第3話 どきどき、するの
それから、ときどき放課後、教室で松田くんに勉強を教わるようになった。
「筒井は、ちょっと要領がわるいだけで、コツをつかめば問題ないだろ」
松田くんは、私の解いた問題を見ながらそう言ってくれた。
その言葉に、何だかちょっぴり救われたような気がして、数学への苦手意識が薄れていきそうな予感がした。
そして、それは数学だけのことじゃなくて……。
だけど、困っていることもあった。
最初の頃より、話せるようになったけれど、私の胸の高鳴りは相変わらず、ちっともおさまってくれないのだ。
今も……。
「そこ、違う」
そう言って、ノートのある箇所を差す松田くんの指先を見て、ドキリとする。
「貸してみろ」
さらに、私が手にしていたシャーペンをほんの少し乱暴に奪い取る。
ふいに、松田くんの手と自分の手があたってそれだけで、胸がぎゅっとなってしまった。
「……ぃ、おい。聞いてんのか、筒井?」
「え、あっ、ご、ごめん」
「調子悪いんか?」
「そ、そんなこと」
「なんか、悩んでんのか?」
挙動不審な私の様子に、松田くんが少し心配したのか、いつもより優しくそんなこと言ってくれたけれど……。
思っていること正直に言ったら……。
もうこんなふうに放課後ふたりで勉強することが出来なくなってしまうかもしれないと思うと、泣かないってあんなに心に誓ったのに、あっという間に下まぶたの縁に涙が溜まっていく。
「っ……。はぁ」
またかよ。とでも言うような松田くんのため息に、涙の粒がまた大きくなる。
「何か……俺、言い方とか悪かったか?」
ふるふると首を横に振ると、涙がころんとこぼれた。
「っ! じゃあ……、何だよ。あのさぁ、こっちはハッキリ言ってくんないと、分かんねーの! 何か嫌なとこがあったら、言えよ……」
ちがう。
松田くんに嫌なところなんて、ない……。何もないの。
私は、ありったけの勇気を振りしぼって、口を開いた。
「ど……!」
「ど?」
「どきどき、するのっ……!」
「え?」
「なんか……、ま、松田くんと手があたったり、書いている仕草とか、見てると、すごくどきどきしちゃって……。そ、その、男子とふたりでこうやって勉強するの、私、はじめてで、全然、慣れてなくて……。だから、松田くんに、嫌なとこ、とかは……いっこもないよ」
恥ずかしくて、目をぎゅっとつむったまま、声も少し震えたけれど、つっかえながらも一生懸命に思っていることを、言った。
言ってしまった……。
「ごめんね……。せっかく教えてくれてるのに、私、全然ダメで……」
何を言われるのか、どうしようもなく怖かった。
でも、松田くんから返ってきたのは意外な言葉だった。
「……筒井だけじゃねーよ」
「?」
「だから! 慣れねーのは、俺もだから……、あぁ、もう! 面倒くせーな」
「ご、ごめん……」
「……よし、今日はもう勉強やめて、どっか寄って帰るか」
「ぇぇ!」
「よ、要は、お互いにもう少し慣れれば、緊張しなくて済むってことだろ。筒井が、嫌なら……」
「い、いやじゃないよっ!」
松田くんが言い終わる前に、思わずかぶせるように返事をしてしまった。
ちっとも嫌なんかじゃない。
むしろ松田くんともっと一緒にいられることが、嬉しいと感じてしまった。
そんな私に一瞬、おどろいた顔をしたけど、松田くんはすぐに笑ってくれた。
「っ!」
そんな笑顔を見て、またどきどきしてしまった。
果たして松田くんに慣れる日なんて、私にやってくるのかちょっぴり疑問だ。
だって、私はきっと松田くんのことが……。