#041:繊細な(あるいは、ライゼン=ペッカリー漠誕)
「ほう……こいつはいい仕事だ」
オーリューさんは、僕が作ってもらった「紅」のメイド服を目の前に掲げて嘆息する。スカートにこびりついていた汚れを特殊な溶剤のようなもので取り除いてもらい、小型のスチームアイロンのような蒸気が出る機械で一通り表面を整えてもらうと、そのビロード地はますます艶がかかったかのようだ。もうこの衣装は僕のお気に入りとなっている。
「着てみてくれるかい? 室戸クン」
オーリューさんに促されるまま、僕は再びその紅メイド服に袖を通す。やはりサイズ感はばっちり。これ以上ない仕上がりではないでしょうか。
「これを採寸だけでやっちまうんだから、ジョリーには敵わんよなあ」
オーリューさんの賛辞を込めた苦笑に、ばっちりとウインクを返すジョリーさん。しかもほぼ車内での作業ですからね。改めてこのヒトは凄い、と思う。
「……俺が手を入れられるとしたら、あらゆる動きを考慮し、なおかつプロポーションは全方位で確立できる、そんな調整だけだ」
鋭い目で僕が着ているメイド服を見据えると、オーリューさんは僕の腕を上に上げさせた。
「……少々手を入れさせてくれ、ジョリー」
その目は真っ直ぐに、メイド服の脇下の縫い目を見ている。カマわないわよぉん、というジョリーさんの言葉と共に、
「……」
オーリューさんの糸切り鋏を握った右手が閃く! 両脇下の縫い目をいくつか、その鋏で切ったようだ。早すぎて見えないけど。着たままやるんかーい、と驚愕の僕を尻目に、今度は糸のついた針を何回か、切った場所にくぐらせている。
「出来た」
ものの1分くらいか?でオーリューさんの作業は終わった。ん? それほど変わった感じはしな……ええっ?
「肩を回してみたりしてくれ」
言われるがまま肩やら腕やらを動かしてみる僕だが、軽い! 体の動きに布地が先回りしてついて来てくれる感じだ。抵抗を感じない……着ていないかのように。いやむしろ稼働をスムースにサポートしてくれるかのような……これがプロの仕事なのか。
「どうよ? ストレス感じさせない服っていうのがいちばんだと俺は思うわけ。飛んだり跳ねたりするなら尚のこと、な」
オーリューさんの自信溢れる顔つきに、僕も何だか力を貰った。でも溜王戦で飛んだり跳ねたり要素ってないよね? 座って喋るだけじゃないの? ここ数日で不穏なものを感じ取る能力が飛躍的に向上した僕は、その不穏さ発信の元であろう、アオナギの方を振り返る。と、
「ぺっ、ぺぺっ、ぺっ、ペッカリ、ちゃん、よっ!!」
そこにはいつの間にか「蒼」のメイド服を身につけたひょろ長いフォルムの異形の者がいたわけで。歌舞伎の見栄ポーズを決めているが何で。決めているというか、キマっているのかも知れない。
若干やる気をそがれつつも、僕はもう全てを受け止め、飲み込む構えだ。決戦の準備が粛々と進行している、とそう考えることにしている。溜王で何があろうと、何をやらされようと、やれることをやるだけだ! パワーアップしたメイド服の存在を肌で感じながら、僕は奇天烈なポーズを次々と披露しているアオナギを、生温かい目で見守る。