#204:未完成なりしも(あるいは、未完ロードで会おう)
会場はまたもや静まり返っているようだ。僕とミロちゃんが囲い込まれた、連結状態のロボットの操縦席、その数mの空間のことしか、もはや認識は出来なくなっているけど。それだけに、二人だけの空間で、二人だけで対峙している、そんな感覚になってきていた。
「……」
そして、さっきまではその恐ろしい外見の迫力に引き気味だった僕だけど、何てことは無かった。ミロちゃんはミロちゃんだった。虚勢を張れるだけ張って心を閉ざしていた、体の表面に自分で防護バリアみたいなものを張り巡らせていた、あの頃の僕と同じだった。
「……」
だとしたら言わなきゃならない事は決まっている。僕は、ミロちゃんに向かって話しかけながらも、昔の僕にも語りかけているような、そんなノスタルジックな感覚も覚えていたわけで。
「……でもそんな腐ってた自分を救ってくれたのは、間違いなくこの溜王戦だと、今では確信している。自分の中の消化出来なかった諸々を吐き出して、肚の底までひっくり返されて……正直、困惑した。翻弄された。でもその後に残ったのは、毒も澱も出し尽くした、ニュートラルな自分だった」
僕の精一杯の言葉に、ミロちゃんはじっと、身じろぎもせず、僕の目を覗き込むかのようにして真剣に聞いてくれている。あれ? その表情からは険が抜け落ちて、自然体のミロちゃんだ。戻ってきて……くれたんだ。僕はちょっとほっとする。
「たぶんだけど、君は手段としてDEPを繰り出してると……そう思う。その方が評価を評点を受けやすいから。でも、それに流されて、作りこんだ作品のようなDEPを放つのは、本当は、違うんじゃないかと、僕は思うんだ」
直近から注がれる熱く潤んだ眼差しに、多少気圧されつつも、僕は自分の思う所を思うがままに紡いでいく。
「わ、わたし……」
ミロちゃんの瞳に光るものがこみ上げて来ていた。このいたいけな少女を、僕が救えるのなら。
「わたしにはお姉ちゃんが二人いて……二人とも、やっぱり『男』であることを強いられていて……でももっとひどいのは……下の子が生まれると、もう用済みみたいに、その束縛から投げやりに解放されて……そんなの……おかしくて……」
か細い声の語尾がさらにしぼんでいってしまう。クソ親め……!!
「……肚から叫ぶんだ、ミロちゃん。それで救われる魂もある。目の前のメイドを見て。これで『男』をぶち上げているんだ。大丈夫。君にはサブロー君という強い味方もついている」
僕もしっかりとその目を見据えて、そう励ます。と、
<み……ミロ氏……貴殿こそダメ界に降臨したスーパーアイドル……自信を持つでゴザル……>
インカムに突如キサ=オーの声が入ってくるけど、お前そんな喋り方だったか?
<その萌え力は……通常の初摩の三倍。我々で頂点を目指そうじゃ、あーりませんかぁ>
ギヨ=ヨお前もな。まあ、チームメイトの彼らなりの応援だったんだろう。
ミロちゃんがぐいと袖で目を辺りを拭うと、決然とした表情となって大きく息を吸い込む。そうだよ、全部を、自分の体の中から解き放つんだ!
「「「……飛べぇぇぇぇぇぇっ!!」」」
僕ら三人の絶叫応援を受け、ミロちゃんは決意を込めて立ち上がると、せまいこの空間にビリビリ響く大声を張り上げた。
「…………私はぁぁぁぁっ、女だぁぁぁぁぁっ!! 女っ、なん、だぁぁぁぁぁぁっ」
そうだ! 拡散しろっ! 揮発させろぉぉぉぉっ!!
「スーパー可憐でっ!! ハイパーカワユスなっ!! 大天使級、ミラクル☆アイドルなんだぁぁぁぁぁっ!!」
あれ。ちょ、ちょいとお嬢さん?
「初摩ぁぁぁぁぁっ、おめえの時代はとうに終わってんだぁぁぁっ、見苦しいマネしてんじゃ、ねっぞぉぉぉぉぁぁぁぁああああああっ!!」
うん、最後はサブロー氏ばりの咆哮で締めてきたね。そしてなぜに今、喧嘩売ったの? 振り切れすぎだよぉ、ミロちゃんの方がこわいわー。そして、
「あ」
ずっとこの迫力に圧されて沈黙していた実況の猫田さんが、何かに気づいたような声を上げる。ミロちゃん……思わず立ち上がっているけど、お尻が座席から浮いたら、例の「60kmノックバック」……だよ?
「お、」
オバヒの声を上げる間も無かった。ミロちゃんの乗る黒い四角の機体は、一瞬後、盛大な水しぶきを上げて、あっけなく水路に半分くらい突っ込んでいたわけで。
「そ、それまでっ!! ……しょ、勝者、ムロト選手率いるチーム19ですっ!だニャンっ!!」
最後、誰もが忘れていた薄っすい薄っすいキャラ付けをぶっ込んできた猫田さんだけど、状況はそれでは好転しないでしょ……っ!!
「……」
うーん、うーん、何だろうこの敗北感は……いや、勝ち負けでいったら僕ら六名(猫田氏含めると七名)、全員負けだとは思うけどね。
この場を締めるため、僕は素早くアオナギとアイコンタクトを交わすと、よっこいせ、と機体背中部分のハッチを開け、四角いロボットのその肩の上によじ登った。
「……まだだぁっ、真なる最終も何のそのぉっ!! 何故ならぁ……? 僕たちの戦いはぁぁぁぁっ」
この役目をやる羽目になるとは。
「これからだからぁぁぁぁっ!!」
これといった捻りも無く跳躍した僕は、空中でお約束のキメ顔&キメポーズ。しかしもはや様式美化されたその一連の流れに、突っ込める人間など誰もいないわけで。
「……」
沈黙が会場を包むけど、僕のせいみたいな空気は何なん!? 音もなく透明なアクリル足場に着地した僕は、脱兎のごとく舞台袖に引っ込んでいくのであった。
真・最終章:ダメいっぱいの、愛にすべてを 完
※次回より、飛天・絶・天弄最終章:ダメの光はすべてダメ 篇をお送りします。