#037:絶景な(あるいは、天使は舞い降りた)
木曜。午前10……時!?
「……」
うわあああ、やってしまった、寝過ごし。昨夜は何が何してどうしたのか判らないまま、酔っ払いの帰巣本能で宿の自分らの部屋には戻っては来られたようだ。しかし、
「ごひゅー……こっ! ……ごひゅー」
相変わらずの寝息の丸男と、その他二名も、せっかくの気持ち良さそうな羽毛布団には入らずに、畳に直で寝ていた。かくいう僕もだが。身体の節々が痛い。
「……」
何とか身につけていたメイド服一式は脱いでハンガーにまで掛けていたようだ。ナイス昨日の僕。スカート部に一か所、何かがこびりついて毛羽立った所があったけど、全体的には無事のように見える。あとで汚れを落とせば大丈夫か。この衣装だけは大事にしないと。
各々すごい形相でいびきやら歯ぎしりやら無呼吸をしている面々を揺すってみるが、目覚める気配は無い。僕は諦めてひとり露天風呂へ繰り出すことにした。体中が汗でべとついている。そして全身が酒くさい。チェックアウトは11時とのことで、さっさと行っとかないと。
浴衣を羽織り、露天があるという最上階、12Fへと向かう。温泉旅館と謳っているが、結構高い建物なんだ、と初めて実感。そういえばこの旅館に出たり入ったりする時は常に慌ただしかったりか、正体無かった時だった。と、
<大露天風呂はただいま混浴となります>
脱衣所の前にでかい注意書きが。こ、混浴……今どきあるんだ。なんかわくわくする響き……僕は一縷の希望を抱きつつ、のれんをくぐった。しかし、
「……」
意気込んで大露天風呂までいそいそ繰り出していったものの、全くの無人だった。くっ、やはりか。こんな中途半端な時間、普通入らないよね。でも海をすぐそばに臨むロケーションは最高だ。高みから街を見下ろす感じがまたいい。岩づくりの露天風呂は縦横10mほどだろうか。意外に深く、僕の胸の下くらいまで湯面が来ている。少しかがんで肩まで浸かるくらい。そうやって周りを見渡してみると、今度は広がる青空が実感できる。ふぅ、温泉は正解だー。僕は独り占めということもあり、しばし平泳ぎをしたりしてみる。その時だった。
「……あ。いるんだ。この時間も」
つぶやくような声が背後でして、僕は思わずうぁああっ、と声を上げてしまう。
「す、すいません、いやちょっとだけ開放感から……」
謝りつつそちらを向いた瞬間、僕は目が点になった。
「……あんまり見ないで」
いやいやいや、女性や! 若い娘さんやぁ!! かろうじて体の前面を手ぬぐいで隠してはいるものの、その出るとこ出てるよ的プロポーションは隠しきれていない。頭にも手ぬぐいを巻きつけているが、そこから覗く髪は明るい茶色。物憂げな瞳は何というか、とても魅力的だ。小づくりな顔は整っていて繊細さを感じさせるわけで……あえて言おう、好みであると!