#230:馬鹿慇懃な(あるいは、モアザンフォークロア)
クソ野郎との対峙。相変らず周辺の空気は膨大な熱を持ったまま、そして歓声が頭の中で反響しているかのような大音声の中、まるで静寂の中で二人しかいないような空間で向かい合っているようにも思える。
瑞舞レイジと、そう名乗った男は、にやにやと、軽薄そうな、それでいて底が見えないような、不気味な笑みをその油っこい濃い顔に貼り付かせているけれど。
こいつか。こいつが、僕の、僕たちの最後の相手。僕の心拍数は上がりっぱなしだ。緊迫と、高揚と、そして怒りとで。
と、そのいけすかない四十男―ミズマイは、ふかしていた葉巻をグラウンドの人工芝の上に投げ捨てると、いきなりわざとらしい素振りで、揉むような拍手をしてきやがった。
「っは! こうして間近で見ると、確かに中性的な感じはひしひしと感じるねぇ、ムロトミサキ『くん』」
僕の憤りはこの時点でピークに達しており、逆に、頭の奥や、肚の底は冷え切っていたため、こんな安い挑発には乗らない。ただ、目の前の男をじっと睨み、眺めるだけだ。
「……キミには感謝してるよぉ。アイドルだー、萌えだーってんで、こっちがさんざ苦労して仕掛けたところで、いまいちぱっとしなかった、この斜陽業界に新風を吹き込んでくれたんだからねえ」
ミズマイはねちっこく、余裕を見せつけながらそう続けるが、僕が無反応なのを見て、少し気に障ったようだ。それでも自分の優位を見せつけるかのように、鷹揚に構えてはいるけど。浅いな、こいつは浅い。
「……くっく! 何だか余裕のツラだねえ、ムロトくん。あれ? ……あれあれ? もしかして今この決勝の場に立っているのは、も、もしかして、じ、自分の実力なんだとか、そ、そんな素っ頓狂なコト、思ってるわけじゃないよね!?」
言いつつ、わざとらしく噴き出してみせるミズマイだが、何だ、この程度のテンプレ野郎だったとは。がっかりだよ。
「……評点やら何やらは、ぜーんぶ、このワタシが操作してたんだよ? 誰がどう勝つと盛り上がるか、どうしたらドラマチックな場を演出できるか、苦労して考えたんだよぉ? ワタシの掌の上で踊るだけじゃなくて、少しは感謝してもらいたいものだねえ、うん」
わかったよ。あんたは凄い。極上の、クソ野郎だ。
「あの! 試合形式についてですね! 僕から提案したいんですが、いいですか?」
と、僕は殊更にへりくだり、ミズマイに無邪気に唐突に提案してみせるわけで。これにちょっと面食らった感のミズマイ。やはり浅い。
「……どぉーぞどうぞ。どうせ決勝はワタシが勝つだけの、茶番の消化試合なんでね。せいぜい盛り上がる形式を提案してもらいたいもんですなぁ」
何だろう、引っかけやす過ぎるわーこいつ。
「……リングの上で、双方のチーム6人が全員上がって、撃ち合う形式なんてどうかなーって思うんですけど、面白くないですかね?」
えへへー、と追従笑いをしつつ、僕。僕のメンタルも、この溜王戦を通して、大分鍛え上げられてきているわけで。目的を達成するためなら、何だってやるっつうの。
「う~ん、地味っちゃ地味だけど、まあご自由に。その方が決着も早く付きそうだしねえ、願ったりかもしれないねえ、うんうん」
それで優位に立っているつもりかよ。僕は内心ばかばかしくなりつつも、何とか気合いを奮い立たせ、実況のダイバルちゃんに頷いて見せる。
「っでは!! 決勝戦は、6人全員のバトルロイヤルになるぞっ、この野郎っ!! 6人全員~、出てこいや!!」
その煽りと共に、めんどくさそうにリングへと上がるミズマイ、そして無表情なままのミロちゃん、あともう一人は、今までその存在自体が目立たなかったけど、鮮やかなエメラルドグリーンのチャイナ服を身に纏った、痩身長身の大陸的美女だったわけで。
アップにまとめた艶やかな黒髪。切れ長の大きな瞳。長い睫毛は伏せられたままだ。憂いを秘めたそのうつむき顔は非常に魅力的だけど、憂いを秘めすぎちゃってる感もしないでもない。この方はもしや……
「ルイ~、ミロ~、役立たずなお前らなんだから、せめてこの場では、少し! 少しでいいから見せ場を作ってくれよぅ、頼むからさ~」
ミズマイはそう言いつつ、両脇の二人の背中をぽんぽんと軽々しく叩いているけど、自分の娘だろっ!? この野郎……っ、とまたしても熱くなってしまう僕だけど、落ち着け少年、クールに、クールにだ。アオナギがいたらそう言うだろう台詞を頭の中に紡ぎ出して、何とか気持ちを落ち着けてみる。