#205:青息吐息な(あるいは、SATURIKU)
長かった戦いが終わった。僕は……ミロちゃんに何かしらでも伝えることが、その心に何かを残すことが、果たして出来たのだろうか。
「……」
ダッグアウトに向かって全力で走りながらも、僕は今しがたまでの対戦相手のことに思いを馳せていたわけで。そ、それにしても体がもう限界だっつうの。何で対局終わってから走らされなあかんの?
「ムロっちゃあん、おつかれよぉん」
そんな僕を、一塁側のベンチの所で出迎えてくれたのは、白フリル姿のジョリーさんだった。その佇まいには未だ慣れないものの、何となくほっとする感じも覚える。
す、と手渡されたよく冷えた小瓶には、透明感のある紅い色の液体が満たされていた。緊張しっぱなしだった対局とその後の疾走によってのどがカラカラだった僕は、ありがたくそれを一気に流し込む。
「……す、すっぱ!!」
「疲れにはクエン酸よぉん。クランベリー&レモンの100%ブレンド。アタイの徹夜明けの必須アイテムよぉん」
凄まじい酸味だったけど、うん、なかなかに乙な味だ。しかも頭も身体も少ししゃっきりしたぞ。いつもながらジョリーさんの差し入れは絶妙過ぎる。
「次の対局まではまた一時間くらい空くから、また医務室でくつろいでいていいわよぉん。起こしたげるわぁ」
時刻は17時少し前。10時からこののっぴきならない「対局」をこなしてきて、体全体で痛み、ないし、こわばりを感じていない部分は無いほどだ。一時間くらい仮眠でもさせてもらおうかな……そう言えば、うちのチームの二人を対局場に置き去りにしてきちゃったけど、大丈夫かな……と、お愛想のように僕がそう思った瞬間、
「うおーい、ムロトぉぉい!!」
背後からタイミングよく丸男の呼び声が聞こえた。振り返ると隣にはアオナギがしんどそうに歩いてくるのも見えたけど、その後ろからおずおずと近づいてくる姿は、あれ?
「……む、ムロトさん」
……ミロちゃん。どうしたのかな。ぽかんとしたままの僕の前まで来た瞬間、いきなりその小さな手に手を取られた。
「……私、ムロトさんの言葉にすごく勇気づけられて……本当、何かすっきりしたって言うか……ニュートラル? そんな気分になれたんです……」
うーん、顔を近づけられて潤んだ瞳でそんな熱っぽく言われても。僕がこの少女に、何かしら出来たっていうことは嬉しい。いや、嬉しい以上なんですけどね。今までだったら全然ね。
でもね、今やね……僕の左後方から振り向かなくてもわかるほどの強烈なプレッシャーを発している人が近づいて来ていること、そちら側からは視認できるでしょ?
「……あの。良かったらですけど……次の対局までお茶でもご一緒しませんか? もっとムロトさんのお話を聞きたいんです……」
うん、だからね、ミロちゃん後ろ後ろ!!(僕の)
「あら~残念、ムロトはこれから次に備えてのストレッチ四十八手を受けなければならないの~」
作られたよそ行きの高めの声が、案の定、僕の左肩越しに響いて来る。僕と相対している丸男ががたがたと震え出したのを見て、僕はもう覚悟を決めつつ、それでいて我ながら卑屈な笑顔で振り返るのであった。
「ね?」
いつか見た、満面の笑顔のサエさんだった。えへへ、ですよね~と追従笑いと揉み手で、僕はこの場が過ぎ去ることを切に願う。サブミッションじゃなく、あくまでストレッチであってくれという事も併せて。