#046:万全なる(あるいは、時計仕掛けの未完)
福島駅からは2時間ほどで東京駅に着いた。あまりのことで、あまりの疲れからか完全に寝てしまっていたけど。それから吉祥寺に出てスーパーで適当な惣菜を買って、自分の部屋でかっ込み、衣装を丁寧にハンガーに掛けてからシャワーを浴びてベッドに直行した。
身体も、精神もだろうか、とにかく疲労がピークで、休息を取ることを求めているようだった。帰りの新幹線で爆睡したにも関わらず、僕はあっという間に眠りに引きずり込まれていった。
そして土曜日。AM 6:00と明滅する画面を消すと、僕は勢い良くベッドから飛び降りてみた。気合い入れろ。みんなに託されたことをやるんだ。シャワーを浴び、ジーンズとブルゾンに着替えて衣装をテーラーバッグに大事に畳み込む。靴その他小物は肩掛けバッグに詰め、準備は整った。目的地の神宮球場(の地下。ほんとにあるのか?)までは調べたら1時間もかからない。全然余裕のはずだ。
「……」
でも心なしか焦ってしまい早足気味で。銀座線に乗り換え、順調に外苑前へ。地図を一応見たが、ほぼ一本道だから大丈夫。それより本当に地下に会場があるのかの方が不安だ。しかし周りを見渡すと、それらしき人たちが続々と球場へ向かっているのが、人の流れから感じられた。
近づいている……! 決戦の場へ。少し緊張が喉元をせり上がってくるかのようだ。落ち着け。
球場に着いても特に何も案内は出ていなかった。人の流れに乗って球場の少し離れた場所にある石造りの建物の方に向かおうとする。その時だった。
「ムロっーちゃあーん!!」
面した道路の方から、懐かしい声が響き渡ってきた。いや半日ぶりくらいだけど、すごい懐かしく感じた。
「ジョリーさん!!」
思わず大声を出してそちらに駆け寄っていた。黒いタクシーが止まっている。その前には白いコート姿のジョリーさんがぴょんぴょん飛び跳ねながら手招きしていた。
「あ、アオナギさんは……トウドウさんは……!!」
やはり間に合わなかったか。でもジョリーさんだけでも来てくれたことは本当に心強い。と、ジョリーさんが嬉しそうに僕の後ろをつんつんと指差していることに気付いた。えっ?
「……少年」
「遅いぜぇ、しかもまだ着替えてねえじゃねえの」
振り向いたそこには、ひどく懐かしい二人の姿。しかし、何というか思ってたんと違う!
「朝イチで来たら早すぎたわ。事後処理はまあ適当にズラかってきたが」
アオナギは「蒼」のメイド服……はいいのだけど、顔はやっぱり白塗りの隈取りだ。何でそのチョイスかは今をもっても分からない。
「俺はどうよ。怪我を逆手に儚げそうなアレンジを加えてみたぜぁ」
丸男も「碧」のメイド服は巨体にぴちりと馴染んでいる。が、こちらも白塗りに目の周りを黒くふちどっていた。そして何故か片目を頭から続いている包帯で隠している。余計なアレンジすな! とは思うが、まあ大丈夫そうで良かったですね。
「……よかった」
後はまた言葉にならなかった。ちょっと堪えなければならない状態の僕を尻目に、
「よかったかどうかは、まだこれからの事だぜ!」
丸男はいきなりそう言い放つ。そして、何故か後ろの植え込みによじ登った。何を?
「なぜならよぅ……俺たちの戦いは……」
いやな予感がする。丸男はそう言いつつ一段高い所から、とうっとジャンプ。
「これからだからだぜぇぁ!!」
そして空中でキメ顔&キメポーズ。やばいやばい。縁起でもないフラグを立てるんじゃない。何かが終わってしまいそうな強力な不安感を感じた僕は、助けを求めるように残る二人を見やる。
しかしそこにはニヤニヤしつつ事の成り行きを見守っていた確信犯たちがいて、嬉しそうにこうのたまうのであった。
「……まだだ、まだエタらんよ」
「もうちっとだけ続くんじゃ」
……もうっ!!
第一章:室戸とミサキの事情 完
※次回より、第二章:チャラ男殺し油の室戸 篇が始まります。