#044:大概な(あるいは、カマのカマ)
……大丈夫か? 少年!?
耳元でアオナギの声が響く。薄ぼんやりだが、視界が戻ってくる。
「どっか打ったとかないか?」
目の前にアオナギの顔があった。普段見せないような切羽詰まった顔をしている。僕は……身体の痛みはそれほどない。どうやら、後ろから追突されて、左から道端の木に突っ込んだようだ。シートベルトはしていたし、前の座席がクッション代わりになったんだろう。頭に衝撃を感じたが、そこまでのものではなさそうだ。僕は頷いて、大丈夫という意思を伝える。
「何だっつーんだ!! あいつら逃げやがったぞ!!」
怒号の主はジョリーさんだった。あまりのことに声も顔も男に戻っているけど。追突してきた車はもういないのか?でもまあみんな無事そうで良かった。いや待て、もう一人、やけに静かだ。
「救急車は呼んだが、遅えな。早くしてくれ」
アオナギはひしゃげた助手席のドアを開けて体を差し入れている。その手はタオルらしきものを強く……丸男の頭に押し付けていた。
「トウドウさんっ」
思わず声が裏返ってしまう。僕の前方、助手席でぐったりとしている。押し付けられたタオルはよく見ると真っ赤だ。何てこった。
「き、傷は……」
どのくらいですか、と聞けなかった。恐かった。しかし、
「あ、安心しろや室戸ちゃん……ちょっとパクッていった……だけだよぉ。かすり傷かすり傷」
意識はあったのか、良かった。いやでもかすり傷って感じじゃないぞ。でも丸男は荒い息ながら、意外に冷静だ。
「少年、頼みがある」
いつになく険しい表情のアオナギに、僕は神妙に聞く姿勢を取る。
「病院に着いたら、少年ひとりで東京に向かってくれ。新幹線が確実だろうが」
それって……!!
「溜王の当日エントリーは面子の一人入ればOKだ。逆に言うと、明日の朝8時には確実に一人は会場入りしてなきゃいけねえ。その役目を少年、お前さんに任せる」
アオナギが告げるが、
「で、でも! もうそんなこと言ってる場合じゃないですよ! トウドウさんがこんなケガしてるのに……」
僕はそう反論する。しかし、
「……いや、行ってくれ。俺らは後から駆けつけるからよう。組み合わせによっちゃあ、午後初戦ってこともありうるしよぉ。心配すんな、ちょちょいと縫えば即、行けるっつーの」
顔面まで血が垂れてきてるのに、何言ってんだ!
「今日の明日の話じゃないですよ!溜王はもう諦めましょうって!」
「……悔しかないか、少年。今の事故は明らかに俺ら狙いだった。こんな妨害に屈するのかよ」
アオナギの目はドス黒い怒りを帯びている。
「でも……!!」
僕も頭には来ている。こんな姑息なやり方……! でもそうだったとしても、だ。無茶だよ、無茶すぎる。
「頼む、行ってくれ。こんなことで俺らの今までを無駄にしたくねえんだよう。室戸ちゃん、今だ、今やるしかねえんだ。来年? そんな先のこと、俺らには考えられねえからよう」
丸男がへっへと笑ってみせる。どうしたら、どうしたら……逡巡する僕の頬にまたしてもいきなりの衝撃が。
「おう室戸っ!! 仲間だろっ!! 信頼して腹決めやがれっ!!」
ジョリーさんの目が覚めるような拳固だった。なんつー力……そしてもう完全に男に戻っちゃってますが。そんなどうでもいいことを考えられるほどには、僕の頭は冷静さを取り戻していた。頭が冷えるのとは裏腹に、腹には何か熱いものが滾る。
「わかりました……絶対来てくださいよ。三人で頂点を目指すっていう……誓いは守ってもらいますからね。僕らは3人で『メイド・イン・HELLン』なんですから!!」
やる。そして信じる。決意と共にそう言い放ったものの、三人は何故かポカン顔だ。一瞬、間が空いた後、
「メイド・イン……あ、ああ-、そういやそんな名前だっけか。忘れてた忘れてた」
「な、なんかよぅ、今更だけど覚えづらくねえか?」
「そうねぇん、ちょいとセンスが昭和ってゆーか?」
よーし、3人並べ。一発づつ、身体に覚えこませてやる!!