#120:極致な(あるいは、淫獣ハンターダブルクロス)
「……」
ダッグアウトから観客席のあるスタンドへ続く通路をひた走るサエさん。その姿が曲がり角の陰に消える。見失っちゃ……駄目だ! 一瞬後、僕もその角に何とかたどり着き、キュッと床を軽快に踏み鳴らしながら華麗なターンを決め……
【のわぁぁあああああっ!!】
たと思ったら、両の足首に巧みに脚を絡まされ、僕の身体は勢いがついたまま前方へと放り出されていたわけで。宙を泳ぐ僕にスローモーション的瞬間が訪れて、床に這うようにして足払いを食らわしてきたサエさんと目が合う。その目には完全に憤りという名の鈍い光が宿っていた。
【ぐうう……!! ……!! ……!!】
と思ったのも一瞬で、リノリウムっぽい赤っぽい通路の床に両肘から落ちたと思ったのも一瞬で、後ろから首に回される腕の感触がすかさず追随してきた。熱い体温も背中から感じる。
「……なんで、私のとこに、来たの?」
押し殺した、しかしドスの利いた声が密着した体からも振動として伝わってくる。ま、まずい……完全に喉が、喉が上向いて極まってるぅぅぅぅ。
【ぼ、ぼくは、ただ、勝ったご報告を……】
「ほざくなぁっ。どうせその卑猥能力で、私との関係で上位に立とうとか思ってたんでしょうがっ! もおおおおおぉぉこの腐れ淫獣ぅぅっ! ……制裁っ、成敗っ! ……吊り天昇ダブル×エックス×ロメロぉぉぉぉぉっ!!」
首から腕がするりと外されたのを感じた瞬間、僕の体は床から数十センチの高さに上向きで浮かぶようにして固定されていた。通常のロメロスペシャルとの相違は、技を掛けられている側の両腕・両脚が交差された状態であるということ。Oh,BERHEYぃぃぃぃっ!!
「調子っ! こいてんじゃっ!! ないわよっ! 淫猥ゲス音波を放てようがっ! あんたをっ! どうにか! するなんてっ! いともっ! 容易くっ! 行える行為っ! なんだからっ、ねっ!!」
ゆっさゆさゆさゆさゆっさと前後左右に振られるたびに両腕両脚に激痛が。
「#@*¥+%$っ!! さ、サーセンしたぁぁぁぁっ!! って、あれ?」
あれ? 声が? 普通に? 聞こえるぞ? あ、なるほど、この胸腔拡張系の荒技によって、狭まっていた気道が元通りに戻ったと。そして僕は、女をヒイヒイいわせる溜王色のチート能力を失って、元の冴えない、いちダメ人間に戻ったと。
恐る恐る背後(位置的には下)のサエさんをちらと見る。紫覆面の下からは、今までに見たことがないほどの満面の優しげな笑顔。10月20日、僕は死んだ。
「……」
48手あるという関節技の過半数を流れるように連続で食らい、「私はサエ様にお仕えするけがらわしい淫獣メイドです」と3回服従の宣誓をさせられてようやく解放された僕は、憑き物が落ちた瞬間、大切なことを思い出したわけで。




