#239:問答無用な(あるいは、許されたい・許されないという名の未完をおあがり)
「……父は再婚してから二人の子供を授かったわけなんですが……男の子が欲しかったっていうのは、やっぱり心の奥底にはずっとあったんでしょうね。というか、私の母との思い出にすがって、その哀しい夢想に浸りたかったのかも知れません。二人の妹たちに、まるで男の子であるかのように、男の子であれというように接していたのは、そんな、屈折に屈折を重ねてしまった、そんな、結果、だったんだと……父は弱いんです。嘘と妄想と虚栄で塗り固めないと、自分という自分が外界に向かって流れ出て行ってしまうような、そんな脆い人間なんです」
ルイさんは途中から嗚咽を堪えるかのように、口を手で覆っていた。
「……きっと父は、今でも私の母を愛しているんだと、そう思います。そして私たち三人の事も。でも、妻に先立たれ、次の妻には不倫された挙句逃げられて……哀しみと憎しみが、わけが分からないほどに、愛情とごちゃ混ぜになってしまったんだと思います。でも……それでもやっぱり愛情が勝ってるよ、って、今だから、こんな場だから言っちゃうね、お父さん。じゃなきゃ、男手ひとつで、私たち三人をここまで育ててくれなかったでしょ? たとえ、男の子としてだって」
ルイさんは微笑んでいた。涙を流しながらも。それと対峙しているミズマイの顔は、空気を求めて喘いでいるかのようだ。一拍置いて、ミズマイの喉の奥から、慟哭のような叫びが吐き出されて来る。
「違うんだぁあ、ルイっ、コニー、ミロぉぉぉぉ、違うんだよぉぉぉ、お前たちを虐げてきて、本当にすまなかった……怖かったんだよぉ、成長するにつれて千世子に似てくるお前たちの姿を見てぇぇぇ、ルイはまだしも、何でコニーもミロもあいつに似るんだよぉぉぉ、俺には呪いとしか思えなかったんだよぉ……あいつのお腹にルイがいる時も、俺はほとんど仕事とか、遊びとか、朝帰りの連続で……妻の容態も顧みなかったクソなんだよぉ、ダメな人間だったんだよぉぉぉぉ。その罰かって、いっつも恐れていたんだよぉぉぉ」
ミズマイも泣いていた。真の、号泣謝罪だった。
「違ってても、違ってなくても、たぶんそれはおんなじこと……コニー、ミロ、おいで」
ルイさんはその汚く歪んだ顔を愛おしげに撫でると、二人の妹の名前を優しく呼んだ。
「おねえちゃぁん……」
リングの下から、子供のように泣きじゃくりながら、コニーさんが上がってくる。
「……」
そして、憑き物が落ちたかのように感情を迸らせながら、ミロちゃんも、ルイさんの胸に飛び込んでいった。
「だって家族だから。……家族よ、私たちは。血も繋がってるし、心も繋がっているはずよ、根っこのとこでは。だからもう大丈夫。大丈夫に決まってるじゃない?」
スポットライトによるものなのかも知れない、それを反射しているチャイナ服によるものなのかも知れない。でも、ルイさんを中心に、その両手に抱かれた三人からも、暖かく、柔らかな光があふれ出ているかのように、僕は感じた。
「……」
球場の全体が振動しているかのような、そんな歓声と、拍手と、足を踏み鳴らす音がリング上の僕らを包む。決着。これにて完全終了。
と思いきや、いや、ひとつやり残したことがある、と僕はリング中央へとずいと歩み出る。