第44話:大公令嬢誘拐事件
お待たせ致しました。
第44話、投稿致します。
第一章における、最後のイベントとなります。
「どうしたのかしらっ!? 私はまだ本気で動いている訳じゃないのよっ!」
「……くっ、早いっ!」
僕は彼女が疾走する姿を目で追おうするも、ユイリを殆ど捉える事が出来ず、ただぼやけて線が走る様にしか見えない。自分も掛けていた重力を解除しているのにも関わらず、それでもユイリに追いすがる事は出来ない事実を受け入れつつ、僕は必死に彼女の動きを追う。
「っ!」
「やるじゃない、これで終わりだと思ったのにっ!」
咄嗟に僕はユイリの持つ2本の小太刀をミスリルソードで受け止める。何とか反応できたのは奇跡といっていいかもしれない。何とか押し返すと、ユイリはヒラリと距離をとり、再び僕と対峙する。
NAME:ユイリ・シラユキ
AGE :21
HAIR:紺色に近い黒
EYE :パープルブラック
RACE:ヒューマン
Rank:112
身長 :164.5
体重 :47.0
JB:レンジャー
JB Lv:35
JB変更可能:薬士 Lv20(MAX)
調合士 Lv30(MAX)
ローグ Lv30(MAX)
くノ一 Lv50(MAX)
HP:204
MP:123
状態:危険察知、気配察知
耐性:拷問耐性、毒耐性、盲目耐性、混乱耐性、恐怖耐性、暴走耐性、幻覚耐性、魅了耐性、睡眠耐性、ストレス耐性
力 :86
敏捷性 :202
身の守り:89
賢さ :177
魔力 :100
運のよさ:65
魅力 :151
……改めて見てみても、凄い敏捷性だ。何度目かわからないユイリとの模擬戦ではあったが、やっぱり彼女の速さは群を抜いている。流石に開始直後にやられるという事はなくなってきたものの……、それでも毎回のように翻弄されてしまう事に変わりはなかった。
(今のを受け止められたのだって、事前に『評定判断魔法』を掛けていたからだし……。僕も大分素早く動けるようになってきたのになぁ……)
『評定判断魔法』を掛けておけば、その効力が切れるまでは名前等の表示は継続される。それによって、自分から一定の位置にいれば何処にいるかは大体把握できるようになる為、不意打ちは避けれるようになるのだ。尤も、彼女のように速すぎる場合は、一テンポ遅れて知らされる為、どうしても反応が遅れざるを得ないが……。
「大分、私の攻撃に対応できるようになってきたわね。なら……これはどうかしら?『春霞』……!」
「!?これは……」
次の瞬間、ユイリの姿が段々とぼやけてくる。煙幕のようなものが辺りを包み……、視界が悪くなってきた。
「……シルフッ! 頼むっ!」
(……わかったよ、コウ。ぼくのかぜで……!)
僕は直ちにシルフに命じ、この一帯に立ち込めた煙幕を風で払いのけて貰う。すぐさま霞は取り払われ……、ユイリの姿が露わになる。
「そこだっ! 疾風突きっ!」
その隙を逃さずに自身の最高速度でもって彼女のところに突進し……、剣を突き付けるものの、
「!? な、なんだ!? 手ごたえが……」
まるで実体ではないかのように、ユイリの姿が揺蕩っていた。ミスリルソードを前にしても何ら動揺する気配も見せず……、これではまるで……!
「ま、まさか、これは……っ!」
ピピッという無機質な音が自分の脳裏に響くとともに、すぐさま彼女の居場所を評定判断魔法が示してくれるも、その方向よりユイリの声が伝わる。
「……『蜃気楼』。貴方の言うところの『残像』かしら?」
「っ!? ユ、ユイリ……ッ!」
悪寒を感じ、振り返ろうとした僕の背に彼女の持つ武器が突き付けられる。……こうなってしまってはもうどうにもならない……。負け……だ、僕の……。
「ッ……! ああっ、もう……っ! また負けたっ! いつになったらユイリに勝てるんだっ!?」
「フフッ、そう簡単に勝たれたら私の立つ瀬がないじゃない。まぁ、私と同じくらいの速さを身に付けたらわからないけれど……」
「……それ言ったら、既に何度かコイツに一本取られる俺は何だって話になんだかな……」
ユイリの軽口に、審判を務めていたレンがそう呟くのが聞こえる。何処か釈然としないような様子のレンに、
「まあまあ、レン……。僕が君から一本取れるのは敏捷性によるものだからさ」
「それで納得できる程簡単な話じゃねえんだよ。あのな? 俺は仮にもAランクのクランに身を置いていたんだぜ? 中には俺よりも遥かにすばしっこい魔物とだって戦ったさ。それでも、俺はそんな奴らに後れを取った事はねえ。そうじゃなければ、命を落とすのは俺だからな」
レンはじろっと僕を見つつ、溜息と共に話を続ける……。
「それが今や戦い始めて数ヶ月の奴に後れを取る様になっちまうなんてな……。俺もヤキが回ったもんだぜ……。ま、相手が勇者様っつうんじゃ仕方ねえと思うしかないのかねぇ……」
「おいおい……、そんなに拗ねないでくれよ、レン……。本気を出した君に勝てると思う程、僕も自惚れてはいないつもりだよ。一本取るのだって『重力魔法』を使わないとどうにもならないし……、今じゃ魔法だって唱えさせてくれないしさ……」
そう……、今ではレンと模擬戦しても魔法どころか、行動自体あまりさせて貰えないのだ。最初は僕の成長を促すべく、程よく模擬戦に付き合ってくれていたのだが、そこそこまともに戦えるようになった今となっては、レンも僕に負けたくないと思い始めたらしく、畳みかけるように攻めてくる彼に全く勝てなくなってしまっていた。
「そんな事を言うのなら貴方もアルフィーのように『重力魔法』を掛けて貰ったらいいんじゃない?あれ、敏捷性を上げるには確かに効果があると思うわよ?コウだってこんな短期間に成長したのだから……」
「ケッ、俺は今のままでいいんだよ……。あんな風にろくに動けなくなるような状態でいるなんて耐えらんねえよ……」
僕が自分に掛けているよりも軽めの『重力魔法』をその身に受けながら、イレーナさんや此方に来ていた冒険者ギルド所属のジーニス達と鍛錬をしていたアルフィーがレンに言われて反応し、
「レンさん、素早くなって悪くなる事はないですよ! 師匠の魔法、程よく調整も出来るようですし……」
「アルフィー……、その師匠っていうの、何とかならない……?」
……あの日、アルフィーと初めて模擬戦をした時より、何故か彼から師匠と呼ばれる様になっていた僕。何処かむず痒い感じがして、何度も止めるように言っているのだけど……、アルフィーは一向に改める様子は無い。彼との模擬戦では勝ちはしたものの、思った以上にアルフィーは強く、決して楽勝だった訳では無い。むしろ、『重力魔法』を駆使して戦ったので大人げないと言われても仕方がないと思っていたのだが、その『重力魔法』を自身に掛けている事を知ったアルフィーが是非自分にもして欲しいといったのが切欠だったかもしれないが……。
「そう言われても……、師匠は師匠ですから。それとも勇者様と呼ばれた方が嬉しいですか?」
「それはやめてくれ。……コウさん、でいいだろ? 最初はアンタとか言っていた訳だし……」
「あ、あれは自分も頭に血が上っていたからであって……。い、いいじゃないですか、実際に自分は師匠に師事している訳ですしっ!」
彼はそのように答えて僕をキラキラとした目で見つめる。色々あったけれど……、今ではすっかり落ち着いたようだ。それを見て僕も少し安心しつつ、アルフィーに訊ねる。
「……まあいいよ。それより話は変わるけれど、ジェシカちゃんは元気?」
「……ええ、今ではすっかり昔のように笑ってくれるようになりました。師匠や聖女様、それに王家の方達のお陰です……」
ジェシカちゃんの件もレイファニー王女が上手くトウヤを言い聞かせた事もあって、一応の決着を見せていた。終始、ジェシカちゃんに固執していたトウヤだったようだが、彼女への洗脳に近い所業や眠らせた隙にヤっていた事も全て知られ、今までの暴挙も含めてこのまま同じような事をするつもりならば、たとえ誰であろうと許す訳にはいかないと毅然とした態度で接し……、紆余曲折を経て、このような事はしないと誓わせたようだ。
王宮の方できちんと対応してくれた事を見届けたマイクさんやアルフィーも納得してくれ、いつか僕が先日の誓いを果たしてくれるという事も信じてくれている事もあり、今まで以上にストレンベルクに忠誠を誓ってくれた。
「……あの時はジェシカとの事を許してくれた義父さんでしたけど……、今じゃすっかり元通りっていうか……。まぁ、別れろとか言われる訳じゃないんですけどね……」
「それはマイクさんとしては、大事な一人娘をとられた感じがして面白くはないんじゃないかな?大丈夫だよ、マイクさんはもう、君以外にジェシカちゃんを渡そうとする気持ちはない筈だから」
だから……、彼の事を僕に託したんだと思うし……。この国でもトップクランであった『獅子の黎明』より引き抜いたくらいだ。クランの現団長であるというシーザーさんはアルフィーを出す事に中々了承してくれなかったようだけれど……、そこは元団長であったレンが自分もアルフィーを気にかけ見ていくという事で、漸く納得してくれたらしい。
上手く収まってくれて良かったと僕はそう実感していると、ふわりと優しく愛しい気配を感じ……、
「お疲れ様です、コウ様、ユイリも……。少し休憩なさっては如何です?」
「シェリル……、そうだね、次はレンにリベンジをと思っていたけれど……、ちょっと一息入れる事にするよ」
「ん?もうへばったか? そんなんじゃ本気の俺から一本取るなんて夢のまた夢だぜ? 何時までもシェリルさんの前でかっこわりいところを見せたくはねえだろ?」
シェリルが持ってきてくれたタオルを受け取り、その提案に従おうとする僕に、レンが茶々を入れてきた。だけど、そんな言葉に反応する訳にはいかない。
「レンの挑発は聞き飽きたよ。それに……、本当にレンに勝ちたいと思うなら万全の状態でないと無理だろうからね」
「……へっ、分かってきたみたいじゃねえか。こう言えば意地でも突っかかってくるかと思ったが……、思いのほか状況を理解してやがる。……俺としてはあんまり面白くねえけどよ?」
やれやれといった風にジェスチャーをするレン。
「大体ね……、レンが女性の事をだしに挑発してきても説得力がないんだよ。先日だってあんな分かりやすい事があったというのに……」
「……それは、確かに」
普段、レンに対し憧れを持っているアルフィーも僕の言葉に同意してくれる。
「ああ? 何を言って……」
「……グランとオリビアさんの結婚式に参列した際、君は誰と一緒にいた?」
「シーザーさんとセシルさんも流石に苦笑いされてましたよ……。話には聞いてましたけど……、レンさん、本当に分からないんですか?」
トウヤは……、今この国にはいない。同盟国よりストレンベルクに正式な救援要請があったという事で、『勇者』として国の主だった騎士団とともに遠征に向かっているのだ。そして、彼がいない間に今まで挙げられていなかった大公家の結婚式を行う運びとなって、先日参列してきたのだけど……。
「わかるも何も……、一体何を言ってんだ?俺はいつも通り……」
「『サーシャ』さんと居たんだよね?いつも通りに、さ……。グランからの招待状には……君達二人でとなっていたんだよね?」
恐らくはグランもこの機にレンとサーシャさんの進展をと考えていたんだろうけど、残念ながらこの男にその気遣いはわからなかったようだ。
サーシャさんの立場ならば、同じ貴族であり面識のあるオリビアさんやストレンベルクの貴族の筆頭でもあるアレクシア家より個々に招待が送られる筈……。それにも関わらずにレンと一緒にという形で届いた招待状に拒否する事なく参列した意味を……、レンの奴は……。
「……だから、何が言いたいんだ? 別に可笑しな事じゃねえだろうが。アイツと一緒に行くのは初めてって訳じゃねえんだぞ……」
「……本当にわかってないんですね。俺はてっきり、ワザとなのかと思いましたけど……。だから、シーザーさんも何も言わないのか……」
「あの人には何時も世話になってるから、俺達も応援してるんだけどな……。当の本人がこれじゃ……」
アルフィーもジェシカちゃんと一緒に王宮の饗宴の一員として式に参列し、その時の事を思い出しているようだ。実際、そこで初めて僕はアルフィーをクランに迎え、レンの後輩でもあったシーザーと挨拶を交わしたりもしたんだけど……、今は取り合えずおいておく。この場に居るジーニス達から見ても、サーシャさんの想いには気付いているというのに……。まぁ要するに、何が言いたいのかというと……、
「「「「「「にぶちん(鈍感)……」」」」」」
「お、お前らなぁ……!」
溜息交じりに僕をはじめ、アルフィーにユイリ、イレーナさんにジーニス達が一様にそう評価を下し、シェリルとフォルナがそれに苦笑する。それを不満に思ったレンが反応して……、というそんな何時ものやり取りを中断するかのように顔見知りが修練場へと顔を出した。何やら急いでいるみたいだけど……。
「ここにいたかっ! レンッ、それにコウも……っ! 大変な事が起こったぜっ!」
「……なんだよ、ヒョウ。邪魔すんなよ……。一度コイツらにはしっかりとわからせる必要が……」
「そんな事言ってる場合じゃねえ! ユイリさん……だけじゃねえな、取り敢えず皆来てくれ! 本当にヤバい事が起こったんだ!」
確か昇進してストレンベルクの百人隊長になったというヒョウさんに対し、ユイリが、
「……落ち着いて下さい、ヒョウ殿。何が起こったのです?」
「他国で暴れているっつう魔族に加え、トラブルメーカーもストレンベルクにはいないんだぜ? これでどんな大変な事が起こるっていうんだよ?」
「……他国を遊説、鼓舞してまわり、まもなく帰国予定だった大公令嬢……、あの歌姫ソフィ様の乗った船が海賊共に拿捕されたっ! そのまま彼女も拉致され……、解放に関する条件の連絡がきたって話だっ!」
それを聞いて、ユイリもレンも表情を変える。……大公令嬢ソフィ、聞いた事があるな。確か、この国の大公家は2つあって……、ひとつはアレクシア家の『グランデューク』、そしてもうひとつがメディッツ家が戴く『グランダッチェス』……。この前カードダスを引いて、3枚の当たりカードの内の一枚が確か彼女のカードだったか……。ストレンベルクの外交を担っているだけでなく、絶大な人気と影響力を誇る歌姫としても名を馳せている……って聞いた事があったような気も……。
「そいつはどういう事だっ!? 歌姫には選りすぐりの騎士団も付いていた筈だろ!? ヒョウ、詳しく話せっ!!」
「だから……、そいつを話し合う為にもこうして呼びに来てんだよっ! いいから来てくれっ、早くっ!!」
……何やら鬼気迫った事が起こっているらしい。僕は緩めていた気を引き締めると、シェリル達と共にヒョウさんに付いて行くのだった……。
「一面見渡す限りの海景色……ってね、いい加減飽き飽きしてきたんだが……」
ポツリとボヤいたところで何も変わる訳でもないけどな、と独りごちつつ俺は大海原を眺める。全く……、勇者ともあろう俺が何でこんなところにいるんだか……。
「ま、勇者だから駆り出された……とも言えるがな」
思わず溜息を洩らしつつ、俺は先日の王族を交えた会合を思い出す……。
『オレを……追放?』
『……ええ、このままトウヤ様が暴挙を繰り返されるおつもりならば、それも止む無しと判断する事となるでしょう』
突如、王族から直に話があると呼び出されてみれば……、レイファニーからまさかの言葉を聞かされ唖然とする。
……一体、何言ってんだ……?勇者に助けを請う為に、この世界に呼んだんだろ……?その勇者を追放するって……、正気なのか……?
『え、えーと、何を言ってるんです? 意味がわからないんですが……』
『……トウヤ殿、貴方がこの国の民に様々な暴挙を加えているのはわかっております。誤魔化されても無駄ですぞ』
大臣と名乗る男がオレの逃げ道を封じるようにそう告げる。
『……侍女として働く者を無理矢理手篭めにしたり、禁呪である魅了の能力を駆使したりと……。先日は商人ギルド長の娘にまで手を出されたそうではないか?ヒュプノブレスレットを使って心まで縛ろうとしたとも聞いております。……因みに全て証拠は掴んでおります、言い逃れは出来ませんぞ?』
『……仮にそれが本当だとしてもです。オレは……勇者だ。この国……いや、この世界を救う唯一の存在であるオレには許されるのではありませんか? 勇者である前に……、オレは一人の人間です。勇者として活動するにも、万全の状態でいつ何があっても対応できるようにしていく義務があると……オレはそう思っていたんですがね』
『では……、トウヤ殿、貴方は自分の行動が全て必要な事だった……。そう仰られるのですか?』
眼鏡をかけた白髪の女が問いただす様にそう伝えてくる。コイツは確か、いけ好かない宰相だったか。
『ええ、オレにとっては全て必要な事でした』
『……まだ15歳にも満たない少女を眠らせて、その体を奪うのも必要な事だったと、そう仰るのですか? 何故、そんな事をしたんです?ご自分でも拙いと思ったから、眠らせてその隙にと考えられたのではないですか?……もし仮に本当にその少女の事が必要だと仰るならば、貴方がすべき事は他にあったと思いますが?』
オレの言葉を被せるように、そう言ってくる宰相。クソ、この女……!王女や王様の前でなんて事を言いやがる……!
『……因みに、少女に手を出した事や、無理矢理女性をモノにしようとする行為……、魅了の能力も使用したり等、全てこのストレンベルクでは罪となります。……貴方のした事は、法に照らし合わせれば極刑になるものなのですよ?』
『だ、だが、オレは無理矢理ヤった訳じゃ……! そ、そうだ! ジェシカはオレと一緒になりたいって言っていたし、同意の上で……』
『……トウヤ殿は先程、私の話した内容を聞いておられなかったのですかな?それはヒュプノブレスレットという魔法工芸品を用いて心を縛った上での事だと話した筈なのですがね……』
大臣はオレが使用したブレスレットを手にしながら、此方を冷たい目で見てくる……。いや、大臣だけじゃない、王女は勿論、王や王妃もオレを何処か冷めた目で見ているような……!
『お、おい、本当にオレを追放する気なのか!? 勇者の力が無くなって困るのはアンタ達なんじゃないのか!?』
『……確かに私どもは勇者様を必要としております。この世界の危機を救えるのは……勇者様だけですから』
『そ、そうだろ!? なら……』
『ですが……、それならばまた勇者様を異世界よりお呼びすればいいだけの事です。次はそのような暴挙を起こす事のないような勇者様を……。トウヤ殿もご存知の通り、私は勇者様をお導きする姫巫女でもありますから』
……拙いな。王女がここまで言う以上、冗談ではないようだ。このままでは、オレの目的だったレイファニーを得られないばかりか、この国を追放され……、下手すると代わりとばかりに新たな勇者を呼ばれる事にもなりかねない。
いくらオレが『神々の調整取引』の能力を持ち、既に絶大な力を得ているといっても……、新たにやって来た奴がオレより弱いとは限らない。オレの魂の修練値では到底習得する事がかなわない奪取系の能力でも持っていたりしたら……、オレの優位性は一気に損なわれる。そうなってしまえば……、オレは……!
『……わかりました。少し、勇者としての責務を思い違いしていたようです。今後はこのような事がないよう、心に留めておきましょう』
正直、ジェシカを諦めるのは納得できない。彼女のカラダは本当に素晴らしく、またすぐにでもエッチしたいと思っていたのだ。だが、あの魔道具も外され、王女たちにも知られてしまった今となっては……、一旦引き下がるしかない。
……万が一にも、オレは今死ぬ訳にはいかないのだ。いくら危険察知の能力があるとはいえ万全ではないし、わざわざ新たな勇者を呼ばせて脅威を作る事も無い。
『勇者としての力も、王女や王様……、この国の人々の為に使うと約束致します。ですので……、ひとつお願いを聞いては頂けないでしょうか……?』
『……何でしょう? そのお願いというものを聞いてみなければ何とも言えませんが……』
『王女様におかれましては、是非オレの妻となって頂きたい。そうすれば、オレも一層この国の為……、いえ、この世界の為に力を尽くせましょう……』
初志貫徹、まずはレイファニーを自分のものとする。そして彼女をオレに夢中にさせた後に、王女から数々の禁止事項を撤廃させるようにすれば……、そうすれば今まで通りとなり、今度は邪魔者もいない……。そうほくそ笑んでいたのだが、
『……以前にもお話したかと思いますが、私はこの身を世界の為に捧げております。勇者様にお仕えしサポートするのも全てはこのファーレルの為……。誰かの妻になど、今の私がなれる筈が御座いませんわ』
『何故です? 勇者と結婚するというのであれば、その役目も果たす事ができるでしょう?』
『……先程も申しました通り、まだトウヤ殿が勇者の責務を果たされる前に、新たな勇者様をお呼びする事となるかもしれません。少なくとも、この世界の危機を払うまでは、私はどなたとも結婚するつもりはありませんわ』
……そのように言われてしまってはどうにもならない。これ以上話を続けて、新たな勇者を呼ぶ事となり、自分が追放されてはかなわない。流石に今、この国に反旗を翻して、レイファニーを攫うとしても……、数えきれないほどのリスクもある。ここは大人しく従っておくしかないか。
『わかりました。では、世界を救った暁には、お約束頂けますか?それならば、何も問題はないでしょう?』
『……先の事はわからないのでこの場ではお約束致しかねますわ。そうですね……、トウヤ殿が世界を救い、それでもまた同じ事を仰って頂けるのでしたら……、その時はお話をお受け致しましょう』
……よし、とりあえず言質はとった。オレは今の会話を『映像録画魔法』で録画録音する。そうすれば、然るべき時に持ち出す事が出来る筈だ。オレはそう考え、これでこの場の会合は終わったかと思っていたのだが……、その場でまさか遠征に帯同して勇者の責務を果たすよう言われた事は完全に予想外であった。たった今この場で約束した手前、断ることも出来ず……、あれよかれよという内に、オレは魔族の襲撃が激しい同盟国へ救援に向かう事となってしまったのである……。
「……ったく、どうしてオレが海を渡ってまで救援に行かなきゃならないんだか……」
おまけに奴隷も殆ど連れてくる事が出来ず……、帯同させるのを許されたのは、
「……ご主人様、どうしたの? 気分でも悪くなった?」
「いや? 別になんともないさ。……同じ景色で飽きてきただけだ」
唯一奴隷で連れてこれたのは、戦闘もこなせる竜人族のエリスだけだ。そんなエリスを抱き寄せると、
(エリスだけを抱き続けたら飽きちまうよなぁ……。ああ、この場にはリーチェも来ているし、アイツにも相手をさせるか……。ジャンヌともエッチ出来たら最高だが……、流石にそれは無理か)
この遠征に帯同しているのは、ライオネル以下、騎士団の連中に加え、オレの補佐役であるベアトリーチェに、聖女のジャンヌも一緒だ。ただ……、ジャンヌには教国とやらから派遣されたという聖女の騎士が付き……、ほぼずっとその男が傍に控えていた。この男がまた一筋縄ではいかず……、攻撃力はさほどでもないが、こと防御に関してはオレの力を持ってしても打ち破れないくらいの鉄壁の能力か特性を秘めているようで……、正直あまり事を構えたくはない。
ベアトリーチェの奴はこんな時に限ってオレから離れていて近くにはいない。何時もはオレを監視するように見張っている癖に……、本当に気の利かない奴だ。今回の件も、アイツが全部証拠も纏めて王女たちに提出したんじゃないのか……?そんな疑念を抱く程、オレはイライラしていた。
「……まあいい、後でその体に聞いてやる。絶対『くっ……ころっ』って鳴かせてやるぜ……っ」
「ご主人様?何か、言った?」
何でもねえよとばかりにエリスに答えると、何やら船の前方より叫び声が聴こえてくる。
「…………何だ?」
「モ、モンスターが襲ってきたっ!そ、それも、伝説級の化け物が……っ!!」
転がり込むようにオレのところまでやって来るその騎士を一瞥すると、この場を離れていたリーチェやライオネルも声を聞きつけてやって来る。
「一体、何事なのっ!?」
「知らねえよ、コイツに聞けよ……」
「ク、ククッ、クラーケンがっ!! 海の悪魔とも言われるクラーケンが……っ! いきなり船の前方に……っ!!」
「ク、クラーケンだとっ!? あの伝説のクラーケンが現れたというのかっ!?」
クラーケンねえ……。クラーケンって言うと、あの大王イカをさらに巨大化させたみたいなファンタジーの世界に出てくるあのクラーケンか……?
「も、もうそこまで来ていますっ! 数多くの魔物たちを引き連れながら……っ! あんなの……どう相手にすればいいのか……っ!」
「泣き言を言うなっ! 我々は誇り高き、ストレンベルクの騎士なのだぞっ! 例え何であろうと、退く訳にはゆかんっ!」
「……回避できないのなら、戦うしかないわね……。だけど……」
「…………オレがやる」
纏まらないライオネル達を遮り、オレがそう呟く。そして、悠然とそのクラーケンのいるらしい前方へと歩いていくと、エリスがオレの傍に控えた。
「ち、ちょっと!? 貴方、何も考えずに前に出ないで……っ」
「あのまま聞いてたって何も変わらないだろうが……。ちょっと出て、そのイカ公をぶっ潰してくる。……ああ、その後はオレに付き合えよ、リーチェ……。お前には聞きたい事もあるからよ……」
リーチェに対しそのように伝え、船の甲板のところまで出ると、確かに馬鹿でかいイカの化け物が海の魔物を引き連れてオレ達に襲い掛かろうとしているのが見える。
「フン……、どんな化け物だろうとオレの力の前には無力さ……。喧嘩を売ってきた事を後悔するがいい……、このイカ公が……っ!」
あの竜王バハムートを蹴散らした時と同じ魔法……『核魔法』を放つべく、オレは魔力を集中させていった……!
……事態は私の想像以上に悪くなっているみたいね。緊急で開かれた会合の席にはオクレイマン王やレディシア王妃といった王族方はもとより、フローリア宰相やアルバッハ大臣といった錚々たる顔ぶれが揃っているという事からも、事態の深刻さが伺える。
「……これがソフィ大公令嬢に付いていた騎士の一人から送られてきた能力、『最期の刻』の内容です……」
……自らの身に起こった死に際の出来事を第三者に伝える能力、『最期の刻』……。それがレイファニー王女によって明らかにされる……。
歌姫としての慰労かつ、外務担当としての公的行事より帰国の途につこうとしていた大公令嬢の船が突如、大量の魔物集団に襲われた。気付いた時には最早、回避する事も出来ず、護衛の騎士たちが対処に当たっていると、何処から侵入したのか隠蔽していた賊が大公令嬢を捕らえ……そのまま人質にしてしまう。同時に隠密化されていた海賊船が姿を現し……後はもう酷い状況だった……。騎士たちは手出しが出来なくなり、魔物や海賊にやられ、ソフィのお付きの者たちも皆海賊の手に落ちていく……。そんな内容が『最期の刻』には残されていたのだ……。
「……ソフィ嬢が海賊共の手に落ち、そのまま拉致されたという事はわかった。それで……、奴らは彼女の解放に対しどんな要求をしてきおったのだ? その趣旨の連絡もあったと聞いたが……」
「…………それが」
「……私から説明しましょう。海賊たちがソフィ嬢の解放の条件に求めてきたのは……レイファニー王女です。身代金の類は一切求める事なく……」
「バ、バカな……っ!? そんな条件、呑める筈が……っ! 奴らは一体何を考えているのだ!?」
同じくこの会合に詰めていた大賢者ユーディス様の問い掛けに対し、王女殿下の代わりにフローリア宰相が答える。それを聞いた大臣が驚きを隠せずそう口にしたが……、まさしく海賊たちは……。
「奴らはまともに交渉するつもりがなく……、ソフィ嬢を解放するつもりもないという事か?」
「……これは、先日我々と契約した者たちから届けられた『映像再生魔法』による映像です」
確認するようにオクレイマン王が問い掛けると、フローリア様がそっとある映像を流す。恐らくはニック達より送られたものと思われるが、その内容は……!
「な、なんなんだ、これは……!」
「……現状、全ての闇組織、裏の者達に流されているそうです。これが、彼らの『答え』なのでしょう……」
……そこには、目隠しをされ、布で猿轡を噛まされた女性が、寝台に四肢を大の字に固定された状態で拘束された様が映し出されていた。着衣は若干着崩され、見る者を煽るような恰好となり、その画像の下にはカウントダウンと思われる数字と、あるメッセージが施されている……。
『某国の歌姫令嬢の初めてをオークションに掛ける。我こそはと思う者は挙って参加せよ。期限はこのカウントダウンが終了するまで……。こんな機会はもう二度と起こらない。是非、この歌姫をベッドの下で存分に鳴かせてみたまえ……!』
そんな煽り文句と共に、既に多数の入札が現在進行形で入っていた。その金額は既に大金貨にして200枚を超えており……、中には性奴隷として大金貨2000枚で購入したいといった趣旨の申し出まである。
……目隠しされているものの、彼女が本物である証拠も一緒に公開されていた。この艶姿の女性は間違いなく、ソフィ本人だ。目隠し越しに流れ続ける涙が、その痛ましさを一層感じさせるものとなっている……。
「おのれ、海賊共め……! 我が国の至宝とされる彼女になんという事を……っ!」
「……一刻も早く彼女を助け出さないと……。フローリア宰相、奴らは王女殿下と引き換えにと要求を出しているのでしたね? 無論、それを呑むつもりはありませんが、海賊達は何処でその受け渡しを求めているのですか?」
憤るアルバッハ大臣を余所に、参列していたグランがそう訊ねる。すると、フローリア宰相は画像を切り替え、表示された地図の一角を示し、
「……ストレンベルクとメイルフィードの境にある海岸を指定してきてますね。既にその付近に件の海賊船が停泊しているようです。王城からは大分離れたところにありますから、向かう時間を考えてもあまり猶予はありません」
「それも……、奴らの目的なんでしょうな。取引自体を成立させるつもりはない……と。『取引に応じなければ、預かっている歌姫の身は保証できない。貴国の至宝とも言われる彼女のあまりに変わり果てた姿を見て、後悔する事となるだろう……』などと……、好き放題抜かしよる……!」
……大臣の言うように、海賊たちは取引が成立するとは思っていないのだろう。そもそも要求する内容がまずおかしい。いくらソフィが国にとって重要な人物であったとしても……、代わりに王女を要求するなんて有り得ない。そんな事を求めたところで、取引が成立する筈がないのだから。……唯でさえ、闇の勢力に多額の身代金を払う事自体、歓迎できる事ではないというのに……。奴らは……一体何を考えているの……?
「……取引を成立させるさせないに関わらず……、ソフィ嬢が人質に取られている以上、私が出て行かない事には始まらないでしょうね……」
「レイファ! 貴女……っ!」
「落ち着くのだ、レディシア……! お前の気持ちはわかるが、このまま取引を破談にさせる訳にはゆかぬ。レイファがいなければ、奴らはそのまま交渉を打ち切るだろう。そうなれば……、ソフィ嬢がどうなるかは目に見えておる」
そう言って王妃を諫めるオクレイマン王……。そして王女殿下がこのように話す以上、どう行動するかはもう決めているようだ……。
「交渉の場にはグラン、貴方と飛翔部隊の方達に加え……、部下の騎士たちも連れてきて下さい。私も一緒に同行しますが……、それはあくまで時間稼ぎです。その隙をつき……、敵の本拠地を叩いてソフィ嬢を救出して下さい。その役目は……ユイリ、貴女にお願いしたいのですが……」
「……畏まりました。その任務、必ずや遂行してみせます」
「待って下さい、王女殿下……。敵の本拠地といいますが……、それは何処にあるかわかっておられるのですか?」
王女殿下の命に従い、私がそのように返答するや否や、私の隣に座っていたコウがそう口にする。
「ええ……、わかっております。正確には、ソフィ嬢が監禁されていると思われるおおよその位置、といった方が宜しいかもしれませんが……」
「……どういう事です?」
「お前さんは知らないだろうが……、このストレンベルクが秘匿しておる事のひとつに『国民探知魔法』というものがある。これは、ストレンベルク王国に登録された者の所在地を知る魔法でな……。異空間か魔法の届かない特殊な場所でない限りは、何処にいても探知する事が出来るのだ」
コウの疑問に大賢者様が説明する。そしてレイファニー王女も魔法を発動し、地図上にある目印のようなものが浮かんだ。
「……この島に、恐らくソフィ嬢が囚われている筈です。恐らくというのは現状、彼女の位置が掴めないので、魔法の通じない特殊な場所となっているのでしょう。彼女が海賊たちに捕まってからの動きを追ったので間違いはない筈です。だから、今現在、取引場所で停泊している海賊船には、彼女が乗せられていないのもわかっているのですよ」
「そんな魔法が……。成程、方法はわかりました。ですが、他にも気になる事があります」
「コウ殿……、今は一刻を争う事態です。早くソフィ嬢を助け出さなくては取り返しのつかない事になりかねない……!」
アルバッハ様が窘めるようにコウにそう伝えるも……、彼は静かに首を振り、
「……いいえ、行動を起こす前に幾つかはっきりさせておかなければならない事があります。……この国でも大切な存在であるソフィさんのあのようなお姿を見せられて、皆さんは冷静さに欠いておられます。お気持ちはわかりますが……、一旦落ち着いて下さい。でなければ、彼女を助け出す事はおろか、もっと深刻な事態になってしまうかもしれません……」
「……大臣、ここは彼の気になる点をはっきりさせておきましょう。コウ殿、どうぞ仰ってください。何が気になられているのですか?」
王女殿下が大臣たちをやんわりと抑えるのを見て、コウは話し出す……。
「有難う御座います、王女殿下……。まず初めに、この海賊団は従来よりこのような襲い方をするのですか? 隠蔽魔法についてはわかりますが……、船まであのようにステルス化させて襲来するという……」
「……いえ、偶に商船が海賊に襲われるという事はありましたが……、あのような形で襲うという事は……」
「そうでしょうね……、先程の『最期の刻』というものを見た限りでは、騎士の方々もそれを警戒した様子はありませんでしたし……」
皆が彼の話を聞き入れだすのを確認し、コウは続ける……。
「他にも気になる事があります。この世界では、魔物を使役するという職業もあると伺っていましたが、あれ程大量の魔物を一気に嗾けさせるなんて事は可能なのですか? 僕とシェリルがこのシウスを手懐けた際にも、かなり驚かれた様子でしたけど……」
「……そうですね。『魔獣使い』という職業はありますが……、あれだけのモンスターを一度に使役するというのは……。まして、統率する為の魔道具も装着された様子が見られませんし……」
「……フローリアさん、それならば彼らはどうやって魔物を嗾けたのですか? あれは、とても偶然魔物の群れに遭遇したところを急襲した……という事はありませんよ。その証拠に、海賊たちが姿を現した後も、魔物たちは襲い掛かりませんでしたからね……」
コウの指摘は至極尤もなものであった……。周りが騒めき出し、会合の場が喧騒に包まれつつある中、
「皆、お静かに……! 確かに貴方の言う通りです。あれだけの魔物を嗾けるには……、とても人の力では難しいでしょう。まして、契約魔法の類で操っている訳ではないというのなら尚の事……。彼らは……、魔族と手を組んだのかもしれません。それも、かなり有力な魔族と……!」
レイファニー王女はそのように周りを制すると、その事実を告げる……。隣国、シェリル姫の故郷を滅ぼした時と同様、今回の事件は魔族が絡んでいるかもしれないという事実を……。
「……今、他国を救援する為に、トウヤ殿以下、この国の主だった方々がストレンベルクを離れています。そんな時期に狙いすましたかのように起こった今回の事件、僕には偶然とは思えないのですよ。そして、襲撃に成功し誘拐された令嬢の艶姿を見せつけ、こちらの憤りを煽り冷静さを失わせる……。ならば当然、この後の事も海賊たちは考えているのでしょう……」
「コウ殿、それは……」
王女殿下が先を促す様にしてコウの言葉を待つ。皆、彼の言葉を固唾を呑むように見守っていた。
「……ここからはあくまで僕の想像ですが、海賊たちが求めている王女殿下の身柄……、それは決して交渉を破談にする為だけに提唱している訳ではないのではないか……、という事です。魔族と呼ばれる者たちと手を組んだ彼らがそれを挙げるという事は、そのまま魔族が王女殿下を欲している……。今回の事件において、奴らの真の狙いは……、王女殿下、貴女かもしれない……」
……会合の席の場が静まり返る……。先程と異なり、コウの話を聞いて皆、言葉を発する事が出来ずにいた。
これは、大公令嬢を狙った偶発的なものではなく……、真の目的はレイファニー王女そのものである、という話を、誰も否定する事が出来なかったのだ。……そして、魔族が王女殿下を狙っているという事は、ここにいる国の上層部の方々にとっては周知の事実である。
「魔族が王女殿下をつけ狙う……、何かお心当たりが……?」
「……ええ、もし今回の事件がコウ殿の仰るように私を目的としたものであるのならば……、その魔族に一人だけ心当たりがあります。ストレンベルク国にとって、決して忘れられない魔族……。十二魔戦将が一人、『魔貴公士』ファンディーク……!」
……今から数百年前、先代の勇者様が無事に魔王を封じる事が出来た時代に、その悪夢は起きた。勇者様と彼を召喚した当時の『時紡の姫巫女』だった王女が結ばれて暫く経ったある日、夫婦で国内の見聞に出ていた時に、十二魔戦将ファンディークが急襲したのだ。
魔王が封じられると、その邪力素粒子が弱まり、十二魔戦将に与えられている特別な力も封じられている為に、姿をくらますのが常という見解を覆し、直属の魔族や魔物とともに襲い掛かって来たそれに、護衛の騎士たちは次々と蹴散らされていった……。
同じく魔王を封じ、『界答者』としての加護は失われていたとはいえ、勇者としての力まで失われた訳ではなかった為、徐々に優勢を取り戻していったが……、ファンディークの狙いは王妃であった……。先代様が態勢を立て直される前に二人を分断して、その隙に王妃を攫い上げてしまったのだ。そして……、彼女を抱えたまま行方をくらませてしまう……。
……もしかしたら、あの十二魔戦将は『時紡の姫巫女』の血筋を絶やす事で、新たな勇者を召喚できなくする事が狙いだったかもしれないが……、不幸中の幸いか、既に二人の間には子供が出来ていて……、既に『時紡の姫巫女』としての力も娘に引き継がれていたので、『招待召喚の儀』が行えなくなるという最悪の事態は回避する事が出来た。しかし……、先代勇者様はその生涯をかけて妻である王妃を救い出そうと懸命に手を尽くして捜索したが……、遂に見つけ出す事は叶わなかった……。
そんな因縁の相手である十二魔戦将が……、今回の事件に絡んでいる……!? もしも、そうだとしたら……!
「十二魔戦将……ですか。そういえば先日、セレント殿がいらしていた時に伺いましたね……。確か、魔王が擁する十二体の特別な存在……ということでしたか?」
「……その通りです、コウ殿。ですが、あの者が絡んできているかもしれないとわかったからには対策を……、でも、かといってソフィをこのままにしておく訳にも……!」
……時間が、少なすぎる。でも、早く行動を決めないとソフィが……! だったら、例え罠であろうとも……!
「それでも……、私が敵のアジトに潜入してソフィ嬢を助け出す事に変更はないわ。彼女を助け出せさえすれば……、相手が何を企んでいたって意味が無くなる筈でしょ?」
「……なら、僕も一緒に行っていいかい? 恐らくは相手も色々備えている筈……。君の強さは自分の身をもってわかっているけれど……、流石に一人で行かせるのは凄く抵抗があるから……」
コウ……、でも、貴方……。
「……貴方、自分が何を言っているかわかってるの? この任務、言うまでもないけれど、とても危険なものなのよ? 下手をすれば……生きては帰れないかもしれない……」
「だから言っているのさ。危険だとわかっているところに君を行かせるのは抵抗がある……。こちらの世界にやって来て以来、殆ど一緒にいるんだ。君は僕のお目付け役も兼ねているんだろう? だったら、僕が行っても構わない筈だ。それとも……僕はまだ足手纏いかい?」
そう言って私に付いてこようとするコウ。私を心配してくれているであろう彼の気持ちは嬉しいけれど……。
「コウ……、貴方は確かに強くなったわ。全力の私のスピードにも対応できるようになってきているし、足手纏いにはならないでしょうね。でもね……貴方が来るという事は……」
「……ええ、わたくしも貴方に付いて行きますから」
……コウが行くところに、必ずシェリル姫も一緒に向かわれる事となる。彼女は伝説と云われる『伝承の系統者』であり、その魔法や能力は間違いなく助けにはなるし、条件によってはコウよりも戦えるかもしれない……。けれど、それならば海賊たちと渡り合えるかと言われたら難しいだろう。一人や二人は魔法でなんとかなるだろうが、いずれは捕まってしまう。そうなったら、姫もソフィの二の舞に……。
「シェリル……」
「コウ様がユイリを死なせたくないのと同じように……、わたくしやユイリも貴方を失いたくはないのです。ですから、例え危険だと仰られても、わたくしは貴方の傍に……」
いくら何でも、姫まで危険に晒そうとは思わない筈……。そう思っていた私だったのだけど、
「……わかった、その代わり危ないと判断したら撤退して貰うよ」
「コ、コウッ!? 貴方、一体何を言って……!? 姫を危険に晒すと言うの!?」
まさかのコウの発言に驚愕する私。その真意を聞く為に彼に詰め寄ると、
「……こうなっては何処に居たら安全なのかわからないからね。正直、この王城に留まるというのも危険な気もする。敵が王女殿下を狙っているのだとしたら……、結界を破る手段も得ているのかもしれない……」
「ま、まさか……! 偉大なる神から賜りし結界が破られるなど……っ!?」
同じく会合の席に詰めていた神官長フューレリー殿が戸惑いの声をあげる。この地に魔王が誕生し、その脅威から守る為に神々より授けられた『結界』……。それを破るなんて俄かには想像できないけれど……。
「……絶対とは言えないけれど、起こり得ないなんて考えない方がいいと思う。あらゆる事態を想定して、対処できるようにしておかないと、いざという時に動けなくなっちゃうから……」
「それであれば……、3つに部隊を分けましょう。コウ殿、貴方とシェリル姫、それにレンはユイリに付いて下さい。イレーナやアルフィーさん、貴方達も出来たらユイリ達に付いて貰えればと思います。そして……、私はやはり交渉場に赴きます。罠であったとしても、行かなければソフィが取り返しのつかない事になりますから……」
「……ならば私も交渉の場に向かいましょう……。そして王女殿下、万全を期すためにも、ここは例の人選を活用して下さい。……向こうとの交渉は私がやりますから。海賊たちに悟られないよう、冒険者ギルドに残る実力者にも協力して貰う事にしましょう。後は……、王城に残り、万が一敵が潜入してきた時に備える事としましょう」
例の人選……、王女の影武者を用いるという事ね……。確かに海賊たちには『王女が来ている』という事実がわかればいいのだ。そうすれば、強引に交渉を打ち切るという事は出来ない筈……。フローリア宰相はそう王女殿下を説得し、それぞれの部隊について決定していく。
「……あの、私たちは……?」
「貴方達はコウ殿方と共に『泰然の遺跡』に臨んだのでしたね。それならば、勝手も知っているでしょうし、彼らに同行して貰っても宜しいですか? また、Sクラスのクランである『獅子の黎明』の面々も、幸いにしてストレンベルクに留まっていると聞いているので、王城に詰めていて貰う事にしましょう。それに加えて、ガーディアス隊長やユーディス様もいらっしゃれば不測の事態には備えられると思います……」
こうして、一通り振り分けが済んだ訳だが……、私はどうしても不安が拭えなかった。私とほぼ同じ事が出来る妹がいればと思ったが、あの子は今任務で自称勇者の下に潜入している為、この場にはいない。部下であるイレーナも潜入に関しては光る才能を持ってはいるけれど、まだまだ経験不足……。『最期の刻』でざっと見た感じだと、海賊たちはかなりの修羅場も潜ってきているようで、一筋縄ではいかないだろう事は見て取れた。
それでも、私が一番懸念しているのは……、やはりコウとシェリル様の事だ。
(ソフィをあのような扱いにしている海賊たちが姫を見てどう思うかは言うまでもない事だし……、何よりコウ、貴方は人間相手に戦えるの……?)
魔物を相手にでも、コウは必要以上に戦いたがらないし、まして命を奪う事を極端に避ける傾向がある。私達相手の模擬戦では、確かに戦えるようになってきたものの……、本来戦士ではないコウが命のやり取りをとなった時に果たして対応する事が出来るのか……。
(……私の潜入で上手くソフィを助けられたらそれでいい……。でも、もしも上手くいかなかったら、その時は……)
いえ、そうならないように私が対処しなければいけない……。私は密かに彼を盗み見て、そう決心するのだった……。
「……まさか、あの海の悪魔を一発で撃退するなんてね……。此度の勇者はそれだけ優秀という事なのかな……?」
はるか上空にて、嗾けた魔物たちが悉く倒されていく様子を見ながら、思わずそう呟く。先日、瀕死の重傷を負っていた竜王バハムートに跨っていると、再びあの勇者らしき人物に対し殺気を放とうとするのを感じ、それを窘める。
「今この場で戦り合うつもりはないよ、バハムート……。まぁそうだね……、自分をあんな目に遭わせた者を許せる筈はない、か……」
そうでなければ、この『竜王』を支配下に置くなど出来なかったであろう事実に、若干過小評価しすぎた自分を反省し戒める事にする。
(勇者が強い事はわかっている……。我らが主である魔王様と戦いうる実力者であるのだからな……。しかし、些か力が有り過ぎる……。あんな威力の魔法をまともに喰らえば、唯では済まない……)
もしかすると、自分のやった小細工が『勇者召喚』に影響を与えたかな……、と苦笑する。『時紡の姫巫女』さえ此方で抑えてしまえば、新たな勇者は出現できなくなると踏み、危険を冒してまで決行した拉致作戦だったが……、既に娘がおり、力が継承されていたとは思わなかったし、それによってより強力な勇者が呼び寄せられた等となっては、本末転倒である。
「まして、現在『時紡の姫巫女』となっているレイファニー王女は、『君』の生まれ変わりとも思わせるくらい容姿も似ているし……、本当は『勇者召喚』が行われる前に押さえたかったところだったが……、こうなってしまっては仕方がない。計画ではこのままストレンベルクを急襲するつもりだったけど、それは部下と海賊共に任せるか……」
あの厄介な『結界』も、恐らくは対応できる筈……。『魔族』を封じる神が人間どもに与えし結界も、同じ人間によって破られる事になるなど、想像も出来ないだろう。厄介な聖女もストレンベルクにはいない……。全ては上手くいく……、そう思っていたが予想以上の勇者の実力を目の当たりにし、計画を修正する必要が出てきたとひとりごちる。
「取り敢えずはもう少し勇者たちの方を探るか……。万が一、ストレンベルクの方が失敗しても、今勇者の問題が片付けば脅威となるものもない……。その後で『君』の忘れ形見である彼女を手に入れればいい……。よし、これでいこう」
そう決めると、バハムートにこのまま勇者たちを追うように命じる。今この場で戦えない事に不満がありそうだったが……、状況によっては戦わせると伝えて宥めておく。最も、あれ程の力を持っている者に不用意に仕掛けるつもりはない。
(……さて、忌むべき我らが敵である勇者様の実力、もう少し見せて貰うとしようか……)
そして、魔物の群れを追い払い、再び進み始めた勇者たちの船をそのまま観察したのだった……。
「……ここが海賊たちのアジトか……。本当にあったね……」
それだけ『国民探知魔法』という魔法が正確という事か……。正直、そんな魔法があるのかと半信半疑であったけど、王女殿下の言っていた通りに指摘されていた地点にこうしてアジトがあるとなっては、最早信じるしかない。
登録された時点で位置がわかってしまう事といい、『最期の刻』という能力といい……、この世界で完全犯罪というのは起こらないのだろうなと場違いであるのはわかっているが、思わずそんな独り言をいってしまう。
……敵のアジトを急襲する為に、この場に集まったのはユイリを始め、僕にシェリル、レン、アルフィー、イレーナさん……。そして、冒険者ギルド経由で派遣されたジーニス、フォルナ、ウォートルの9人。……シウスとぴーちゃんを合わせたら9人と2匹か……。
結局、王城ギルドの緊急依頼といった形でやって来る事となった訳だが……。
「何をそんな呑気な事を言ってるのよ、コウ……」
呆れた様子で声を掛けてきたのは、僕のお目付け役であるユイリ。この孤島に来てすぐにイレーナさんと共に偵察に出て、今しがた戻って来たのであろう。
海賊たちのアジトがあるとされた孤島まで来るのには中々骨が折れた。グラン達の飛翔部隊によって、それぞれが一緒に交渉現場までやって来ると、海賊たちに気取られないよう『隠蔽魔法』を掛けたユイリが単独でその孤島に向かい……、シェリルの『合流魔法』によってユイリのところに集まる、といった手法をとったのだが……、些か強行軍だったせいか皆疲労が隠せないようだった。
最も、単身で孤島まで渡ったユイリに比べれば僕たちはまだマシだろうけれど……。
「自然に出来た洞窟に見せているみたいだけど、間違いないわ。ここが奴らの本拠地みたいね」
「見張りはいねえみてえだが……、どうすんだユイリ? やっぱりお前ひとりで潜入すんのか?」
相性の良くない竜に運ばれて、この中では一番疲れている様子のレンがユイリに訊ねる。
「そのつもりだったんだけど……。イレーナ、私に付いて来て貰えるかしら? 潜入にも適性のある貴女だったら大丈夫だと思うし、出来れば経験を積んでもらいたいのよ……。ただ、危険でもあるわ。だから無理にとは言わない……、貴女が決めて。断って貰ってもかまわないから」
「……付いて行きます。あたしはその為にここにやって来たんですから……。できるだけユイリ様の邪魔にならないようにしますが……、もしもの時は見捨てて頂いて構いません」
イレーナさんは迷うことなくそう伝える。……自分達を助けて貰ったと思っている恩義に厚い彼女のその言葉に、ユイリは苦笑しつつも、
「そうならないようにはするけれどね……。有難う、イレーナ……。そういう訳だからレン達はここに待機していて。救出の目途が整ったら『通信魔法』か何かで合図するから、その時は先程の様に姫の『合流魔法』で追ってきて。……くれぐれも勝手に突入しないでね?」
「……わかったよ。そっちこそ本当に気を付けてよ。何かあったら呼んでくれ。その為に僕たちもここに来たんだから」
「……出来れば貴方には王城に残って貰いたかったんだけどね……。大丈夫よ、そんなヘマはしないから」
ユイリはそんな調子で僕に告げると、
「さて……、あまり時間もないし、もう行くわ。……『早替え』」
彼女がそう呟くと、彼女の衣装が光り……、変化する。着ていた士官服が紫を基調とした、俗に言う忍装束へと一瞬で様変わりするのだったが……、ただの忍装束というよりもくノ一の衣装といった風で、何処か色香を漂わせているようなユイリの姿に思わず見とれてしまう。
「……ちょっと、じろじろ見ないで。恥ずかしいんだから……」
「ご、ごめん……。急に衣装が変わったから驚いちゃって……」
「……『早替え』は魔法空間に収納された衣服に瞬時に入れ替えるものなのよ。潜入任務をこなす際は何時もこの恰好だから。……目立たず機敏に動けるようになるし、何より家にずっと伝わっている装束だからね……。恥ずかしいけど我慢して着ているのよ……。まぁ、相手に見られない事が前提だから、そんなに知られる事はないのだけど……」
……おっと、これ以上見とれていたらまたシェリルに何か言われてしまうな。そう思って視線を紛らわせると、ちょうどシェリルが僕を見ていたのがわかった。……なんで女の人ってそんなに視線に敏感なんですかね……。だけど、指摘される前に気付いてよかったな……。なんか小さく溜息をついているみたいだけど、それは気にしないでおこう。
「全くもう……。私は行くからね、イレーナ、付いて来て!」
「わかりました、ユイリ様……!」
そんなやり取りと共に二人の姿がスッと消える。自分たちの姿を隠蔽させ、アジトに潜入していったのだろう。
「コウ様……」
「……ああ。後はユイリ達から連絡が来るのを待とう……」
そっと寄り添ってくるシェリルに、僕はそのように答える。
……ああは言ったけど、あのユイリが不覚を取る事はないとは思う。ここに詰めたのは僕が心配だっただけで、恐らくは彼女一人でも上手くやれた筈だ。だけど、どうしても不安が拭いきれない。
(……ユイリ、本当に無理だけはするなよ……)
そんな一抹の不安を抱きつつも、僕はシェリルや仲間たちと共に思い思いのところで待機しているのだった……。




