#223:電光石火な(あるいは、ひとりにひとつづつ、大切な立場)
「あ、アオナギ選手、カワミナミ選手、コースアウト……」
呆気にとられたかのような、サエさんの声が響き渡る。正に一瞬の出来事。このコースの設置高さは1メートルくらいと大したことは無いけれど、二人、特に首をむちうってる方は大丈夫だろうか。再び蹲踞姿勢の滑走スタイルに戻しながらも、僕はそう、一応心配してみるわけで。
<……少年、案ずるな。後は……任せたぜ>
と、インカム越しに聞こえてくるアオナギの声。何というか憔悴は感じ取れたけど、そんな台詞が吐けるということは、大丈夫だったみたいですね。だったら、僕は僕の役目を果たすだけですっ!!
「……」
しかし、溜まりに溜まった体の疲労もものすごいものがある。そして僕は、シリアスな場面を経るごとに、ごっそりと体力を持っていかれてしまう、そんな、日常生活送れるの? 的な厄介な体質になりつつあるようだ。ダメだ。ダメな意味でもう僕はダメだ。
「……」
跪いたポーズながら、立ち眩みのような、視界が真っ白に染まっていってしまうような感覚が僕を襲い始める。周りの歓声とかも、ぼんやり遠くで響いているかのようだ。だ……め、だ……このままでは。
「……ハツマ選手、三周目に突入っ!! その後を追うコニー選手との差は、約15メートルっ!! 三番手のムロト選手とは、半周以上差がついてるんだからねっ!!」
サエさんの実況も、うわんうわんと頭蓋骨に共鳴しているかのように、はっきりとしなくなっている。やばい。僕の意識は、果てしない上空へと引き抜かれるような、そんな曖昧な感じにまで、なっ……てき……たよ……うで。
「……」
そこまでだった。僕をつなぎとめていた、かすかな意識が、糸が切れるかのようにふっとかき消える。そのまま僕は真っ暗な闇に引きずり込まれてしま
「……ムロトぉぉぉぉぉぉっ!!」
僕を呼ぶ声が聞こえた。丸男だった。限界状態だった僕の体を、その肉厚の巨体が受け止めてくれた……っ!? 僕の意識は少し回復。そして、後方へと流れていくばかりだった僕の体の、腰の辺りを、丸男はがっしと掴んでくれているようだ。再び頭に、体に血が通ってくる。
「トウドウさんっ!! 助かりました。まだ勝負はこれからのはずっ!! こっからガンと追撃してやりましょうよっ!!」
僕が柄にもなく、さわやかに前向きな事をのたまった、その時だった。
<……『フォーメーション=Y』発動。縦列合体により、最高速度が『60キロメートル』まで引き上げられます>
合成されたような音声が、インカムを通して鳴り響いた。不穏な沈黙。フォーメーション……何だって? 僕の疑念もそこまでだった。
「!!」
いきなり足元のローラー靴が青白い光を発したかと思うや否や、僕と、それに連なっていた丸男の体は、今まで以上の加速力をもって、前方へと弾かれるかのように吹っ飛んでいったわけで。こ、こんな裏技ぁぁぁ、想定外っ!!
「「お、オバヒヤぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁっ!!」」
図らずも出た、比較級オバヒの残響を残しつつも、僕らの超絶加速は止まらない。
カーブへ突入する! 曲がり切れなかったら終わりだ。僕は先ほどまでの要領と、自分の感覚を信じて、落ち着いて上半身を前に折り曲げ、左拳を足場に思い切り押し付ける。これで、曲がるっ!! というか曲がれぇぇぇぇぇぇぇっ!!
「……!!」
僕の願いが通じたのか、凄まじいコーナーワークと絶妙なちょいジャンをもって、何とか僕ら二人はアウトインアウトの理想的なカーブ痕を残して疾駆する。前にはコニーさんが近づいてきたっ!! 倍速の力っ!! 見るがいいっ!! 一気に抜き去るっ!!
「!!」
そして驚愕の面持ちのコニーさんを尻目に、僕らはトップのアヤさんの背中を伺えるところまで追いついてきた。いける!! 絶対に、絶対に追い抜いてみせるっ!!
決意新たに、でも我に返り、ふと自分たちの態勢を鑑みてみると、これは……極めて……何というか、立ち〇ックっぽい……いやもう立ち〇ックなのだ!! しばしの白目状態の僕と共に、レースは続いていくっ……!!