#203:不完全な(あるいは、クロード先生ごめんなさい)
異様な空気が、この、操縦席前方に開いた覗き窓同士が隣接……密接したおよそ二畳くらいの空間に立ち込めている。尋常じゃないオラついたオーラを爆散し続け、もはや「サブロー氏」としか呼びようのなくなった可憐少女、ミロちゃんの上気した鼻息がかかるほどの近距離で僕は沈黙のまま対峙している。
相変わらずの力の入った眉間と、おおん?と言い出しそうに歪められた口許が目の前にあるけど、何だよこれ、勘弁してくださいよ。
「では着手始めましょっか!」
こちらの濃密空間とは別個に、案外軽いノリの猫田さんの仕切りで、二度目のDEPフェイズが始まる。
<1st:ミズマイ:着手>
あまりの密接具合に外の様子はほとんど伺いしれないが、ご丁寧に操縦席の前面にある操縦盤に、着手を告げる文字が流れてくる。先行サブロー氏。先ほどはその「萌力」によって凄まじい評点をたたき出されたけど、今やその力は全て、何というか失われているよね……これはチャンスっちゃあチャンスなのかも知れない。
「……俺とミロは、二重は二重と言えなくもねえが……人格の根っこのところは繋がっている。幼い頃からクソの父親に、無理やり男らしく育てられ続けて、そのきっついきっつい現実から逃避するために、この俺は生まれた……いわば俺はミロのケツ持ちだ」
い、意外と壮絶なDEP……哀しい過去は、真っ当なばかりのDEPであったわけで。
<1:ミズマイ:91,222pt>
会場もその静かな迫力に圧されたのか、先ほどのような熱狂は見られないものの、その評点はまたしてもかなり高い。
「……」
しかしミロちゃんの、ふ、と力を抜いたその顔は、静かな怒りと、泣き出す一歩手前のような感情が、相互にないまぜになったような複雑な表情をしていた。
<2nd:ムロト:着手>
そんな顔を見せられて、それを無視して性懲りもない淫獣DEPをぶちかませるほど、僕もダメに毒されてはいない。モネのひなげしに描かれた木々の間に建つ白い家を見た時云々という、印象派ファッカー的なDEPは心の奥底にしまい込み、僕はサブロー氏……ミロちゃんに語りかけるように「着手」を始める。
「……君は僕と逆だ。僕は、女に生まれたけど、心は男だった。男として生まれ、男として生きたかった……ずっとそんな思いを持ったまま、人生を……どこか自分のものじゃないような感じで何となく過ごしていた。自分の人生は借り物だと、いつも頭の片隅でそう呟いているひねた自分がいた」
そこでおそらく30秒の着手限界を迎えたはずだったけど、誰も止めないので、僕は続けることにする。