ツチグモ古歌
井辻朱美の『水族』のようなものを書こうとしたのですが、こうなりました。
『これは古歌ではない』というご意見があろうかと思いますが、それは正しいご判断です。
『いるか舞う夜にさくら花散る』の世界には、『ツチグモ』という人間ぐらいのサイズの、蜘蛛のような姿で、高い知性と社会性と文化を持ち発声器官を持たない生物が暮らしています。
これは彼らの先祖達が、転移前に暮らしていた故郷の世界で、俳句短歌等に似た定型詩や自由律詩的な詩歌等を詠んだものとご想像下さい。
『灼季』
闇空にカーバイド灯のごと陽が昇り天地沸騰灼季ぞ来たれり
君が香を辿りて到る硫黄流蒼き焔に照らされし抜殻
君を見た煤煙満ちる坑道の闇に燦めくトパーズ八個
甘き苔つみたる君の緋き触肢
『嵐季』
地上は嵐季とて
卵を産む妻には獲物が要る
夫は総勢十二体
四方に散らばり狩りをする
飛ぶ蟲
這う蟲
跳ねる蟲
降る雨酸っぱし
踏む土塩っぱし
何事の用も無き今同朋と痺茸にて酔い語りあう
『分封』
幾百の白き凧舟天に満つ母の緋き触肢小さく遠く
『凍季』
地下農園崩落す弟妹の墓碑を飾るチェレンコフ光
紅茸が無い柘榴石を手向ける
溶岩溜まり冷め果てつ
同胞共と諸共に
迷宮都市の底の底
降りて集い一塊の
灼季まで覚めぬ夢となる
寒さの痛み消えし時
体液すらも凍てし時
強張る母似の緋き触肢に
ドライアイスの霜ぞ降り積む