第46話:決着
大変お待たせ致しました。
第46話、投稿致します。
次の話で第一部完結となります。
「……やめだ」
「……? どういう事です? やめ、というのは……?」
王女殿下が主導となって行われていた人質交換だったが……、突如窓口となっていた海賊がポツリとそう漏らし……、
「やめだと言ったんだよ、王女様。……まどろっこしい事をせず、アンタごとお宝も頂いちまえば済む話だ。……大人しく、俺達に付いて来て貰おうか、王女様? 歌姫さんが心配ならな……」
「これはまた、なんとご無体な……。今まで行ってきた約束事を違えると仰るのですか……?」
順調に人質となっていた者たちの引き渡しが行われた矢先、全てを御破算にするかのような話しように思わず絶句するも、
「……コウ殿が言っていた通りの展開になってきたで御座るな」
「ああ……、って事は少なくともソフィ様の下には辿り着いたって事だ」
一緒に経緯を見守っていた同僚、ぺ・ルッツがそっと話しかけてくる。俺と同じく百人隊長として昇進し、王女殿下の護衛部隊員に抜擢されてここにいる以上、密かに戦闘態勢を整えながら、コウが話していた事を思い出す……。
『もし、海賊が交渉を打ち切って強引に事を進めようとしてきた時……、その時は無事にソフィさんを救出できたか、少なくとも彼女に接触できたと判断して貰っていいと思います』
ユイリさんからの連絡も入らず、状況がわからなくなる可能性をあげて、コウが緊急会合の場でそう伝えていたのだ。一番こちらにとって不味いのは、ソフィさんに剣を突き付けられていたりと予断を許さない状況になる事であって、それを見せられないのに強引な手段を用いてきたというのはそういう事です、と冷静に話していたコウに俺は目を見張ったが……、なるほど、本当に話していた通りの展開となってしまった。
まるで未来を見通していたかのような物言い……。ストレンベルクを問わず、歌姫として誰からも愛される令嬢を不埒な状況におき、大なり小なり皆が怒りで熱くなるっている最中に、コウは一人、冷静に自分の考えを話していた。
(……あくまで可能性と銘を打っていたが、コウのその判断には自信があるようだった。以前に『獅子の黎明』の団長として、決断力に富んでいたレンのように……。いくら意見を求められたって前振りがあっても、あそこまで言い切れるもんなのか……? あれが、魔法や能力などが無かった世界から来た者特有の判断力というやつなのか……?)
少なくとも、コウに未来を知る魔法が使えるとは聞いていないし、『占術士』や『占い師』、予知が出来る『超能力者』でもないと聞いてはいる。しかしアイツの決断は、まるで未来を知っているかのような印象を受けたのだ。そして、そう感じたのは決して俺だけではないだろう。
「そもそも……、占術士だって知りたい事を確実にわかる訳じゃねえ。まして、冷静さを欠いていたら、結果は言うまでもねえしな」
「……ヒョウ? 何を考えておるんじゃ? おっと、ここでは百人隊長殿と言った方がいいかの?」
そんな時、名目上は俺の部下となっているドワーフ族のハリードがやって来る。どうやらポルナーレの奴もいて、かつての冒険者の時のメンバーが揃ったようであった。
「……なんでもねえよ。それよりお前らも戦闘の準備をしとけ。敵さん、随分殺気立ってきてるからよ」
「まぁ、私たちの出番があるかはわかりませんけどね……。特に飛翔部隊の方々はこうなるとわかって、備えていたようですから……」
ポルナーレの言葉に、俺はあの飛翔部隊の隊長でもある、あのグラン殿に目を遣ると、既に臨戦態勢に入っていた。
「ヒャッハーッ! 全てを奪い尽くせーっ!!」
「俺たちゃ泣く子も黙る海賊だーっ!! 人質を殺されたくなかったら……えっ!?」
まだ引き渡しの完了していなかった者たちを再び人質にしようとしていた海賊だったが……、好き放題する前にその肝心の人質がいなくなっている事に気付いたようだ……。そう……、人質にしようとしていた者達は今……、
「……君はソフィ嬢に仕えていた直属の侍女だったね。大丈夫かい?」
「え……あ、ああ……、グラン、様……!」
……海賊共が約束を守らないであろう事はわかっていた。コウが予測していた……という事もあるが、それ以前に向こうがソフィ嬢を解放する気がないのは、あの『映像再生魔法』を見てみればわかる。例えこちらが本当に王女殿下との引き渡しに応じたとしても……、奴らは嬉々として引き渡しを破棄し、王女殿下もろとも略奪していったに違いない……。
「な……!? 一体いつの間に……!?」
「お、おい……! 気付けば金貨や財宝なんかも無くなってんぞ!?」
「……君たちが約束を破らなければ、渡してしまっても良かったけどね。まぁ、そうなる事はわかっていたよ……。その我々が、何も対策せずにこの場に臨んでいるとでも思っていたのかい……?」
恐らくは、グラン殿が何らかの能力を使ったのだろう。グラン殿が抱き上げていた彼女を下ろし、保護するよう部下に促すと、狼狽する海賊たちに向き直る。
「き、貴様ら……! 汚えぞっ、俺達を最初から騙すつもりだったな!?」
「……どの口が言うんだか。最初からソフィを返すつもりもなかった君達に言われる筋合いはないよ。だから、こちらも相応の姿勢で臨んだのさ」
次々と戦闘態勢をとっていくグラン殿率いる飛翔部隊と付随する騎士たちに加わるべく、俺もハリード達とその場に向かう……。
「こ、こちらにはまだ歌姫がいる……! その歌姫がどうなってもいいというのか……!?」
「……ここに彼女がいない事も当然わかっている。居るというのなら、どうしてソフィ嬢の今の状況を映さないんだ? 彼女に刃を突き付けられていたら、それだけで僕たちは手が出せなくなるかもしれないというのに……。ソフィ嬢を人質にして、護衛の騎士たちを殺害していった時のように……」
グラン殿はそう言うと、今まで隠していた殺気がその身から溢れはじめた。まだ距離もある俺たちにも届く、英雄と称えられる男のそんな殺気に晒されて、海賊共はさらに委縮したようだった。
「……表立って表明している訳ではないから、君達は知らないだろうけど……、ソフィ嬢は僕の婚約者でね……。同じ大公家という身分もあって、親同士が決めたものだったが、幼少時から交流は続けていた……」
「な、何だ!? 一体何の話をしている!?」
「……だから彼女の護衛に就いた騎士の内……、幾人かはアレクシア家から派遣している騎士もいた……。将来、僕の花嫁となるかもしれない彼女を守るべく、派遣された者たちがね……。お前たちの非道は『最期の刻』にて既にわかっていたけど……、それを送った騎士は僕が信頼していた者だ……。わかるかい? 僕にはお前たちに復讐する理由があるという事を……!」
……これは、俺達の出番はなさそうだな。レンよりも強いであろう、あの彼をここまで怒らせたのだ。例え彼一人だけであっても、この場を抑えられるに違いない。海賊共もそれがわかっているのであろうが……、降伏を申し出るタイミングも失われ、ただ虚勢を張り続けるしかないようだった。
「私情で事を起こす立場にはないが、覚悟はいいか……? せめて祈るんだね……この怒りを受けて、それでも生命が残っている事を……!」
(終わったな……。俺たちの出番も、なさそうだ……)
グラン殿のその言葉と共に、俺達はこの場の海賊たちが彼によって制圧される事を確信する。そして、その考えは数分後現実のものとなるのであった……。
激しい剣戟の音が鳴り響く。流れるように斬りつけてくる敵の剣閃を弾くたびに、甲高い音と閃光が瞬いた。
(……速い。それに滑らかだ……。まだ、シェリルが掛けてくれていた『全体加速魔法』などの補助魔法が残ってて、『重力魔法』も解除してるから、剣の軌道を追えてはいるけれど……)
そうでなければ、こうも敵の攻撃は受け止められなかったかもしれない。そう考えている間にも鋭い剣閃が自分を捉えようと様々な角度から飛び込んでくる。
「……思ったよりもやるようだな。ならば、これならどうだ?」
海賊の船長、ジェイクと名乗った男はそう言うと、三日月刀を真横に斬り払ってきた。
「そんなもの……!? クッ……!」
その剣閃を紙一重で躱した僕を、鉤爪の一撃が掠める。どうやら剣での攻撃が囮で、こちらの方が本命だったようだ。その攻撃が僕を傷付けたのを確認し、ジェイクはバックステップで自分から離れる。
≪『猛毒』の状態異常を感知しました。直ちに解除します≫
一瞬、能力、『自然体』よりそんな項目が現れ……、やがて消える。……どうやら敵の鉤爪には毒が仕込んであったらしい。
「これには致死性の毒が塗ってある。これで貴様は終わりだ」
「……」
ジェイクはまだ僕が毒に侵されたと思っているみたいだった。僕は敵が油断している隙に小声で『重力魔法』を唱え始める……。これが決まれば、かなり優勢に立ち回れる筈……。そう思って言霊を詠唱していたのだったが……、
「……広大なる大地よ、我が言霊を聞き届け給え、此の地に宿りし引き合う力……!?」
魔法が……発動する気配がない!? 先程までは言霊と魔力素粒子が噛み合わず、魔法が使いにくいという状況だったのだが……、今じゃ使う事すら出来なくなってしまっていた。魔力素粒子が全く反応する気配がないのだ。そんな僕の様子を見ていた敵は、
「……何故か貴様には毒が通じていないようだな。そもそも……、貴様が落ちた部屋には暫く動けなくなる程の麻痺成分のガスが充満していた筈なんだが……、それも効いていないようだ。それらに掛からない魔道具でも装備しているのかはしらんが……」
僕が状態異常に罹っていないのを知り、そう呟くと続けて、
「魔法を唱えようとしているようだが……、無駄だぜ? この部屋ではあらゆる魔法の発動を阻害する構築がなされている……。アジト全体にも掛けてはいるが……、この部屋は特別なのさ。高かったんだぜ……? お陰で魔法のみを封じるものしか施す事ができなかったが……」
「……そんなものが」
海賊の言葉に衝撃を受けていると、隙を伺っていたユイリが補足してくれる。
「……魔族の技術よ。隣国でも再現に成功したと言われているけど……、そこでは禁じられた行為が一切できなくなるとされているわ。まさか一介の海賊団がそんな技術を施しているなんてね……。尤も、ここも疑似ダンジョンコアによって半迷宮化しているようだし、大方魔族と手を結んだという事なんでしょうけど……」
「その通りだ……! まぁ、手を組んだというよりは魔族どもを利用しようとしているだけだがな……。そんな訳で……、ここでは一切の魔法が使えない。この部屋に対応した『阻害解除の腕輪』を装着した者以外はな……!」
ジェイクは身に付けた腕輪を見せながら得意そうに宣うと、何やら詠唱を始める……。は……? て事はつまり……。
「……大気を満たす空気の渦よ、鋭き刃と化し、その身でもって激しき暴風の理を知れ……『烈風魔法』!」
「……魔法を打ち消ししものは……っ、駄目かっ!」
何時もの流れで『対抗魔法』を掛けようとして、それが効果がない事を知り、相手の魔法に備えようと構えるも、『風刃魔法』を数倍強くしたような、非常に激しい風が連なって僕を切り裂こうとしてくる。
「くっ……!」
「ほぉ……、上手く乗り切ったか! 面白え……っ!」
何とか魔法の射程範囲外に逃れ、それでも自分を傷付けようとする風の刃には瞬時に『鎌居達』を繰り出し、相殺する事に成功する。その様子を見て、相手は気を良くしたのか、次の魔法を詠唱し始める……。
……こちらは魔法が一切使えないというのに、向こうは使い放題だなんて……。こんなの詐欺だと心の中でボヤキながら、僕は改めてミスリルソードを構えるも、
「……マグマが如き紅蓮の業火よ、命じられるがままに全てを焼き尽くす裁きとなれ……『溶岩灼熱魔法』!!」
「こ、これは……!」
『火球魔法』とは比べ物にならない巨大な炎の塊が僕を呑み込もうと迫る……! ヤバい……、こんなもの喰らったら、ひとたまりもないぞ……! 有名なゲームの魔法の名を借りるなら、メ〇ミ……、いや、メラ〇ーマくらいの威力がありそうだ……!
全てを燃やし尽くしそうな炎から必死に身を翻すと、そこから爆炎が包み込んだ。魔法を躱して安心するのも束の間、まだ効果が継続している『敵性察知魔法』が瞬時に反応し……、
「っ!? しまっ……」
「魔法剣……『火炎斬』っ!!」
海賊ジェイクが僕に肉薄し、炎が燃え盛る三日月刀を一閃させる。咄嗟にバックステップするも、完全には躱しきれずに薄皮一枚斬り裂かれてしまった。さらには傷口から炎が侵食し、僕の身体を蝕んでゆく……。
「~~っ!! ぐぅっ!」
「とどめだ……!? チッ!」
この機を逃さず、追撃を加えようとしたジェイクを阻んだのはユイリだ。手甲や忍装束から手裏剣を取り出し、海賊に向かって次々と投擲してくれたお陰で、自分から離れていった。
僕は能力の『応急処置』を発動させ、身体中をめぐる炎による蝕みを和らげ、流血を抑える。同時に中級回復薬を取り出して呷る様に飲み干したところで、漸く人心地ついた。
「……女に助けられたな。まさか『防御膜』まで展開できるとは思わなかったぜ。それさえ無ければ確実にあの世に送ってやれたのにな……」
ジェイクの言葉を受けて、そこで僕は自分の前に薄い防壁のようなものが張られている事に気付く。それが、何時ぞやユイリがして見せた『槍衾』の効力だとわかり、その防壁が音もなく消えていったところで、僕は彼女のお陰で命拾いした事を悟った。
「……有難う、ユイリ」
「やっぱり無茶よ……! この男は、貴方一人でどうにかなる相手じゃないわ。貴方だってわかるでしょう!? この男の実力が……!」
RACE:ヒューマン
JOB :バトルマスター
Rank:101
HP:312/312
MP:129/145
状態:激昂、戦闘時自動回復
……改めて見ても、海賊ジェイクの実力は僕より上だ。レンやユイリ並みの実力を持ち、それが本気で殺すつもりで襲ってきている……。
(僕に勝機があるとすれば……、アイツが侮ってくれている事か)
間違いなく奴は僕を雑魚だと侮っている。何時でも殺せる……、そんな余裕ともとれる雰囲気が感じ取れていて、それこそが付け入る隙であり、唯一の勝機といっていいのかもしれない。
「……忍者、いやくノ一って奴か。アンタはそこの雑魚と違って結構やるようだな。だが……、ここでは俺の方が圧倒的有利だ……! 魔法が使えないテメエらに、勝ち目はねえぞっ……!」
まして……、ジェイクはそう言うと、この部屋の壁から触手が伸びてきて、ユイリやイレーナさん達を襲う……!
「っ! イレーナッ!」
「だい、じょうぶです……っ! ソフィ様も、無事です!」
襲い来る触手を二本の小太刀で斬り払いながら、イレーナさん達の方を伺うユイリ。辛うじて振り払えたようではあるが、イレーナさんの動きが悪い……。それにしてもこの男……、やっぱりコイツの意思であの触手を操れるって事なのか……!?
「アンタは問題なくとも、後ろの獣人の女はそれ程でもねえようだな……。まぁ、大人しくしとけや……、アンタらは殺さねえよ。だから……、コイツが死ぬのを黙って見てろやっ!!」
「……! 来る……っ」
もう少し体を回復させたいところだったけど……、そうも言っていられず僕は敵と相対するも、相手から複数の何かが自分を目掛けて飛んでくるものがあった。
「な、なんだ……っ!? 小斧!?」
「『自動投斧』だっ! 魔法空間から作り出され具現化された斧が、ありとあらゆる角度から貴様を襲うのさ……! せいぜい逃げ惑えっ! 一体いつまで回避し続けられるかな!?」
そんな高笑いとともに襲い掛かってくるジェイクの剣を受けながら、投げ斧も回避し続けなければならなくなり、状況は極めて不利になっていた。もし脚にでも傷を負ったら、唯一勝る敏捷性でも対抗する事が出来なくなり……、勝機が全く無くなってしまう。まして、自分の体力の問題だってあり、色々な意味で八方塞がりになりつつあった。
(……長期戦になったら、僕に勝ち目はない……。仕掛けるならここだ……!)
まだ僕を侮っている今こそ、最初で最後のチャンス……! 僕は職人ギルド『大地の恵み』のリムクスさん達から貰った氷のブーメランを取り出すと、隙を見てジェイクに向かって投げつける。
「そんなものが当たるとでも……!? な、なんだとっ!?」
元より投擲術を学んでいない僕がそれでダメージを与えられるとは思っていない。僕が期待したのは……氷のブーメランに込められた特殊効果だ。
氷のブーメランが掠めた個所が少し凍り付き始める。思わぬ作用にジェイクが驚き、その僅かに出来た隙を……、見逃すつもりはない。
「今だっ! はぁっ!!」
「っ! 舐めるなぁ――っ! ……『斬岩剣』!!」
その一瞬で僕は神速の如き速さで海賊との距離を詰めると、それに対抗するべく剣技を繰り出してきたジェイク。僕はそれを直前まで見定め……、
「――!? 当たった筈……!?」
「…………後ろだ」
剣が迫るギリギリのタイミングで、僕は残像をのこして相手の背後にまわると、躊躇なく肩の部分を斬り上げる……! ザンッというどこか小気味好い音とともに、鉤爪のあった腕が肩から切り離され……、地面に落ちると傷口から血が噴出した。
「ば、馬鹿な……! こんな、雑魚に……、この俺が……!?」
「……雑魚と侮ったその驕りがお前の敗因だ。……止血しろ、それでもって降伏するんだ……。そんなになっては、もうまともに戦えないだろ……」
僕は腕を抑えて蹲る海賊に剣を突き付けながらそう通告する。
「……降伏、だと? 貴様、俺を殺さないつもりか? これだけの事をやった俺を……?」
「……元より僕はお前を殺す為にここにやって来た訳じゃない。攫われたご令嬢を助けに来ただけだ。勝負はついた……、これ以上は必要ないだろ……?」
「馬鹿な事を……、どのみち俺は捕まったら間違いなく死罪だ……。この場で殺すのも変わりないものを……」
「……それでも、僕はここで命のやり取りをするつもりはない」
油断なく相手を窺いながらも、僕はジェイクにはっきりと伝える。……確かに、この国でも大事にされていた令嬢を攫い、あまつさえ王女まで奪おうとしていた海賊共が許されるとは思っていない。まして、この男は海賊たちの船長だ。シェリルだって、コイツらに捕まりそうになった……。僕にだって、コイツを許せないし憤っているのも事実だ。
…………だけど、流石に殺す事は出来ない。そんな事をすれば……、例え元の世界に帰ったとしても、今まで通りの生活が出来なくなってしまうだろう……。
それにそれだけではない……。幼馴染や友人、肉親と大切な人たちの死を体験している僕が、この手で命を奪うなど……、考えるだけでも身体が拒否反応を起こしてしまいそうになる……。
「……はっ、とんだ甘ちゃんだな。貴様のような奴が一番虫唾が走る……!」
「……」
吐き捨てるようにそうボヤく海賊。嘲笑するような海賊に僕は何も答えずに、それでも剣を突き付け続ける。
「人を殺す覚悟も無いヤツが、敵地に乗り込んできたってか……。笑わせるぜ……!」
「……何とでも言え。それよりもさっさと投降しろ! そのまま死にたいのか?」
敵の傷口から絶えず出血し続けるも、たいして気にした様子の無い海賊に、しびれを切らして通告するも……、
「……俺がどうなろうと、テメエには関係ねえだろ? ここまでかと思ったが……、まだ運は尽きていなかったようだぜ……!」
「! お前……、動くんじゃ……!」
「なら、とめてみろよ……! その立派な剣は飾りか?」
コイツ……! 別に殺さなくとも、動けなくすることは出来るんだぞ……! 僕はミスリルソードの切っ先を変え、海賊の脚を目掛けて突き立てようとした時、
「馬鹿がっ!!」
「ぐっ……!」
剣の狙いを変えた僅かな隙を見逃さず、ジェイクの膝蹴りが入り……、そのまま回し蹴りが飛んでくる。その蹴りは回避する事ができるも、海賊はすぐさま僕から距離をとり、仕切り直されてしまった……。
決して油断はしていなかったというのに……。ユイリからも手裏剣等の援護の投擲も全て弾き、完全に逃れてしまった。おまけに先程の傷口に膝蹴りが入った為、ズキズキと痛みだしてしまう……。そんな僕を嘲笑うかのように見下すと、
「……わかるか? テメエの甘さがこういう状況を作り出したんだぜ? 実力もない癖に巫山戯た事をほざいているからだ」
「……僕が決めた事だ。それに……また同じようにしてやればいいだけだろ? 今度はそちらの腕も斬り落としてやろうか?」
「クククッ、出来ねえ事は口にしねえほうがいいぜ? 虫唾が走るからよ……! それに、テメエが思った以上に動ける事はわかった。もう同じ手は通用すると思うなよ……! 逆に俺がテメエの腕を斬り落としてやるよ……」
海賊ジェイクは再び三日月刀を手元に引き寄せ、刀身を舌で舐める……。
「コウ……ッ!」
そんな状況にこれ以上見ている事が出来なくなったのか、ユイリが僕の傍に駆け寄ると、
「……いいのかい? アンタがここにいたら、歌姫さんは俺に取り返されるかもしれねえぜ?」
「そうだよ、ユイリ……! 僕たちがやらなければならないのは、ソフィさんを救出する事だ……。僕は、大丈夫だから……」
「どこが大丈夫なのよ……!? それに忘れているようだけど、確かにソフィ救出も私の任務だけど……、貴方を死なせないようにする使命も帯びているの……! これ以上貴方を一人で戦わせていたら、そうなるかもしれない……。そんな事、させる訳にはいかないわ……!」
僕を睨みながら……、それでも心配してくれている事に場違いではありながらも嬉しく思う。だけど、今は……。
「……敵を前に雑談とは随分余裕じゃねえか……。そんなだったら、コレもちゃんと耐えられるってもんかな……?」
そんな時に底冷えするような声が聞こえ、意識を再び敵に戻すと、何やら危険な雰囲気を漂わせていた……。
な、なんだ……!? 魔力素粒子……とは違うし、かといって邪力素粒子でもない……。でも圧倒的なプレッシャーが殺気とともに僕に向けて放たれている……!
こ、これではまるで……デスハウンドの時の……!
「っ! いけないっ、伏せてぇ!!」
「……もう遅え! 長年、蓄積してきた力をその身に受けるがいい……! ――『隻腕一手』!!」
「…………ここまで、だな」
「ば、馬鹿なっ! こ、こんな、ことが……っ!」
――ストレンベルクの城門前にて。近くに潜んでいた魔族と魔物の群れを大賢者ユーディスの魔法で看破し、片っ端から蹴散らしていき……、残ったのは目の前の魔族のみ。手にした業物の刀を構えると、その刀身に焦る魔族の姿がちらりと映し出される。
「何故だ、何故……我らが詰めている事がわかった!? それに、結界を解除する為に潜入している奴らも一体何をやっているのだっ!?」
「……それは、彼らの事ですか?」
「教会前で捕まえたぜ。注意して見てなかったら、侵入を許したかもしれないがな」
そんな男女の声が聞こえてきたかと思うと、変装した海賊と思しき者たちを捕縛し、魔族の前に次々と突き出された。
「手際が良いな、流石はこの国一番のクラン、『獅子の黎明』の面々だ」
「何を言っているんです……。これだけの数の魔物や魔族を相手に圧倒するなんて、貴方にしか出来ませんよ、ガーディアスさん」
「! あの噂になっているSランククランと、前勇者の血を引くストレンベルクの……!? どうしてここに……! いや、そもそも襲撃を見通していただと!?」
騎士のようでいて、かつ冒険者の恰好をしている、『獅子の黎明』の現団長、シーザー・ウォルサムと、その右腕として彼を支え、優れた魔術師でもある副団長、セシル・ローザリア。さらにその二人に従うように幹部連中がこの場にやって来ていたのだ。
コウが見抜いていた通り、敵は結界を無効化するべく闇ギルドを通じてこの国に溶け込んでいた。それを契約の下に王国側についた『暗黒の儀礼』が秘密裏に撹乱し、あぶり出してところを王女殿下の『国民探知魔法』でもって特定していったのである。
王国に残っていた騎士たちは、『王女』護衛も含めてグランにつけたので、今のこの場には私やユーディスといった数人しか実力者はいなかった事もあり、念のためにまだストレンベルクに停留していた『獅子の黎明』を主としたクランや冒険者にも『緊急依頼』として王都防衛に駆り出していた。その成果は今見た通りで、王宮の人員不足を補って余りある働きをしていた……。
さて、そろそろ終わらせるとするか……。私は愛刀である『陸奥守吉行』を一人残った魔族に掲げ、
「今回の一連の事件、その首謀者を吐け……。さすればこのまま終わらせてやるが……どうする?」
「ふざけるなっ! そんな事、出来る訳なかろうがっ!」
「そうか……なら、苦しみぬく選択を選ぶのだな。まぁ、私は止めはしない」
溜息をつきながら、私は刀を峰の部分で打ち据える。『烙印』も施したので死ぬことはないが……、激痛が魔族の身体を襲っているのだろう。まぁ、選んだのはこの男だ、同情はしない。
「か、は……っ! も、うしわけっ、……ませっ……、ファ、ファンデッ……まっ……」
「……殆ど自白しているようなモノだが、まあいい。あとで前後関係を洗いざらい吐かせるとしよう」
「これで王都襲撃を計画していた者は全て撃退したという事でしょうか……? 何はともあれ……、お疲れ様です、ガーディアス様」
倒れ伏した魔族に一瞥していると、セシルが労いの声をかけてきた。『獅子の黎明』の面々が手早く生き残りの魔族を拘束したり、魔物の処理をしているのを見やりつつ、
「様付けなどしないでくれ、セシル嬢。私の性に合わんし、君がそう呼ぶ必要性もないだろう? 貴族と言っても殆ど名ばかりの私と、君やシーザー殿とはその格式も違うのだからな」
「傍系とはいえ、前勇者様と王家の血を引き、栄えある『王宮の饗宴』のギルドマスターでもある貴方が、名ばかりなどと言っても誰も納得しませんよ……」
そう苦笑しながらシーザーが会話に加わり、現状を報告してくる。
「……情報通り、住民に成りすましていた海賊たちは全て捕縛しましたよ。今、大賢者殿やクランの者が他にも潜入者はいないか洗い直していますが……、取りこぼしはないでしょう。取り敢えず一段落、といったところでしょうかね」
「すまないな、シーザー殿。こちらも先程、グランが敵の海賊船を制圧したと報告があった。やはり囮だったようで、船にソフィ嬢は乗っていなかったようだが……、目星は付いている。後は、無事救出したという連絡を待つだけだな……」
シーザーにそのように答えながらも、救出は時間の問題だろうとも思っていた。諜報活動のスペシャリストで、非常に優秀な人物であるユイリに、実力、判断力ともに申し分なく、元『獅子の黎明』の団長であったレンが付いているのだ。さらには、伝説とも云われる『伝承の系統者』を受け継ぐシェリル姫に、敵の思惑を予見したコウまでいるのだ。
海賊が幾ら手強かろうと、後れを取るような者たちでは無い。
「ガーディアス様。聞くところによると……、アルフィーもソフィ様救出のメンバーに加わっているようですね?」
「心配かね、セシル嬢?」
「レンさんや勇者様が一緒にいるんです。大丈夫だとは思っていますが……、それでも気にはなりますよ」
「『王宮の饗宴』預かりとなりましたが……、今でもアイツは『獅子の黎明』の一員でもありますからね。いくら王国からの辞令とはいえ、レンさんや貴方が居なければ、目を掛けていた大事な弟分を出向させるなんて、俺は認めませんでしたよ、ガーディアスさん?」
若干責めるような目でこちらを見てくるシーザーに、私は苦笑しながら肩をすくめる。最後までアルフィーの出向に難色を示していたのだから当然と言えるかもしれないが……。
「私も彼の戦いぶりを見たが……、才能の塊のような少年だね。あの歳で冒険者……、それも誉ある『獅子の黎明』の入団が認められる訳だよ。まるで、レンを見つけた時のようだった……」
「……レンさんの時のように、何時かは『王宮の饗宴』に引き抜かれる事もあるかもしれませんけど……、今はまだ早すぎます。だからその件について、俺は今でも考えは変わっていませんよ? 何より、アイツにはまだまだ教えたい事が山ほどあったんですから……」
「私達だけでなく、他の団員も彼を可愛がっていましたからね。『王宮の饗宴』配属となるのはアルフィーにとって名誉な事ではありますけど……、それだけ危険な任務に就かなければならなくなります……。今回のように……」
セシルの言い分はわかる。私自身、アルフィーを敵の本拠地に送り込むのは経験的にもまだ早いと思っていた。今回の海賊たちの手腕といい、私が倒した魔族や魔物たちも決して弱い部類ではなかったのだから。
「だが、人を成長させるのに一番適しているのはギリギリの経験を積む事だ。それは君達も十分にわかっている筈……。そして万が一がないように、ユイリやレンを付けているのだ。勇者としての資質を持つコウも、この短期間で驚くほどの実力を身に付けたのは、やはり修羅場を潜り抜けてきたからなのだよ。……勿論、本人の努力によるものでもあるがな……」
「それはわかってますけど……、まぁここまでにしましょう。ここで言いあっていても何かが変わる訳でもないですし、レンさんや勇者殿を信じてますから」
ここにいるシーザーやセシルをはじめ、『獅子の黎明』のメンバーは皆、クランを立ち上げ初代団長であったレンを敬愛していた。大なり小なりレンに世話になり、アイツ自身のさっぱりした性格もあるのだろうが……、クラン内だけでなく冒険者ギルドの中でもレンを悪く言う者は殆どいないという……。
そして話はコウの事にも及び、勇者と名乗っていたトウヤが元凶だった事もあって、警戒もしていたみたいだったが、冒険者ギルドをはじめ、職人、商人ギルドからの評判もよく、実際に会って見てその人となりを確認して漸くシーザー達も納得した事を話していた。
そんな感じで2人と談笑していたのだったが、ここで一人の人物が慌てた様子で駆けつけてくる。その人物とは……、
「ディアス隊長っ! 大変だっ、コウが、コウが……っ!!」
「レイファ……コホン、レイア殿……、どうしたんです? 念の為にユーディス殿の館に留まるとのお話だった筈ですが……」
危うく殿下と呼んでしまいそうになるも、何とか今の姿と一致する呼び方で話し掛けた彼女は、この国の第一王女であり、海賊共や魔族にその身を狙われている、レイファニー・ヘレーネ・ストレンベルクその人だ。周りの目をとも考えるが、幸い有力な冒険者集団『獅子の黎明』の団長、副団長にして高名な貴族でもあるシーザーやセシルは彼女の正体を知る人物であった為に大事にはならないだろうが……、少しばかり軽率でないかと自分の主君に対して苦言を呈す事にする。
「一通り片付いたとはいえ……、まだ魔族が残っているかもしれないのです。それに、この場にはシーザー殿達しかいないとはいえ……、貴女の正体が知られたら不味いでしょう……」
「それは後で幾らでも聞くっ! そんな事よりも……、シェリルから通信魔法が届いて……! それで慌ててボクの『時紡の姫巫女』の特性も利用して現状を見てみたんだけど……コウ達が大変な事に……っ! 」
半泣きになりながらも、切羽詰まった様子で握り締めていたスフィアを見せようとしてくる魔術師姿の王女に、只事じゃないと思い直すとシーザー達と頷きあい、彼女の話を聞くのだった……。
「『隻腕一手』は起死回生技……。普段、当たり前のようにある感覚を封じ、それを『リスク』として負荷を掛ける事で、その代償を力に変えて放つ技だ……。その蓄積された期間に応じて威力は増すというものだったが……」
「ユ……ユイリッ!」
『槍衾』を展開し、僕の前で身を挺して守ってくれていたユイリが脱力するのを見て、僕は慌ててその体を受け止めた。
「ユイリ様っ!!」
「ユイ、リ……ッ!」
イレーナさんとその彼女に介抱されているソフィさんが悲痛な声を上げる。ぐったりとしたユイリを抱えながら、僕は彼女の状態を確かめるも、
「っ! ユイリッ! なんて無茶を……っ!」
魔法を使えない部屋なので、評定判断魔法を発動させる事はかなわなかったが……、魔法を使うまでもなくユイリがかなり危険な状態なのはわかった。
僕は懐にストックしてあった中級回復薬を取り出して彼女に飲ませていると、
「しかし、死なずに済むとはな。その女の実力ゆえか、はたまた俺の『隻腕一手』の威力が中途半端だったせいかはわからんが……、ま、死ななかった事は僥倖といってもいいか。その女も上玉だしな」
「貴様っ……! よくもユイリを……っ!」
ジェイクの発言に怒りを漲らせながら睨みつける僕をどこ吹く風と聞き流しながら、
「何を睨んでいる? そもそも、俺に対して隙を作った張本人が何を言ってんだ? 貴様があの時に俺にとどめを刺しておけば、そこの女が倒れる事もなかった……。全ては貴様の甘さが招いた事だろ?」
「……お前、本当に死にたいのか? 僕を挑発して、お前に何か得でもあるのか? ……僕だって、衝動のままに殺してしまうなんて事もあるかもしれないんだぞ……?」
少なくとも、ユイリを傷付けられて、僕の心は目の前の男に対する殺意にも似た気持ちでいっぱいになってきていた。勿論、人を殺す経験なんてしたくもないが……、それでも怒りで冷静な判断も出来なくなってくる。
もしもこのままユイリが死んでしまうなんて事になったら……、その時は……!
「ハッ! さっきも言ったろ!? 出来ねえ事は口にするなってなっ! 貴様には無理さ。心でどう思おうとも、身体が拒絶するようになっている甘ちゃんのテメエにはなっ! 俺にはそれがわかった……。その女も倒れた今、俺をどうにか出来る奴はここにはいねえ……。一度は死を覚悟したが……、テメエのお陰で切り抜けられるってよっ!!」
そう言うと海賊ジェイクは、先程僕が斬り落とした腕を拾い上げると何やら魔法を詠唱する。すると、切断された部分が淡く光り……、傷口の止血と同時に義手がピクピクと動き出したではないか……!
「……今度は肩の部分から作り直さねえと駄目か。ま、操作魔法の応用でこの場は何とかなるだろ……。後はテメエをぶっ殺して歌姫さん以下、女を全て制圧すればオシマイだ……! 俺はまだまだでかくなる……。こんな一海賊団の長で終わりはしねえ!」
「……好き勝手言っているようだけど、そんな簡単にやれると思うなよ? その傷は別に回復した訳じゃない……。その操作魔法とやらを乱してやればそれまでだし、腕を落としても終わらないというのなら、今度はその両足も斬り落としてやる……!」
「はっ! やれるもんなら……やってみなっ!!」
海賊はその言葉と共に僕に向かって接近してくる。ユイリを壁にもたれさせると、彼女を後ろに庇いながらミスリルソードを構えるが……敵はそんなに速くはない。というよりも先程のスピードを考えればむしろ遅い……?
「そんなスピードでっ!」
「おっと、そのまま剣を振り切られたら、そのまま殺られちまうかもしれねえなぁ!?」
「っ……!」
僕の剣の軌道に躍り出る形で身体を晒すジェイクに、咄嗟に剣筋を変える僕。そんな僕に対し海賊は、
「敢えて自分の隙を作り出しながら一撃必殺の技を繰り出す……。テメエにはコレは効くだろうよ……! 『諸刃剣斬』!!」
「くっ……」
僕の懐に入り込み鋭い剣閃を繰り出してくるジェイク。これを喰らったら不味い……! 僕の本能が危険を訴え、すぐさま敵の攻撃範囲から逃れるように避ける。
「……『烈風魔法』!」
「! うわっ!?」
海賊の剣技を躱した僕に間髪入れずに飛んできた風の刃が襲う。流石に回避しきれずに左足を傷付けられ、鮮血が迸り……、それを見た海賊ジェイクはニヤリと笑うと、
「これでちょこまかと動き回る事は出来ねえだろ? 手こずらせやがったが……、もうテメエは終わりだ」
「……こんな傷一つ付けたくらいで満足なのか? 僕もわかったよ……、お前は強いし大それた野望も抱いているようだけど……、決して大人物にはなれないだろうね」
剣を交えて戦っていると、相手がどんな人物なのか、おおよそであるが見えてくる。
「…………何だと?」
「聞こえなかったかい? ならもう一度言うよ……、お前は小物さ。海賊団とはいえ、そのボスであるとは思えないくらいだよ。そんなお前がこれ以上を目指すだって? 笑わせないでくれ。そんな様子じゃ部下にだって信頼されていないんじゃないのか? 仮にも敵である僕たちがボスの部屋に侵入しているというのに、誰も助けに来ないのがいい例じゃないか」
「キ、キサマ……ッ!!」
図星だったのだろうか、今までになく血走った目を向けてくる海賊の親玉に、僕は内心で苦笑する。そもそもこんな子供騙しな挑発でカッカしているようでは話にならない。
……ユイリも言っていた通り、実力差で言ったら悔しいけれど敵の方が強いとも思う。それは認めなければならない。自分の力量と相手の実力を見誤るようでは勝てるものも勝てなくなってしまうから……。
(それならば相手が実力通りの力を出せない様にする……、兵法の基本だね。先程は僕を侮り、本気を出してはいなかった。今度は頭に血を上らせて冷静に対処できないようにしてやればいい……。まあ、こんなあからさまな挑発に引っかかるとは思わなかったけどね……)
もしかしたらコイツのコンプレックスだったのかもしれないな。そう思いながら、密かに回復薬を服用して体力の回復を図りながらも、僕は挑発を続けた。
「おや? 図星かい? まあ明らかに他の海賊たちも好き勝手に動いていたようだし……。シェリルについてもお前から隠しておこう等と話していたかな? ……人望のないトップが率いる団体はいずれ崩壊すると思うけど……、ま、関係ないか。お前の海賊団、今日でもう壊滅する事になるし……」
「っ! ……減らず口もそこまでだっ! 今すぐあの世に送ってやるっ!!」
視線だけで人を殺せるんじゃないかと思えるくらい憤った海賊の親玉が、三日月刀を片手に無造作に襲い掛かってくるのを冷静に見据える。……特に能力を使ってくるような気配もない。力任せに捻じ伏せようとしてくるだけの、単調な動き……。自分がそう仕向けたとはいえ、こんなに思い通りになるなんてと苦笑するが、自分も傷付き、体力も大分消耗している。いずれにしても、この機を逃したらコイツを倒す事は出来なくなる……!
「死にやがれっ!!」
僕はその剣閃を最小限の動きで躱すと、すれ違いざまに足払いを仕掛けた。レン直伝のそれは正確に海賊の足を挫かせ、その隙をついて当身技を喰らわせると、身体をくの字に曲げてその場に倒れる。不意を突かれ悶絶するジェイクの両足に向けて、僕はミスリルソードを狙い違わず一閃させた。
「ぐわっ!!」
「次で……斬り落としてやるっ!」
「ま、待ってくれ! 降参っ、降参するっ! 俺にも家族がっ、娘がいるんだっ!!」
宣言通りに両断するべく剣を振りかぶった僕に、堪らずそんな泣き言をあげた。
「今更何を言っている! それに安心しろ、殺しはしない……。このままだとお前は何をするかわからないからな……! さっき伝えた通り、きちんと両足を切断してやるから……っ!」
「そ、そんな事されたら死んじまうぜ!? 一度は死も覚悟したが……、生き残れると思ったら不思議と命が惜しくなっちまった! それに……家族の事を考えたら、ますます死ねなくなっちまったんだよっ! だから頼むっ! 何でも協力するから……、助けてくれっ! 俺も魔族のクソったれどもに命令されただけなんだ……っ!」
トップの外聞もなく、そう命乞いをしてくる海賊に、僕は静かに振り上げていた剣を下ろしてゆく……。コイツの言う事を信用する訳ではないけど……、家族の、娘の為と言われてしまうと、このまま剣を振り下ろす事に僅かに躊躇するものがあった。
一応、自力で立てないくらいには斬りつけた。戦意がなくなったというのならば……、これ以上傷付ける必要はない、か……?
「……このまま捕まる。そう言う事か?」
「ああ、もう抵抗するつもりはねえ……! それどころか、今回の件は俺たちが計画し、推し進めた訳じゃねえんだ。魔族の偉え奴に、命令されただけなんだよっ! 俺だってこんな大それた事はしたくなかったが……、従わねえと命はないと脅されたら、従うしかねえじゃねえかっ!」
「だとしても、自業自得だろう? 魔族と接してきたから、そんな状況に陥る羽目になったんだ。そうじゃなくても、今まで海賊として好き放題やってきたんだろうし、同情は出来ないよ」
「そんな事はわかってるっ! 畜生……、目が霞んできやがった……。血を、流しすぎた、か……? 頼む……、俺にも、回復薬を……。無ければ、そこの、引き出しに……」
……仕方ない、自分の持っている物で……。そう思って僕が常備していた1本を取り出そうとした矢先、
「!?」
死角から伸びてきた触手が、僕の剣を持つ方の腕に絡みつこうとしてきたのを瞬時に察し、ほぼ反射的な行動で持って辛うじて斬り払う事に成功した僕だったが、
「う、うぅ……」
「くっ、こんな、ものに……!」
「ああ……」
気が付くとユイリや、イレーナさん、ソフィさんにも触手が絡みつき……、吊し上げられてしまっていた。
「クククッ、ハハハハ……ッ」
「……やっぱり、大人しく捕まるつもりはなかったか」
僕自身、想定していた事であり、特に驚きもなかったが……、触手の事を忘れていたのは不覚だった。いや、忘れていた訳ではなかったけれど、一見敵が何かを指示したかのような素振りも見られなかった事もあり、まさか勝手に作動して僕たちを害してこようとは考えられなかったのだ。
ジェイクは嘲笑しつつも、先程の操作魔法のようなものを駆使して両足からの血止めをするとともに立ち上がると、
「当たり前だろう? 何故、俺がテメエなんかに捕まらなきゃならないんだ? 雑魚の分際で、図に乗るんじゃねえよ。それにあんなチャチな話に惑わされるとはよ……、とことん甘ちゃんだな! そんな馬鹿は生きてる価値もねえ」
「……家族の話を聞いて、少しお前に同情しただけさ。その分じゃ娘がいるっていうのも嘘なんだろ?」
「満更、嘘じゃねえかもしれねえぜ? もしかしたら、過去に俺が手篭めにした女たちの中で、娘を孕んじまった奴もいるかもしれねえだろ? この世界の何処かには、俺の血を引いたガキがいるかもしれねえじゃねえか!? ヒャーハハハハッ!!」
「…………屑め、確かにお前は生きてる価値もない男のようだな……」
そんな人間であっても、この手で命を奪う事に躊躇する自分にも嫌になってしまう。だけど……、怒りでこの男を殺そうと思おうとしても、その度に幼馴染や兄が死んだ時の事が頭を過ぎり……、最後の一線を越える事は出来なかった……。
「さて、と……」
「きゃっ! ……うぅ、もういやぁ……」
どのように操っているのかはわからないが、ジェイクは触手を操作して自分の下に改めて拘束されたソフィさんを連れて来させると、その腰元を抱き寄せて、
「この歌姫さんを助けに来たんだろ? コイツは俺の戦利品だが……、これ以上テメエが抵抗するようなら、命の安全は保障できなくなるな? 勿論、そこで吊るされている女たちも、だ」
「……人質、という訳かい? 雑魚雑魚と言い続けた相手に、それはちょっと恥ずかしいんじゃないかな?」
「黙れよ……、これ以上俺はテメエに構ってる時間はねえんだ。……さあ、どうする? 俺はテメエと違って……殺る時は殺るぜ?」
「……あたしの事は……見捨てて、下さい……」
海賊に捕えられていたソフィさんが息も絶え絶えといった感じでそう伝えてくる。
「もう……、あたしのせいで死んでしまう方を……、見たくないんです。それに、このまま生かされたとしても……、希望は、ありません……」
「私の事も……、見捨てなさい……。こうなった以上、覚悟も出来てるわ……。一番不味いのは……、貴方がこのまま殺されてしまう事なのよ……!」
ユイリ……、ソフィさん……。ふと見るとイレーナさんも目を閉じている。彼女も覚悟が出来ているのだろう……。
「……尊厳も何もかも、奪われてしまうくらいなら……、このまま見捨てて……うむぅっ」
「ソ、ソフィ……、かはっ!」
「ソフィさん! ユイリッ!?」
ソフィさんが途中でジェイクに口を押えられ……、ユイリには触手が首元に絡みつき締めあげているかのようだった。
「おいおい……、余計な事は言うなよ、歌姫さんよぉ……! それに、コイツの甘ちゃん具合はわかってんだろぉ!? 出来る訳ねえだろうがっ! そもそもコイツらはアンタを助ける為にここまで来たんだぜぇ!? 今更アンタを見捨てられる訳ねえじゃねえかっ!」
「…………貴様っ!」
「おっと動くなよぉー? 歌姫さんを抑えてるこの義手の下には毒を仕込んであるのは知ってるだろ? それに……、このままくノ一を絞め殺してもいいんだぜぇ? どうすればいいのか、わかるよなぁ?」
くっ……! 状況は、極めて絶望的だ。ソフィさんだけでなく、ユイリ達まで捕まってしまい……、人質に取られてしまった。僕は、どうすればいい……? とは言っても、出来る事は限られている……。ユイリ達を見捨てるなんて……、出来る筈も無い……。
「コ、コウ……ッ!」
「! んんっ、んむぅーっ!!」
僕がミスリルソードを捨てるのを見て、ユイリとソフィさんが悲痛な声を上げた。その絶望的な表情に胸が痛むも……、もはやどうにもならない……。
「偉いぞぉー! そうさ、テメエ一人犠牲になりゃこの場が収められるんだよ。さあて……、素直に従った事だし、褒美って訳じゃねえが一思いに殺してやるぜ……!」
ソフィさんを伴いながら、ジェイクが三日月刀を構えながら近づいてくる……。剣を捨てた以上、僕にはどうすることも出来ない……。ここまで、か……。
「ハハハッ! あばよっ!!」
その声と共に三日月刀が振り下ろされる……!
「…………?」
何時まで経っても痛みが訪れる様子が無かった事に疑問に思いながら目を開けると、
「…………何だ、ここは」
何もない真っ暗な空間に、僕は一人佇んでいた。目の前に迫ってきた刃もなく、海賊やソフィさん達の姿も無い。いや、そもそもな話……、
「ここは、何処だ……?」
『……呑気なものだ。危うく死にかけていたというのに……』
「! ……誰? 僕以外に……誰かいるのか?」
脳裏に響く様な形で掛けられた声の主に向かってそう答えると、薄っすらと自分以外の誰かが浮かび上がってくる気配を覚える。
『……エルシオーネが随分と気にしていたようだから、どんな男かと思い、やって来てはみたが……、まさかこんな事になっておるとはな。余がいなければ、間違いなく死んでいたぞ?』
「……貴方は誰です? それに、ここは何処ですか?」
何処か神秘的な……人ならざる気配はするものの、僕は再度、声の主に問い掛けると、
『……む? その右腕にあるものは……』
「え? 右腕?」
言われて咄嗟に右腕を見てみるものの……、特に何かある訳でもない。何も無い筈なのだけど……、何て言えばいいんだろう、その右腕には何かあるような錯覚を覚えていた。
でも、それも束の間、すぐにその不思議な感覚は薄れ……、元の状態に戻ってしまったようだ。
「……? 今のは、一体……?」
『ふむ……、もしかしたら、余計な手助けだったかな? 流石にここで退場というのも味気ないと思い、咄嗟に割って入ったのだが、な……』
「よくわかりませんけど……、どうやら助けていただいたようですね……。有難う御座います」
相手の言葉からそう判断し礼を言うと、
『……汝が余に礼を言うのか?』
「それは……、助けて貰ったのならばお礼くらいしますよ……。尤も、自分でも何が起こっているのか、いまいちわかりませんけれど……。ここってつまり僕の精神世界のようなものなのですか?」
そう考えると不思議と納得するものがある。一度、自分の能力によって似たような空間を体験した事から、そんな結論を導き出すと、相手は何処か興味深そうに僕を見ているような気がした。
『フッ……、可笑しな奴だ。余に対してそのような態度を取る事といい……、どうやら汝は余が封じていた筈の『万有引力の法』まで解放しているようではないか。彼女の言葉ではないが……、個人的にも汝に興味が沸いてくる……』
「あの……、一体何の話を……? もしかして、会った事があります……?」
『余が何者であるか……、それはすぐに分かるであろう。汝が勇者として、このファーレルに留まる以上は、な……』
「!? そ、それでは……貴方は……っ!」
僕が勇者の資格を有している事を知り、尚且つこの雰囲気……! も、もしかして、この存在は……!
『……いつかまた相まみえよう……、その時はこんな精神に干渉するといったものではなく、直接な……』
「ま、待ってくださ……っ!!」
瞬間、僕の視界が眩い光に包まれる……!
「……今、何をしやがった?」
ハッと我に返ると、三日月刀を弾かれ唖然としている海賊、ジェイクの姿が僕の目に飛び込んでくる。
「……必殺の間合いだった。それなのに、何故剣が弾かれて……! テメエ、一体何をしやがったんだ!?」
「さぁ……としか……。僕にも何が何だか……」
そんな事を言われても、そのように答えるしかない。僕だって何が起こったのかはわかっていないんだ。だけど、恐らくは……。
「チッ……、何処までも忌々しい奴だ。どうやって防いだのかは知らねえが……、今一度!?」
気を取り直し、改めて三日月刀を振り被ったところで、それは起きた。突如空間にヒビが入り出したかと思うと、それがピシピシと広がりはじめ……、やがて何かが割れるような甲高い音と共に人影が飛び出してきた!
「なっ!? 何故この場に……!?」
「…………『峰打ち・極』!!」
空間の割れ目から飛び出してきた人影は、その掛け声と同時に刀の峰の部分をジェイクの人体急所に打ち込み……、返す刀でソフィさんを拘束している触手を斬り裂いて彼女を救出した。そして僕のところにやって来た人物を見て、誰がこの場への道を開いたのかを知る……。
「コウ……ッ! 大丈夫なのかっ!?」
「…………レイア」
どうやってこの場に……とも思ったが、そういえば彼女は一度『泰然の遺跡』で同じように現れてみせた事を思い出す。ふらつく僕を支え、必死に声を掛けてくるレイアに笑い掛けながら、
「……僕なら大丈夫。それよりもユイリを……。彼女は、僕を庇って酷い怪我を……」
「喋るな、コウっ! お前だってボロボロじゃないかっ! ユイリ達の事は任せろっ! ディアス隊長も、『獅子の黎明』のシーザー達も来てくれたからっ!」
回復薬、回復薬は……! そう言ってゴソゴソと探すレイアを尻目に、そのガーディアスさんの方を伺うと、蹲る海賊ジェイクをシーザーさんに任せ、ソフィさんを傍に居るセシルさん達に預けると、その足で吊し上げられているユイリの下に向かい……、
「あ……」
「大丈夫か? ユイリ……」
一刀のもとに縛めを斬りユイリを解放すると、そのまま崩れ落ちそうになる彼女を抱きとめる。
「ディアス……隊長……」
「……よくやってくれた、ユイリ。お前はしっかりと任務を果たしてくれたよ……。こんな状態になるまで、ソフィ嬢を、そしてコウをよく守ってくれた……」
労いの言葉を掛けつつ、ガーディアスさんはユイリを抱きかかえながら僕とレイアのところまでやって来る……。
「……大体の事はレンやシェリル姫から聞いている。そして、奴との戦闘も一部見させて貰った……。本当にお前の成長には驚かされるよ。瞠目とはお前の為にある言葉かもしれないな……。何はともあれ……、本当によくやったな」
「……たい、ちょう……」
「はっ……、まさか疑似ダンジョンコアを用いた『魔法封じの部屋』に転移を仕掛けてくるとはな……。流石に俺も年貢の納め時、か……」
『獅子の黎明』のメンバーらしき人達にイレーナさんも助け出される様子を横目に、シーザーさんに剣を突き付けられたジェイクはそう呟くも、
「……だが、只では死なんぜ? こうなったらテメエらも道連れにしてやるっ! ――……『自爆魔法』!!」
「! 自爆魔法かっ!?」
じ、自爆魔法!? そ、そんな魔法まであるの!? シーザーさんの漏らした言葉に警戒を強めるものの、一向に爆発が起こる気配はない……。おそるおそる目を開けてみると、困惑する海賊の姿が……。
「な、何故だ!? どうして魔法が発動しない!?」
「……俺の『峰打ち・極』を受けたからだ。貴様には今、『不死』の烙印が施されている……。その烙印が施されている限り、貴様は死ぬことは出来ん……」
「な、なんだと!? ……は、ははっ、王国のお偉様も、そこの甘ちゃんと同じかっ! 笑わせやがる!」
「……勘違いするな。別に貴様などこの場で斬り捨ててもいいが……、それは一連の情報を吐かせてからだ。それに、死にたいのに死ねないっていうのは辛いぞ……? それこそ死ぬ方がマシだと懇願する事になるかもしれんしな……」
ガーディアスさんの話を聞き、青ざめるジェイク。……怖っ。た、確かにそれは辛いかもしれないけど、一体何をするつもりなんだろう……? それも死にたくなる程って……。
………………あまり考えない方がいいかもしれない。
「貴様にはこれから地獄の拷問を受けて貰う……。ソフィ嬢に対する狼藉は勿論、レイファニー王女殿下の身柄を要求した一連の不敬行為……。王国の騎士たちを汚い手段で殺め……、数々の非戦闘民を人質にした罪……その身をもって償ってもらおうか……」
「ご、拷問だと……!? 貴様ら王国の人間が……! そんな悪逆非道な事をするというのか!? そんな事が許されると思ってんのか!? 俺達にだって人権があるんだぞ!?」
「……どの口が言うんだろうな? 貴様の死刑は既に確定しているが……、全てを吐けば少しは手心を加えてやってもいいが……」
「全てをと言っても、俺にだって知らされてねえ事だってあんだぞ!? クソッ、ぜってえ捕まる訳にはいかねえじゃねえか……!」
ジェイクはそう言って僕の方を見ると、
「お、おいっ! 俺はお前の事を何時でも殺せたのに殺さないでいてやったんだぜ!? だから、コイツらにお前から言ってやってくれよっ!」
「…………は? お前、散々僕の事を殺すと息巻いていたじゃないか……」
……本当に何を言ってるんだコイツ……。
「ば、馬鹿野郎! テメエなんて何時でも殺せたんだよ! それを俺が慈悲深くも殺さないでやったのさ! 俺との実力差はお前が一番わかってんだろ!?」
「……ほう、貴様がコウより強い……、だと? 面白い冗談だ」
滑稽無比な事を宣う海賊のボスに呆れていると、ガーディアスさんがその言葉に反応する。
「冗談なんかじゃねえ! 俺の実力は明らかにソイツより上だ。それなのにソイツがまだ生きてんのは、偏に俺の慈悲によるもんなんだよ!」
「……ふっ、面白いじゃないか。じゃあ、改めて戦ってみるか? もし貴様がコウに勝てるのなら……、この場は見逃してやってもいいぞ?」
「えっ……?」
ガーディアス、さん……? 一体何を……。ポカンとする僕に気にすることなく、隊長は続けた。
「貴様も傷付いているが……、コウも同じようなものだな。この状態で戦い、貴様が勝てるなら私の名において見逃してやろう……。本当にコウに勝てると思うのなら、やってみるがいい……」
「デ、ディアス隊長!? 何を言ってるんだ!? コウはもう戦える状態ではっ!」
その言葉に抗議するレイアだったけど、ガーディアスさんは真っ直ぐに僕を見てくる……。
「コウ……、先程も言ったが遠慮する事はない。私の見たところ、お前はもう奴を凌ぐ実力を得ている……。奴の生死を気にする事は無い。思いっきりやってやれ」
「だ、だから何で彼に戦わせるんです!? ユイリがこんなになる程の相手ですよ!?」
「…………わかりました。やりましょう」
「コ、コウ……!? お前も、何を言って……」
心配してくれるレイアの気持ちは嬉しいけど、コイツとの決着を有耶無耶にしたくはなかったという思いもあったから、ガーディアスさんの申し出は正直有難かった。支えてくれるレイアにお礼を言い、落としていたミスリルソードを拾うとジェイクに向かって正眼に構える。
「……さっきの話、忘れんなよ? あと、『勝つ』ってのは殺してもいいんだろ? ようは相手を動かなくしちまえばいいって事だよな?」
「出来るのならば、な……。貴様には無理だろうが……」
「ディアス隊長っ!!」
咎めるようにガーディアスさんに詰め寄るレイアを、僕は止める。
「レイア……、大丈夫さ。何でかわからないけれど……、アイツに負ける気がしないから……」
「……言ってくれるじゃねえか。さっき、散々俺にやられたのを忘れてしまったらしいな……。それにしても、可笑しな奴らだぜ……。折角テメエらで助けた奴を見殺しにするとはな……!」
そんな敵の言葉を受け流し、僕はまだ効果の残っていた敵性察知魔法で相手のステータスを見てみると、
RACE:ヒューマン
JOB :バトルマスター
Rank:101
HP:86/312
MP:38/145
状態:出血、疲労困憊、烙印『不死』、戦闘時自動回復
(アイツも傷付いてるし、条件は五分かな……? でも、どうしてだろう……、さっきまでと違って、アイツを脅威に感じないのは……)
ステータス自体に変更はないし、生命力は恐らく僕も似たり寄ったりだろう。まして、相手は『戦闘時自動回復』という能力も持っている……。長期戦になったら僕が圧倒的に不利になるに違いない……。でも……。
シーザーさんが敵に突き付けた剣を下ろし、セシルさん達のところまで下がると、そこで海賊は立ち上がる。その様子を見て僕は、
「……いい加減決着をつけよう。雑魚と侮っていた僕にやられる……。それはお前にとって耐えがたいものになるだろうね。……僕が引導を渡してやる、かかってこい……!」
「俺に引導を渡す? 貴様が? この俺を? …………全く、いちいち癇に障る野郎だっ!!」
そう言ってジェイクは先程と同じように三日月刀を掲げて襲い掛かってきた。……動きはそんなに速くはない。これは先程見せた、諸刃剣斬ってやつを放つつもりか……?
「貴様にも好評だったコイツを喰らいなっ! リスキー……うおっ!?」
隙を見せつける海賊に迷うことなく剣を振り抜く。ミスリルソードを何とか躱した敵に、僕は続けて追撃を放った。
「なっ!? 危なっ!? お、おい、ちょっと待て!? いいのか!? こんなん当たったら、俺、死ぬぞ!? わかってんのか!?」
「……お前、馬鹿か? 隊長も言ってただろ? 今、お前は何があっても死ぬことはないんだ。多分、致死ダメージを負っても死なずに済むだろうさ。だから……僕も遠慮する事はない……! まぁ、当たったら死ぬほど痛い事には違いないだろうけど、ねっ!」
さっきガーディアスさんが言っていたのはこういう事だ。それなのに、わざわざ隙だらけの技を繰り出してくるとは……、よっぽど僕を舐めているんだろう……! そう考えると益々腸が煮えくり返ってくる……!
「そ、そうだとしても普通、戸惑うだろ!? 何でそんなに躊躇しないんだ!? これがさっき殺せないとか言っていた奴の動きか!?」
「……それは、お前の存在自体がとっくに僕の我慢の限界を超えているからだ……! 命を奪う事はどうしても出来そうにないけど……、何をやっても死なないのだったら、お前がどうなろうと知った事じゃない……!」
さっきから汚い手を散々使ってくれた男だ。殺したいと思う程に腹立たしい目の前の海賊に対して、どうして僕が躊躇しなければならないんだか……。本当に僕の事を舐め腐っているみたいだ……!
「そのままくたばれっ! どうせ死ぬんだ、せめて僕の手に掛かって昏倒しろっ! 散々好き勝手にやりやがって……この屑がっ!!」
「がっ! くそっ! 雑魚の癖に……! この俺が、こんなっ……!」
僕の猛攻に堪らず距離を置くジェイク。僕は深追いせずに、冷たい目で海賊を見据える……。
「……やってくれるじゃねえか。テメエのせいで、この俺のプライドもズタズタだ……。こんな雑魚に手こずるなんて事実……、断じて認める訳にはいかねえ……!!」
義手の方の手に魔力素粒子が集中していくのがわかる……。詠唱からして……多分『溶岩灼熱魔法』だろう。何となく聞き覚えがある……。
「……コイツで終わりだ。テメエは骨も残さねえ……。消し炭となってこの世から消え失せやがれっ!……『溶岩灼熱魔法』!!」
先程と同じく巨大な炎の塊が創り出され、僕を燃やし尽くすべく迫ってくる……。その火球の後ろでジェイクが自らの剣に魔法を施している様子が窺えた。恐らくは避けたところを『火炎斬』とやらで止めを刺そうって寸法か。
熱気をまき散らしながら迫りくる炎の球体を前に、僕は何故か自分が酷く冷静になっていくのがわかった……。
(……これはさっきの事が切欠なのかな? いや、もしかしたら、これが僕の……。どちらにせよ、対処できそうだ。問題ない……)
僕には目の前の状況を打破する手段がある。どういう効果があるのかは、何故か理解している。戦闘の中で、電球が閃くかの如く……、元から使えた技を扱うかのように……。僕はミスリルソードを握り締めると、その能力の効果を発動させて、巨大な火球を真っ二つに斬り裂いた。
「…………はっ!? ななななな、何だとっ!? 俺の『溶岩灼熱魔法』を……斬り裂いただとっ!?」
「……終わりだ、苦痛と共に昏倒しろ」
まさかの事態に驚愕しつつも魔法剣を繰り出そうとしている海賊に合わせるように、僕は能力の効果を付与した剣を突き出し、掛け声とともに一閃する。
「がはっ!! ま、まさか……、こんな、ことが……!!」
「……『零公魔断剣』」
……如何なる魔法の効果も零にして切り裂き、雲散霧消させる剣技。いつか、敵の『闇網呪法』を斬り裂いた時も、最初はシェリルの掛けてくれた『魔力付与魔法』のお陰かと思っていたけど……、もしかしたら僕のこの能力の片鱗だったのかもしれない……。
僕の剣閃をまともに浴びて、本来なら致命傷を与えられた海賊ジェイクは苦悶の表情を浮かべ血反吐を吐きつつ、そのまま昏倒していった。
「……おおよそはレイアの千里眼魔法で見て、負ける筈はないと確信していたが……、どうやら想像以上だったようだな……」
そんなガーディアスさんの言葉に振り返ってみると、ユイリもその腕の中で僕の姿を見てホッとしているようだった。何はともあれ……、これで全てが終わったんだ……。
僕は全身を襲ってくる疲労に耐え切れず、膝をついて剣を杖代わりに突きさしていた。
「コ、コウッ!?」
弾かれたように僕を支えようとやって来るレイアの気配を感じつつも、猛烈な眠気が襲ってきた。身体を限界以上まで酷使した事で、多分休息を欲しているんだろう。張り詰めていた緊張も解け、僕はもうその眠気に抗う事が出来そうになかった。
「コウッ! しっかりしろっ! だ、誰か……! 回復薬を……! この部屋のせいで、『収納魔法』が使えないんだ……!」
……大丈夫だよ、レイア。少し、眠るだけ、だから……。眠気に支配されつつある中で、慌てているレイアの温もりを感じつつ、そう心の中で呼び掛ける。
ここには僕の頼れる仲間達しかいない……、安心して、任せる事が出来る……。そんな思いとともに、僕は完全に残っていた意識を手放すのであった……。




