#089:祝砲な(あるいは、ここから始まるムロ充)
「ぐへあああああああっ!! カン! ペェだぁぁぁっぁぁっぁ!!」
馬鹿でかい声で丸男がジョッキを掲げる。僕は半ばうんざりしながらもそれに自分のジョッキを合わせるしかなく。
午後9時。場所は外苑前駅近くの居酒屋「ボイヤス」。
溜王戦予選でめでたく優勝を果たした僕ら4人は、私服に着替えメイクを落とすと、そのまま祝勝会へとなだれ込んだのであった。いやでも、祝杯を挙げたい気持ちはわからなくもないけど、この時間で既に三軒目ですよ? どの店でもバカ騒ぎをぶち上げるので、長居は出来なかった。少しは自重という言葉を知ろう。
「いやーやっぱここが落ち着くわ」
アオナギが鼻から紫煙をたなびかせながら言うが、本日の賞金総額は何と120万円! これだけあればどんな高級店でも余裕で飲み放題食い放題となるところだったのに、格式の高そうな店には気圧されて入れなかったわけで。結局、自分らの馴染みのリーズナブル居酒屋に戻って来てしまった。
「……でもすごかったわぁん、ほんとに予選を勝ち抜いちゃうなんてねえ。アオちゃんも決勝感動したしぃ」
ジョリーさんも上機嫌で日本酒をくいくい呷ってる。さすがザル。目の周りが心なしか赤くなってるだけで、全然酔ってる感は無い。
「惜しむらくは、俺っちの活躍の場がそれほどなかったことかのう」
丸男はビール党なのかずっと生ばっかだ。そして活躍できなかったのは場のせいではないし。今日の成果は括約筋の超防御力を披露したことだけだろ。
「決勝は明日の10時からだぜ。あんま飲み過ぎんなよ、少年。ま、いざとなったらここら辺のホテルに泊まっちまうって手もあるけどな」
そうか、お金があるって素晴らしい。
「そうですね、でもほどほどに、ですよね。ちょっとトイレ行ってきます」
尿意を覚えた僕は、そう言って席を立つ。案内に沿ってトイレに向かうものの、うわー、結構飲んだな。少し足がフラついている。でも内心こみ上げる高揚感に僕はふわふわした感じだ。つんのめるようにしてトイレへ続く扉を押し開ける。と、
「!!」
「うわあっ、ごめんなさい」
中から出てこようとしていた女の子とあやうくぶつかりそうになってしまう。いかんいかん、少し落ち着け。
「あれ? もしかしてムロトミサキさん?」
すると、その女の子は僕の顔をまじまじと見てからそう言ってきた。えーと誰だろう。何となく見たことあるような……
「今日実況やってた猫田似杏ですっ!! すっぴんで分かったって、結構私凄くないですか?」
そう小首を傾げて聞いてくるけど、ああー、確か水色のコスチュームの。今はシンプルな白いブラウスに、ぴったりとした黒のパンツを身につけているけど、そうだ思い出した。第二戦の実況をしてくれた、キャラを忘れがちな猫田ちゃんだ。背も高いが、手足もすらりと細長い。何というか、魅力的だ。
「……対局ずっと見てました。特に準決勝……私恥ずかしいけど、少し泣いちゃいました」
そんな上気した顔で、少し潤んだ瞳で見つめられても! おお、モテ期継続中。いよっしゃああああ、母さん、今日こそキメるぜぇぁっっ!