#167:舌戦な(あるいは、ふぃふてぃーふぃふてぃー)
「ミリィ選手、平常心乖離率209%……」
実況リアちゃんがおずおずとそう切り出す。DEPを放ってる側も食らうことあるんだ。
いや……あるんだろう。こんなこと平常心保ったまま語れるわけがない。翼のみぞおち辺りに付けられていた「一」と記されたプロテクターが激しい衝撃音と共に吹っ飛び、僕らを驚愕させるものの、当の翼はその衝撃を受けてなお、デフォルトであるかのような例の無表情に戻ってしまっていた。
「……俺は二人を、喪われちまった二人を取り戻したかった。あの日から感情が抜け落ちて殻に籠っちまったリタには、俺がリミの姿になって、この溜王戦に無理やり一緒に出場して、かつての自分を思い起こして欲しかった。リタはまだ喋れないから、俺が変声スピーカーになってるチョーカーで一人二役をやってな。そしてリミを元通りの姿に戻すためのカネを得たかった。ここに来たのはそれが理由だ。まさか生き別れたお前に会うなんて思ってもみなかった。にしてもお前も変わったよな、岬。本名で出場してなかったらわかんなかったぜ」
そう言って力無く笑う翼。何か悟ったかのような諦めたかのような口調だ。ちょ待てよ、全然わからないぞ。全然納得できないぞ。
「お前、なに締めようとしてんだよ」
気が付けば僕の口からそんな言葉が出て来ていた。翼がそのどう見ても美少女の顔を、今度はあからさまに歪めてこちらを見やってくる。けど、そんなことに揺さぶられるか。
「自分の不幸話して終わりか? 上っ面だけ似せれば思い出してくれるかも? ここに連れてくれば思い出すかも? カネがあれば何とかなるかも? ふざけんな。そんな希望的観測に囚われた奴に、ダメ人間を名乗る資格はないっ!!」
支離滅裂な感情は、言葉に置き換わってもやっぱり滅茶苦茶だ。でも僕は翼に、よくわからないけど、身体の底の底から押し出てくるような、強い憤りを感じていたわけで。
「確かに哀しいことがあった! でもそれを一切合切、呑み込んで前に進もうとしないとダメだ!! リミさんだってリタさんだって、お前がそんな風に変わるのを望んでいるわけじゃないはずだろっ!!」
破裂音と共に、僕の右足を固定していた装置が吹っ飛んだようだ。ぐらりとバランスを崩して僕は後ろに倒れこみそうになるけど何とか踏ん張った。平常心とか、気にしてる場合じゃない。
「てめえに何がわかるっつうんだよ!! わかるわけねえんだよっ!! 双子でも、てめえの考えてることなんて昔から何ひとつ伝わってこなかったぜ? 今この時だってそうだ!! 本物の男になりてえとか言ってつっぱらかってたお前が、そんな男らしくねえ格好で俺に説教してやがってよぉ! ふざけんなってのは俺の台詞だ!」
チョーカーをもぎ取って足場に叩きつけた翼は、自分の声になって僕に怒鳴り返してきた。懐かしい声だ。その左肩のプロテクターがまたも激しい音共に吹っ飛んでいくけど、もう向こうも全く意に介していないようだ。
「『男らしくねえ』? 恰好で判断するならお前もだろ! 何が昨今の技術は……だ、浅はかなんだよ、外見で何とかなるなら、誰も苦労はしないんだ!!」
もはや事態は、きょうだい喧嘩の体を成してきていた。子供同士の口喧嘩のような。そしてその合間に殴り合うような、幼稚な喧嘩だった。しかし一方で、各々のプロテクターが派手に弾け飛んでいくのを見て、冷え切っていた観客の熱気が上がってきたようだ。歓声が沸き上がってくる。