第1話 27点
男子って、苦手。
声が大きくて言葉とか乱暴だし、物とかガサツにあつかうし、それに……。
休み時間、移動教室に向かう途中の廊下。
前から二人組の男子が、妙にやにやしながら歩いてきた。
なんだか、こっちをちらちら見ているようで、あまり感じは良くなかった。
そして、すれ違いざまに……。
「ふ〜ん……。27て〜ん」
その瞬間、私はカッと顔が熱くなり、たまらなくなって小走りで立ち去る。
「そうか? 地味だけど俺はけっこう……30点かな」
「なんだ3点しか、違わねぇじゃん」
今度はさっきよりも大きくふざけるような声でしゃべっているのが、後ろの方からちらりと聞こえてきた。
分かってるよ。
自分が地味で、可愛くないことくらい……。
でも、そうやってわざと聞こえるように、言わなくてもいいじゃん。
たぶんあのあとも、もっと面白おかしくウワサとかしてるんだろう。
でも、そんなのを注意したって……。
「ノリが悪いなぁ」
「ただの冗談なのに、女子はすぐ怒る」
男子はすぐに、そうやって言うんだ……。
◇◆◇
(に、にじゅう、なな、てん……)
私は返ってきたテストの点数に、思わず目を疑った。
もともと算数は、苦手だった。
中学に上がると数学に変わって、一気に難しく感じてしまった。
でも、いくらなんでもここまでひどい点数を取ったのは、はじめてだった。
自分の机に戻る途中、友だちの彩ちゃんに「どうだった?」なんて聞かれて、私は思わず手に持っていたテストをぐしゃりつぶしてしまった。
とりあえず、言葉をにごしてその場をやり過ごしたけれど……。
その日の放課後。
友だちの誘いを断り、クラスの皆が帰った教室にひとり残った私は、テストとにらめっこしたあと、机に突っ伏してしまった。
ときどき、友だちに教えてもらったりはしていたけれど、私の覚えが悪いのか、いつまでたってもちんぷんかんぷんだ。
途中、友だちがこっそりついた溜息に気がついて、しゅんとしてしまった。
私のせいで遊びに行かずに、勉強に付き合わせてしまっているのだ。
それに、友だちだって自分の勉強もあるんだからと思ったら、なんとなく頼みづらくなって、そしたらどんどん授業にも置いてきぼりで、今日この点数……。
どうしよう。
ぐるぐる思い悩んでいた私が、机にめりこむかのような大きなため息をついた時だった。
キュッっと、すぐそばで上履きの音がした。
ハッとして顔をあげると、同じクラスの松田くんが驚いたような顔をして立っていた。
放課後、誰もいなくなったからと油断していた。
でも、まだよく話したこともない松田くんの姿に、あわてふためいてしまい思わずテストを床に落としてしまった。
あ、と思った時にはもう遅かった。
そのくしゃくしゃの紙切れを、先に拾ったのは松田くんだった。
「27点……」
み、見られた……!
あまりの恥ずかしさに、うつむいてしまった。
「あ、思わず見ちまった。悪い……」
謝ってくれた松田くんに、ふるふると首を横にふった。
松田くんは、親切に拾ってくれただけで何も悪くない。
むしろ見られて、恥ずかしいような点数をとった私のほうが悪いんだ。
だけど……。
偶然にも他のクラスの男子がすれ違いざまに、私につけたのと同じ点数で、松田くんが言ったわけじゃないって分かっているけれど、男子の口からもう一度その点数を聞いて、思わず鼻の奥がつんとしてしまった。
「お、おい?」
松田くんが、あせったような声を出した。
私はあわてて、じわりと浮かんできた涙を、ごしごし擦る。
ここで泣いたら、何も関係ない松田くんを悪者にしてしまう……。
でも、一度あふれた涙は止まらなくて、とうとう私は泣き出してしまった。
ひっく、ひっくとしていると、松田くんのため息がひとつ聞こえてきた。
困らせていると分かっていても、それがよけいに瞳の奥を熱くした。
「……おい。おいって?」
「は、はい」
しばらくして、私がようやく泣き止んでくると、松田くから声を掛けられた。
「……そんなんで泣くぐらいなら、教えてやろうか?」
「え……」
松田くんの思わぬ言葉に、びっくりしてしまった。
てっきり困ったあげくに、そのまま教室を出ていくと思っていた。
だけど……。
「俺、数学はわりと好きだから」
「で、でも……」
「嫌ならいいよ」
嫌なんかじゃない。
私にとっては願ったり叶ったりだけど……。
友だちに教えてもらってた時を思い出して、自分の物分りの悪さにためらってしまう。
「い、いやじゃない……。で、でも、私ものすごく覚えが悪くて、だから……」
きっと、松田くんにも途中で、イライラさせちゃうんじゃないかって思うと、すごく不安だった。
「いや、わざわざ言わなくても、この点数見たらどの程度か、もう分かってるけど……」
うぅ……。本当のことだけど、ずばりと言われるとまた涙ぐんでしまった。
「っ! お、教えてやってもいいけど、ひとつ条件な!」
「な、なに……?」
「女子ってすぐ泣くからさ、なんつーか、めんどくさい! だから、そういうのナシな」
「う、うん。がんばる……」
松田くんの言葉に私はそう言うと、思わずグッと唇を引き締めた。
「じゃあ、とりあえず始めっか?」
こうして、私はひょんなことから松田くんに数学を教えてもらうことになった。
男子って苦手。
だから、普段からあまり近づかないようにしていたけれど……。
でも、今日初めてってくらいしゃべった松田くんは、ぶっきらぼうだけど、私が思ってるような男子とはちょっぴりちがう気がした。