#116:切迫な(あるいは、天使で悪魔)
「……はぅ、く、い、一番手! チマチ=カオ選手お願いしま……あすっ!!」
セイナちゃん? 何か苦しそうな声を出したぞ? ……大丈夫か?マイクを持っていない左腕をお腹の辺りに巻きつけるようにしているけど。具合悪い? と思うや、
「……わ、『わた……』……ちょ! ちょっと待ってぇ!」
一番手のカオちゃんも何だ? 顔は真っ赤、で両手をクロスさせて自分の太ももあたりを掴んでいるけど。何か……何か異変が起きつつある。先ほどのアオナギのリバース……あれがもしや空気感染する類のウイルス源だったとか? だとしたらこの対局、一時止めた方がいいのでは。
<チマチ=カオ:1,325点>
しかし進行は続き、今の発言に対し無情の評点が下される。っておい! DEPじゃなかったのに何故そこそこ評点がつく? 評点者……一般客も萌えに感化されすぎだろ。
「ぱ、ぱすぅ……」
一方メゴちゃんは何か力の抜けたような、そんな吐息のような小声でパスを告げる。さっきまでの本気モードは何処へ。やはり何かが……何かが起こっている?
「……」
リポちゃんに至っては顔を俯けたまま、震える左てのひらを差し出しただけだ。パス。これで四人全員パスを使い切ったかたちになるけど、状況はそれが些細なことと思えるくらい、異様な体を示している。
三人娘と実況セイナちゃん、そのみんなが何か様子がおかしい。本当に対局を中断した方がいいんじゃないか? しかし僕の頭の片隅で、悪魔姿のアオナギ(非常にしっくり来ている)が囁きかけてくる。
(おいおい〜チャンスじゃねえか、適当なDEP撃っちまえば、カオ1UP、少年1DOWNで一気に優位に立てるぜぇ〜?)
一方の天使(僕にとっての天使のイメージは未だに初摩アヤさんだった。ごめんよサエさん、さっきの紫猫女のイメージが強すぎて、それを払拭できなかったわけなんです)は、
(駄目よ? 目の前で女の子たちが苦しんでいるのよ? 対局だとか言ってる場合じゃないわよ? 中断を切り出すのよ?)
こんな疑問形全開の喋り方だったかはさておき、そう……だよね。それに本当に空気感染する代物だとしたらこの会場中がやばい。空調設備は整っているだろうけど、何しろ地下密閉空間だ。そしてそこに一万を超える人たちがいるわけで、パニックに発展しても恐ろしい。よし、決まった。
【提案がありますっ!!】
先ほどの要領で腹の底から声を振り絞る。コツは掴んできた。出るじゃないか声。相変わらずの掠れたハスキーボイスだが、渋いと言えなくもない。いや、それはどうでもいいか。
「!!」
僕の大声に驚いたのか、三人娘の体がびくんと衝撃を受けたかのように跳ねる。いかんいかん、あまりでかい声を出したら彼女らの体に障るよね。
【一時、対局を中断した方がいいと思うんです。どうもみなさん具合悪そうですし。仕切り直してもう一度……】
今度は少し抑え目に声を出してそう言いかけるが、次の瞬間、鋭い声に遮られた。
「そいつを黙らせてぇっ!!」
リポちゃん……だった。顔を真っ赤にしてすごい剣幕。僕は何か間違ったことを言ってしまったのだろうか。それとも彼女はこの3対1という圧倒的優勢をふいにしてしまうと思っているんだろうか。
いや僕もそこまで虫のいいことを望んでのことじゃあない。現状維持の一時中断。そういう意図だったんだけど伝わってないのか。誤解を解こうと再び口を開こうとした瞬間、
<ムロト:2点>
!! …………あくまで進行止めないつもりか? 今の僕の提案発言も手番のDEPとしてカウントしてきやがった!