#212:苦心惨憺な(あるいは、本質から離れることでしか存在を示せない)
会場もその前代未聞(と思われる)試合形式、そして大掛かりに過ぎる対局設備に、徐々にどよめきを増していっている。
一周300メートルと告げられたアクリル製のトラックは、この球場のグラウンドの内野から外野までを、ほぼ隈なく囲うかのように設置されており、地面からの高さは1メートルくらいのものだけど、本当に平らなただの板なので、その内側にも外側にも転落を防止するための柵なんかは設けられていない。
この上を滑走するとか言ってたよな……それだけでも相当難しそう。プラス、「ロケティック」何とかを装着云々言ってたよね……いやな予感、いやもう悪寒に近い不穏感が僕の周囲に漂い始めている。
「落ち着け少年、目先の奇抜さに目を奪われて、本質を見極めるのをやめちまうのは大きな間違いだ」
アオナギはそう、いつもの格言ぽいことを言って僕を落ち着かせようとしてくれているのかな? いやそんな事もないか。丸男はというと、ぽかりと大口を開けたまま、ぐるりを巡らされた半透明の「舞台」を見回しているだけだ。この二人のリアクションを見ると、この対局形式は初めてだと、そう思われるよね……うーん、先ほどのロボティックバトルは経験あり・裏技熟知という強力なアドバンテージがあったんだけど、今回はさすがに無しか。
でもこの皆勤賞と思われる二人が知らないってことは、相手も初見ということにならないだろうか。と、僕の脳裏をそんな甘い考えがよぎるけど、いやいや相手は何でもありの元老だ。これを事前に練習させてないはずがないだろ。
「……ルールを説明するんだからねっ!」
キャラ付けに忠実な感じで、サエさんがそう切り出すと同時に、センターバックスクリーンに、ローラースケートを付けて颯爽とストリートを駆ける若い男性の姿が映し出される。
「対局者は全員、今、こちらの男性が履いているものと同じ、『ロケティック=ローラーヒーロー』を装着していただきます。……普通のローラースケートじゃないんだろうって? 当たり前じゃないっ、ばっかじゃないの!?」
サエさんのツン罵倒は今日はキレキレだけど、「普通じゃないことが当たり前」という世界に僕はいるんだよなぁということを、この最終盤になって改めて認識させられる。
「……一見、普通のローラースケートに見えるけど……体重を爪先に掛けるだけで、最大時速30キロメートルでかっ飛ぶ、未来のハイテクマシンなんだからねっ」
そして案の定、その手の怪しげなマシーンだった。画面上では、その『ロケティック』何たらを履いた男性が、前傾姿勢になるや、凄まじい加速で道行く人や自転車を置きざっていく様子が映されていたけど。時速30キロって、生身で体感するとなると相当の速度なんじゃ……そんなんでこの足場を何周もすると。うーん、ダメ要素はどこにいった?