#032:非情な(あるいは、異次元さん、お断り)
「持ち時間は5分切れ負け。……おっと、『審査者』がだいぶ集まってますね。さすが七段。注目されてますよぉ、この一戦は」
気に障る口調で為井戸が言うのにつられ、タブレット画面がよく見える位置に僕は座り位置を変えてみる。
<有段者対決キター>
<タメイドアオナギまじ本人www何このシチュwww>
<公式戦かよw何かの企画?>
チャットみたいなのが画面下をすごい勢いで流れていく。その上には「審査者:108名 観戦者:10,387名」の文字が。この早朝の気だるいファミレスで行われているどうってことなさそうな事にこれだけ興味を持つ人らがいるわけで。いやすごい。情報化社会ってすごい。
「『ランダムテーマ』。よろしいですね?」
「何でもいいからさっさとやってくれ」
為井戸vsアオナギ。有段者同士の戦いが始まるっ……!!
「テーマ『女』」
タブレット画面に映し出されたお題……か? これにちなんだDEPを言えばいいってこと?
「先手は私ですね。んん! ……では対局開始」
為井戸が軽く咳払いし、タブレットの「着手」と書かれたボタンに触れた。
「……『最近つきあい始めた彼女が言うんです。ユズルって綺麗な手してるよねって。まあ実際、手に職つけてないっていうか、だから綺麗』」
為井戸が何故か自信ありげに語り出した内容は、何だ? 全く意味不明だ。
「……渋い手筋ねぇん。なかなかの新人じゃない」
ジョリーさん。これに食い付ける要素あるの? しかし、
<先手、672pt>
タブレットに評価? ポイントが表示される。これがどの程度かは計り知れない。しかし丸男のおお、というリアクションを見る限り、高評価?
<初手からぶちかましキター>
<プロや〜これがプロの手筋や〜>
<やばくね?これ700近いってやばくね?>
盛り上がるチャット欄だが、やばいのはお前らじゃね? カオス。一言で言えばそうなる。
「後手番ですよ。それとも投了します? 今なら接続不良とかでごまかせてしまうかも知れないですねぇ」
なにその余裕ヅラ。わからないよ。この世界わけがわからないよ。アオナギはと言えば、例のくっくっとした笑い。
「……玄人ぶっての玄人ぶりたい審査者へのウケ狙い。お前さんは何もわかっちゃいねえ。そこいらのアイドルのやつらと大して変わらねえよぉ」
「ふん、負け惜しみとは残念な下り坂七段ですねぇ。時間無いですよ? やるなら早く……」
余裕の笑みの為井戸の言葉を遮り、
「そいじゃ行くぜ」
アオナギはそう言うと手を伸ばし、タブレットに触れた。
「『俺は女から本気で罵倒されたことがある。働いてよぉぉぉぉっていう、絶叫混じりのな』」
わからん! 何なのこの空間!
「……!!」
そして為井戸のしまったという顔。いや駆け引き含め、僕には意味がわからないけど、
<そんな返し!ありえNEEEEEEEEEEEEEE>
<さすがや〜技の応酬やでぇぇぇぇぇ>
チャット欄は相変わらずの盛り上がりようで。が、しかし!
<後手 670pt>
僅差。僅差でアオナギが競り負けてしまった。うーん、でもその評価基準はさっぱりだー。
「くっ、ふっ、ははは! 勝ちですね私の。いやいや大したことなかった。七段? 返上されては?」
勝ち誇る為井戸だが、お前冷や汗かいてるじゃないか。何か知らないけどムカついてきた。
「じゃ、私はこれで。いやー、いい手土産ができましたよ。では溜王本戦で」
そう言ってタブレットやらを片付け始める為井戸に、
「待ってください!」
投げかけられるひと声。その主は……
「自分と! 一勝負してはいただけないでしょうか!」
僕だった。何だかわからないけど、このままじゃ終われない気がした。アオナギのしてやったり顔は気になるけど、体よく実戦に引きずり込まれた感じ? まあいいや。やってやる!