愛が重い女とその女を愛した男
※バッドエンド※救いはありません※
副題『後悔先に立たず』
ある日、妻が自殺を図った。
妻は、今の国王が戦争を仕掛け勝利した、敗戦国の王女だった。
本当は王太子がめとる予定であったが、女好きの彼はまだ結婚に縛られたくないとその話を突っぱねる。
そこで王太子の側近で公爵家が実家の俺に話が回ってきた。
まだ妻も婚約者もいない適齢期男性が俺しかいないことから、この話は確定となった。
国からの命令とはいえ、出来れば良好な関係をと考えていた俺は、出来る限り妻との時間を作り、妻の過ごしよいようにと家庭環境にも気遣っていった。
そのかいあってか、結婚三年目子供にはまだ恵まれないが夫婦仲は良いと思う。
社交界で俺は愛妻家で通っているし、妻からも愛を囁かれもしている。
勿論俺も一日に一回は妻に愛を囁く。
これから子供も出来て家族も増え、このまま穏やかで愛に満ちた家庭を作っていけるだろうと思っていた矢先の出来事である。
何故妻は自殺を図ったのだろうか。
自殺未遂から三日後、妻の目が覚めた。
俺は何故自殺なんてしようとしたんだと問い詰めた。
「ねえ、あなた。嘘をついていること、内緒にしている事はありませんか?」
俺を見ず天井を見つめて問い掛けた妻の言葉にドキッとした。
俺は王太子の側近だ。
職務上妻に言えないことも、それを隠すために嘘をつくこともある。
それを伝えたが、妻は納得していないのだろう、こちらを見ない。
「そう、では今月の15日の夕方も王太子殿下のご命令で動いていらしたのね」
今月の15日……あっ、あの日は……
もしかしてあれを見られたのか?
俺は目を見開き妻を見つめた。
「あなたが伯爵令嬢と口付けをなさっていたのは王太子殿下がご命令されたからなのよね?」
やっとこちらを向いた妻の目には、怒りでも悲しみの色でもなく、無感情だった。
誤解だ!と俺は弁解をする。
「あれはそうじゃなくて、あの伯爵令嬢に無理矢理されたんだ!」
「でもあなたは彼女を抱き締めていたわ?」
「違う!その前に彼女が躓いて、それを助けてすぐに彼女が口付けてきたせいで、あぁなっただけなんだ!」
「そう……」
妻はため息をついてまた天井を眺めた。
そして妻の問いかけはまだ続く。
「それじゃあ、月に二~三度娼館に行くことは?その度に女性を買ってらしたのでしょう?」
「あ、あれは……」
この国の王太子は女好きだ。
政務に疲れたとたまには娼館に通われる。
だが、お一人で行かせるわけにもいかず、かといってゴツい近衛を連れていったのでは高貴な身分ですと宣伝しているようなものだ。
そこでお鉢が回ってきたのが俺だ。
俺は多少鍛えてはいるが文官なのでゴツくはない。
護衛とは見えず、貴族のお坊っちゃま達の道楽と思わせることができる。
だが、このお忍びは極秘事項だ。
家族といえども言えない。
どうやって知ったのかはわからないけれど、愛する妻に疑われるのは困る。
俺は正直に話した。
勿論女は買ったが、抱いていないことも。
「でもあなたは社交界でも有名な愛妻家よ?それを理由にお断りできたのではなくて?」
「言ったよ!けれど、王太子に『妻への想いと僕への忠誠心とどちらをとるんだい?』と言われれば、王太子を選ばれなければいけないんだ!そうしなければ俺は不敬者にされて投獄される!」
「そう…王太子殿下がそう言ったのね」
今まで天井を見つめていた妻がそう言って、俺を見て笑った。
「あなたはまだちゃんと私を愛してくれていますか?」
「当たり前だよ!君を愛してる!」
妻はその言葉に微笑んだ。
ただいつもとは違う目だけが笑っていない微笑みだった。
「沢山話して私疲れてしまいましたわ。あなた、一緒に寝ましょう?」
その微笑みが気になって問いたいところだったが、まだ万全ではない妻に無理をさせるのは酷だと、俺は妻の言葉に誘われてベッドに入り、寝入った妻を抱き締めて眠った。
次の日、妻の体調も回復したのでいつも通り職務をこなしていた。
すると麗らかな午後に、王太子と執務をしているとノックをされ、来客を知らせた。
驚いたことに妻だった。
「急な訪問申し訳ございません、王太子殿下」
「いや、構わない。体調を崩したと聞いている。その後問題ないか?」
「有りがたくも、夫に看病してもらいましたので、回復いたしました」
「それならば良かった。して今日は如何した?」
綺麗な淑女礼をしていた妻は、身体を起こし、無感情な瞳で王太子に微笑みかけた。
「王太子殿下に殺していただきに参りました」
今日は天気ですね、と言うかのように何気なく言う妻の言葉を、聞き間違いかと思った。
けれど妻は微笑みながら王太子を見ていた。
「な、なんの冗談かな、婦人?私は貴女を殺す理由など無いと思うのだが?」
王太子もビックリしたのだろう、吃りながらも問いかけている。
「いいえ、私今から王太子殿下に不敬を申し上げに参りましたの。ですので、冗談では御座いませんよ?」
ふ、不敬?妻は何を言うつもりなのだ?
止めたいのに金縛りにあったように声も出ず動けない。
「私夫のことを愛しておりますの。けれど、夫は王太子殿下のご命令だからと女を買いました。抱いてはいないと言うけれど本当かどうかはわかりません。だって王太子殿下のご命令であれば夫は迷わずその命令に従うでしょう?」
皆が唖然とする中、妻は無感情な微笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「夫は極秘任務ならば嘘を平気でつきますの。私にはもう夫の言葉を信用することはできませんの」
「なっ、王太子の側近であれば極秘任務はつきもの。そんなこと結婚当初から覚悟の上であったであろう!?」
「そうですわね、私も亡国とは言え元王女。家族に言えぬ事もございましょう。夫も結婚当初そう申しておりましたし」
王太子が焦りながら反論した言葉を妻は肯定する。
では何故このようなことを妻は言ってきたのだ?
「ただ、夫はこうも言ってくれました。『俺はこの結婚を形だけにするつもりはない。貴女を大切にし誠実を心掛け愛していきます』と。この言葉に胸打たれ、私も夫を愛していこうと思いましたの。ただ…」
妻は俯き、それでも言葉を止めなかった。
「娼館にて女を買うことが職務であり、それが誠実な行いだとどうしても私の心が受け付けませんの。抱いていようがいまいが、愛した夫が触れた女を殺してしまいたくなるほどに。勿論そんなことはいたしませんが」
妻は恐ろしい言葉をいっているのだろう。
けれど、俺が触れた相手を殺してしまいたくなるほど、こんにも妻に愛されていたと思うと嬉しくなる自分がいた。
「こんなことを言う私の愛はきっと重いのでしょうね。夫はその愛を包み込んでくれる方だと思っていたのですけれど、結局愛とは信用があってこそであり、私はもう夫を信用することが出来なくなりました。王太子殿下の享楽の為に」
嬉しかった気持ちが絶望に変わった。
私はもう一生妻に信用されることはないのか…?
「ですからその原因を作った王太子殿下に殺されに参りましたの。英雄色を好むでしたかしら?色がお好きな王太子殿下はお父君にそっくりだと思いましたの。私の祖国を理由もなくただの享楽として滅ぼした国王陛下のように、人殺しがきっとお好きだろうと…」
俺には皮肉を込めて毒の言葉を吐く妻が、妖艶に笑っているように見えた。
そして俺の視界から妻が消えた。
いや、消えたわけではない。
首と胴が切り離され、首だけが床に落ちたのだ。
数秒後胴体も崩れ落ちた。
王太子だけでなく、国王へも不敬な言葉を吐いた妻は王太子の護衛騎士の手によって葬られた。
「あ、ぁあ……ああぁぁぁぁあぁぁぁあ!!!」
やっと口から発せられた言葉は悲しみからの悲鳴であった。
目の前で殺された、愛する妻を!
首だけになった妻に駆け寄り抱き締めた。
頭が真っ白になった。
妻が殺された……
もう妻が動かない……
もう妻が笑いかけてくれない……
もう妻が愛をささやいてくれない……
もう妻が………
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
その後、王太子殿下の側近であった男は妻の首を抱き締め、発狂しながら気を失った。
すぐに医者が呼ばれ、腕の中の首を引き剥がそうとしたが、物凄い力で抱き締めていたためそのままにする他なかった。
医者は異常なところはない、だがショックなことが起こり脳が考えることを停止させたのではないかと言った。
運が良ければその内起きるが、こういう患者は何かしら後遺症が現れると言う。
幼児返りや記憶喪失が多いが、一生起きずに衰弱死や狂ってしまうこともあると。
男は医師が言っていた通り、狂った。
次の日に目を覚ましたが、色の無い瞳で腕に抱いた妻の首に話しかけだした。
きっと彼には生きている妻の姿が見えるのだろう。
そして急に発狂し気絶する。
そんな毎日を繰り返しているらしい。
そして男の妻が死んで5日後、食事もままならなかった為に衰弱死して亡くなった。
その間、王太子殿下も無事ではなかった。
人の死を見たことがなかったわけではないが、自分の些細な享楽によって人が死に、そして重宝していた部下をも死なせてしまった。
ただ愛妻家な部下にそう命じたらどんな顔をするかなといった悪戯が原因で。
側近だった男が衰弱死したと報告されると、あの日から日に日にやつれていっていた王太子殿下が倒れた。
高熱をだし生死をさ迷った。
無事に熱は下がり身体的後遺症は無かったが、あれ以来王太子殿下が女性不振になった。
娼館通いがなくなり、女遊びをしなくなったことは喜ばしいことではあったが、侍女でさえ視界に入れることができなくなった。
このままでは妻をめとり、世継ぎをもうけることも出来ない。
それに加え、真夜中に寝ていたと思えば悲鳴をあげて目覚めること度々あったようだ。
そして王太子殿下の目の下の隈が見慣れてきた頃、戦好きで有名な国王陛下が暗殺者によって殺されなくなった。
国内外には病死として発表し、王太子殿下が国王を継いだ。
前国王陛下の死をきっかけに、戦で負け亡国になった国民達の暴動が起こった。
前国王陛下が、亡国があった土地からの税収を不当に摂取していたことからの暴動だ。
これに新国王陛下は完全降伏すると申し立てた。
重鎮達は平民がいくら束になっても我が国の騎士達が負けるはずが無いと戦を推奨するが、新国王陛下の意見は変わらない。
新国王陛下は暴動を起こしていた民に国を復興するも良し、税収を他と平等にし国預かりにするも良しとし、全ての原因が我が王家であるのだから自分の首を差し出すと完全降伏を示した。
自分亡き後は、国民からも愛されており、優秀と評判の筆頭公爵に任せると遺言を残し、自分は処刑台に登った。
処刑台での新国王陛下の顔は何処までも穏やかに微笑んでおり、近くにいた処刑人にだけ聞こえた最後の言葉は『やっと死ねる』だったと言う。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
こうして戦好きだった国は滅び、新しい国が出来た。
ひとつの国が滅びる原因が、ちょっとした悪戯が原因だったとかなかったとか……
※バッドエンド※救いはありません※
副題は影の主役王太子視点!