#054:安寧な(あるいは、神宮の芝は意外と長い)
改めて会場を見渡してみると、先ほど僕らが対局した「ブース」はグラウンド上にA〜Zまで26あるようだ。
ホームベースから一塁・三塁まで一直線に結んだ線上に各6つ、そして外野をぐるりとアーチ状に7つ+7つ。観客席は実際野球が行われる時と同様(この地下では行われないと思うけど)、グラウンドの周囲を巡っている。スコアボード下の巨大な液晶の他にも、いくつか可動式の大型液晶がグラウンド上には設置されている。
「スマホなんかで、見たい対局は全てライブで観戦できるのよぉん。もちろん後から全戦、配信されるけどねぇん」
ジョリーさんがぐびぐび喉仏を上下させつつペットボトルから紅茶か何かを豪快にあおりつつ説明してくれている。僕も緊張からか喉がカラカラだ。買ってきてもらったスポーツドリンクをありがたく乾ききった体に流し込む。ふう、一息ついた。
それにしても、これをそうまでして視聴したい人がいるのか本当に? 観客席は満員とまではいかないが、まあまあ半分以上は埋まって見える。周りが囲まれているからか、人々の喧騒がうわんうわんと反響しているように聴こえた。何というか、初めての感覚の所に放り出されたような……とにかく落ち着かない。
「次の対局は10:00からだ。あと30分以上あるから、まあくつろいでな」
アオナギは言いつつどさりと背中から後ろに倒れ込むが、僕らは今、グラウンドを覆う人工芝の上に直で座り込んでいる。場所的には3塁側のフェンスのそば。ブルペンが左の方に見える。まあこんな所で寝っ転がれる機会もそうは無いと思うので、僕も横になって頬杖をついてみる。いい感触。
「見てくれよぉ、室戸ちゃん」
丸男が自分のスマホを指すので、その画面を覗いてみると、
<入金しました。金額¥50,000―>
という何ともたまらない文字や数字が踊っていたわけで。
「り、リアルタイムで、か、カネが振り込まれるとですか!?」
「……落ち着け少年。こんな額で取り乱してたら上には行けねーぞー」
大の字のままのアオナギが苦笑しつつ言ってくるが、5万ですぞ! あの、5分にも満たない時間で! ただしょうもない事を喋っただけで!
「少年はやっぱり玄人ウケが抜群だったよなあ。だが、これからは一般客にもおもねるネタも繰り出していかにゃなるめえ。そのへんの塩梅がまた難しいのよ」
くつろぐのはいいけど、だんだん眠くなっていませんか?
「さっきのあの野郎は、完全にツラの良さで一般票を集めてやがった感があるしよぉ。まったく最近は男も女もアイドル化かだかんなぁ。ま、俺はドジでノロマな末娘でがんばるからよぉ、期待しててねっ、かしゅうううううう……」
待て待て! ここでそのキメはあかん。そしてワケのわからん設定ももう忘れて欲しい。頭を怪我したから、ひょっとしてショックで正気に戻るかなと思ったけど、そう言えばこの人はこれが正気だった。諦めて僕も少し目を瞑って気持ちを入れ替えることにした。