#115:緩急な(あるいは、モラルハザードの夜)
親番が来るなんて正直ないだろうと思っていたが、え? あのルーレットってイカサマなかったの? 単に出目が偏ってただけ?
「……」
なんて楽観的な考えに至るほど、もう僕はダメを甘くは捉えていない。三人娘の空気がガラリと変わった。要するにここからはほんとの本気の三人の間の戦いへとシフトしていくわけだ。元老院内の序列付けでもあるのか? それはわからないけど、三人共、非常に真剣な眼差しでガン付け合っている。
そして三人の誰が親になっても、お題を決められる立場の者がいれば不公平が生じるから、敵、いわば公平な立場の僕が選ばれたと。
「……」
舐められている。僕はもういないものとして、この対局は進行しているんだ。悔しいけど、でもまあ現状を鑑みればしょうがないことかも。いや諦めるな。運営も含めて相手側に緩みが出てきているのは確かだろ? 敵である僕に有利な親番を与えるなんて。そこを突ければ……!!
しかしよくよく考えてみると、今や孤立無援の僕に、駆け引きを打つ選択肢は残されていないことに気づく。チームの誰かが残っていれば、対局の流れを見て勝負するか、わざと弱DEPを撃って味方をアシストすることも出来たかも知れない。でも今やピンの親である僕に出来ることは、お題の設定、そして渾身のDEPを放つことのみ。
「ムロト選手!! お題お願いしま〜す!!」
セイナちゃんが僕に手のひらを差し出し、迫る。ここでのお題は重要だ……自分が持っているDEPを最大限活かせるような……考えろ。考えるんだ。しかし、
「……だ……コフッ、だ、コヘッ、コハッ……」
あ、あれ? 声が。喉が何か圧迫されているような感覚がある。声が掠れて出ない! 突っかかる感じ……何だこれ。
「……大丈夫ですか?」
セイナちゃんが胡乱な顔つきでそう訊いてくるが、待って待って、喉が狭まってるのか? 声が出しにくいっ! やばいここでお題すら出せないと……どうなるんだ? 棄権になってしまうのか?
「……お題出しを放棄しますと……親1UPとなりますっ!!」
ビッと僕の方へ指を突き出し、そう宣告する実況少女。戦わずしてUPを喰らうわけにはいかないっ! 出ろっ、僕の声! 腹から、腹から出すように意識するんだ。
僕は思いっきり息を吸い込んでから、腹を膨らませ、精一杯、へその上くらいから空気を押し出すようにして言葉を搾り出した。
【……お題っ!! 恥ずかしかったダメ体験っ!!】
よし、声出た!! 物凄いハスキーボイスになってはいるけど。そして「恥ずかしかった」……これは意外と手練れ殺しなのでは? プロフェッショナルなこの元老院三人娘は、もうDEPを生み出すことに何ら羞恥心などないはず。「恥ずかしい」概念が麻痺しているとしたら……勝機はあるはず。そこを……突け!
「……」
あれ、何この間は。
対峙する三人娘はおろか、実況のセイナちゃんまでもが僕の方を何か不気味なものでも見るかの目つきをしている。やめて! そんな顔いつもよくされてるから!
いや? いやいや待て待て、これひょっとしてほんとに苦手なお題だったとか? だとしたらいけるかも。いや、そうなのか? 僕の思考は混乱を極め始める。