#117:機敏な(あるいは、もう【発動】している)
第5手目が終わり、僕のスライドが当然の如く1UPされる。何事もないかのようにだ。僕は落ち着いて両脚を突っ張り、滑落しないよう体を固定する。
アオナギの想定通り、あと一回上げられたら多分、気を抜けば滑り出すくらいの傾斜だ。それよりもだんだんと腹が立ってきた。
【セイナさんっ! 本当に対局を止めることはできないんですかっ!? このままじゃ……】
再度呼びかけるが、
「黙れっ! 黙れ黙れ黙れ!!」
アイドルの仮面をかなぐり捨てたカオちゃんの怒声にまたしてもかき消される。こちらを睨みつける顔はやはり怒りからか真っ赤に染まっているよ。なぜそこまでムキになるんだ?
「……明らかな不正や……何らかの事故や災害が無い限り、対局は……ぞ、続行されます……それ以外の場合は……中断したらノーゲームとなり、同条件で初めからその対局のやり直しとなります……では第6手目……始めます」
切れ切れの荒い吐息をつきながら、セイナちゃんも頑なだ。もう寄りかからないと立ってられないくらいなのに! 中断したらノーゲーム……だからか。この優位を放棄することになるから中断したくないのか。
……そして残念なことに実況少女たちもどちらかと言えば元老院寄りなのだろう。でも! でもひょっとしたら命に関わる問題かも知れないんだぞ!?
【……】
運営はこの対局を止める動きを全く見せず、相手の元老院チームも続行を望んでいる。僕らを完全に潰す好機と見ているからか? だったら、ここで引くわけにはいかない。
何とか説得するんだ、例え向こうが進行を止めないとしても。逆にだ。僕が逆転すれば……向こうは中断するに考えが翻るか? いや、そんな悠長なことやってる場合じゃない!
<親番:ムロト>
幸い、僕が親だということは決まっているんだ。だったらこうやってやる!
【お題っ!!】
煮えくり返る腹の底に力を溜め、僕は喉の痛みも構わず最大限のボリュームで言い放つ。またしてもそれにびくっとなる元老院三人娘とセイナちゃんだが、もう構っている場合じゃあない。
【『このダメ対局をっ!! 中断しない!! 納得のいく説明っ!!』】
お題として認められるか? 認められるだろう、何しろ僕には答える術がないから。さあ、僕のポイントはゼロで確定だ。これなら……理由を喋らないわけには行かないだろう?
パスはもう全員使い切った!! そして三人の内、必ず誰かが喋るだろうと推定できた時っ! 三者共に喋らないわけにはいかないっ!! 喋らなければこのターンの自分のUPが確定してしまうからね。
どうだこの悪魔的発想! そして理由が明らかになったら……? オーディエンスを巻き込んででも強引に止めさせる。もう手段を選んでいる余裕はないからっ!!
「……お、お」
一番手のカオちゃんは僕の方をずっと睨みっぱなしだ。でも答えるしか選択肢はないはずっ! みんなをウイルスから助けるためにはこの方法しか無いんだ。決然とカオちゃんの顔を見据える僕だったが、しかしこの後、それがとんでもない勘違いであったことに気づかされるのであった。




