#220:多士済々な(あるいは、廻れまーわれ)
嫌になるほど強烈な電気ショックを両膝に食らい、うつぶせでアクリルコースに横たわっていた僕は、ずっしりと重い膝から下を何とか引き上げ、再びクラウチングスタート体勢へと戻すと、アクセル全開でトップの追走を始める。けど、状況は最悪と言わざるを得ない。
「やほぉぉぉぉぉっ、みんな楽しんでるぅぅぅぅぅぅっ!?」
トップを行くアヤさんの現在位置は、二周目の第2コーナーの入りくらい。僕とは半周弱の差がついてしまった。
それより何より、その華麗なるスケーティングテクニックの方がやばい。まるでフィギュアかと見まごうばかりに、片脚を後方へと上げた「T」の字みたいな姿勢で、観客席の方に両手をかわいく振りながら、凄まじいスピードで外周近くを滑走……というか、手を広げ、背中を反った姿は、まるで大空を滑空しているかのようだ。
そしてコースの継ぎ目、外側へ行くほど広く開いた空隙は、ダブルトゥーループとしか見えないジャンプでふわりと飛び越えて見せる。
「……」
その妖精のような姿に、球場が一体となったかのような歓声がうおおおおおん、と鳴り響く。
魅力的な顔のほとんどがフルフェイスで覆われていようが、ウェディングドレスにごついローラースケート靴を履いたけったいな格好をしていようが、この人の魅力を損なうことは出来ないのだろう。それは分かっていた。そして繰り出されるDEPが、多くの人間の心を揺さぶり、えぐり、正体不明の熱をもって、平常心を蒸発させて来ようとしてくることも。
「萌え」とひとことで言ってしまえばそれまでだけど、この得体の知れない「能力」みたいなものに、この初摩アヤさんに関わる全ての人間は翻弄されてしまうんだ。
「おおおおおっ!!」
しかし! だからと言って! ……それで勝負は決まらないっ!! おたけび一発、僕は花より実を取る戦法(最内際を地味にゴリラ走法にて最短距離を疾駆する走法)により、何とかアヤさんとの差を詰めようとする。このローラー何とかが全員同じ出力ならばっ! アウトコースを疾走し、なおかつパフォーマンスに余念の無いアヤさんに、必ず追いつけるはずっ!!
「……」
しかし、反面、僕は考えてしまう。仮に抜けたとしても、さっきのような超級のDEPをバンバン指名撃ちされたら……僕は先ほど膝の皿が割れたんじゃないかくらいに感じた衝撃を思い出し、歯がカチカチと鳴り始めるのを止められそうもない。と、その時だった。
「カワミナミ選手指名→ムロト選手っ!!」
サエさんの、少し驚きの混じった実況がインカムを通して聞こえてくる。おおう、集中攻撃。僕の少し前を、隙のないスケーティングで駆け抜けていっている黒いドレスの後ろ姿。
カワミナミさん……僕をわざわざご指名とは。淫獣DEPも既に輝きを失った(初めから輝きを放っていたかは謎だけど)、この枯れに枯れた枯れっ枯れの僕に、一体何を望んでいるんだ。
でも……この申し出を断るわけにはもちろんいかない。ずっと前(と言っても十日余り?)から望まれていた、大切な約束なのだから。状況は状況だけど、これを逃したら機はおそらく巡っては来ない。誰か……僕に力をっ!! 窮地に追い込まれた僕がそれでも気合いを入れようとした、その時だった。
「……」
二周目に入った僕のヘルメット内に、ピンポーンと間の抜けたチャイム音が鳴ると共に、
<ムロト選手:『香』に昇格なんだからねっ>
録音されていたような、合成音声のような、サエさんと何とか認識できる声が流れる。
「香」……つまり、この対局は、歩→香→桂→銀→金→角→飛→玉、と一周回るごとに格上の駒に成っていく「まわり将棋」を模していた……とでも……いう……の、かっ……!! いらん! そんな要素!!