると、竜人族……、この施設に攻め込んできた十二魔戦将の一将魔である男が一人立っていた……。傍らには阻もうとしたのであろう聖騎士や疑似勇者達が倒れ伏している。……どう考えても絶望的な状況だった。
「……仮にも我々を打倒する為の『疑似勇者召喚』とやら……。どれ程のものなのかと期待してやって来たが……とんだ期待外れだった。憑依させた者が貧弱だったからかは知らんが、こんなもの退屈しのぎにもならん……。本当に詰まらぬ相手だった。存在する価値もない」
ここで纏めて消え失せよ、そう宣言すると目の前の十二魔戦将が無造作に構える。……恐らくは自分の持つ能力、『最期の刻』によって伝わる事となるだろうが……、例え死ぬとしてもむざむざと敵に討たれる謂れはない。
せめてもの抵抗を……、とその場にいた聖騎士と共に構えたものの、
「…………『無限・斬鉄剣』」
「なっ……!」
「ば、馬鹿な……っ!」
閃光が煌めいたかと思うと、まさに一瞬の出来事……。最後に見たのは自分の身体がまるで別なものであるかの如く、四散させられてしまったような感覚……。次第に薄れゆく意識の中で自分に出来る唯一の事は、詫びる事しか出来なかった……。
(教皇様……お許し、下さい……。そしてどうか、彼の国、ストレンベルク王国に、お伝えを……。我々が研究していた『疑似勇者召喚』は……、歯が立たないばかりか、敵によって壊滅、させられ――…………)
「ストレンベルクの王宮に……?」
「ええ、未確認情報ですので何とも言えませんが……。ま、十中八九間違いないでしょう……」
同じ十二魔戦将の一将魔に連ねる禍々しい翼を纏った男が淡々と告げてくるのを見て、全身の血が沸騰するかのような錯覚に襲われる。
(シェリル……! アタシが作り上げた状況から……、性奴隷という名の生き地獄から逃れたというの……!?)
あの日……、忌まわしきメイルフィード公国を攻め落とし、計画通りにあの子が奴隷商人に捕えられた事については報告を受けていた。恐らく『認識阻害魔法』を掛けられていたのだろうが、如何にも高貴な身分だと思われる女のエルフを捕らえ、それが天文学的な値段で落札されたという事で、さぞかし好き者の金持ちにでも買われたのだろうと思い、少しは自分の気分が晴れていたというのに……!
「それで、シェリルは……!?」
「……どうもこうもないですよ。普通に王城に詰めているんなら、既に奴隷という事はないんじゃないですか? 先程も言いましたけど、これはある伝手から入手した未確認情報です。後は自分で確認して下さいよ」
面倒くさそうにそう話す、目の前の堕天使という存在に、一層イライラしながらも、シェリルの事を考える……。
元はメイルフィード公国で幼馴染のような存在であった彼女。ダークエルフ族である私も、公国の貴族としてそれなりの地位にいた為に、シェリルと接する機会は多かった。現在のようにエルフ族と袂を分かった訳でもなく、当時はまるで姉妹のように仲が良かったのだ。
……あの事件が起こるまでは……!
(……といっても、直接シェリルに何かされたといった訳では無いけれど……)
それでも、私が受けた屈辱と同じだけのものを味わって貰わないと、とても気が済まない。むしろ、あれだけ仲が良かったのなら、シェリルにだって同じ思いをして貰わないと不公平だ……!
「……彼女の処遇については、一応貴女の顔を立てましたが……、わかってますよね? 彼女は、『伝承の系統者』は、何としても我々の手中に納める必要があるのですよ?」
「…………わかっているわよ、そんな事は」
吐き捨てるようにそう言う私にあからさまな溜息をつきながら、堕天使の十二魔戦将であるエクスロッドが忠告するように、
「アーシュ、わかっていますね? 彼女が処女かどうかなんて、私にとってはどうでもいい事です。今更エルフの処女を奪う事で得られるモノに興味もありません。だから、貴女の復讐にも協力しました。だから次は……、貴女が私に協力する番です」
「……わかってるって言ってるでしょ!? もう、出て行きなさいよっ! 用件は済んだんでしょうが!」
「全く……、貴女を救ってあげた私にそんな口を利くのですから……。だから、貴女ではなく、彼女が選ばれたんじゃないんですか? まあいいでしょう。貴女の口の利き方が直るとも思っていませんし。むしろ、私は貴女を心配して差し上げているというのにねえ……」
「先輩面してるつもり? アンタはアタシを救う切欠を与えただけ……。本当にアタシを救ってくれたのは魔王様よっ! いいからさっさと出て行って!! これ以上、アタシをイライラさせるつもりなら……、こちらにも考えがあるわよ……!」
そこまで言うと、漸くエクスロッドはやれやれと言わんばかりに部屋を出て行く……。姿が見えなくなったところで、思いっきり扉に手元にあった魔導書を投げつけていた。
(……シェリル、アンタにも味わって貰うわ……! アタシが味わった屈辱……。絶望……。そして、諦念を……! 人形のように服従するようになったら……、男に汚されつくされたアンタを、アタシが飼ってあげる……! そうする事で、漸くアタシはあの男への復讐を完結させる事が出来るのよ……!)
暗い笑みをたたえながら、私はシェリルの面影を思い浮かべ……、そこに向けて魔法を放つ。轟音が鳴り響くその中で、私はその情報の裏を取るべく精霊を召喚するのであった……。
……こうして複雑なそれぞれの感情が混ざり合い、やがて主人公を巻き込んでいく事になる……。
第2部は来年1月、若しくは2月には掲載する予定です。
ただ、この続きから書き始めるか、新しく投稿し始めるかは思案中です。
決まりましたら、活動報告にてお知らせ致します。
今後とも何卒宜しくお願い致します。




