#112:急転な(あるいは、漢一匹)
第3手目の親はリポちゃん。僕の右隣。ということは僕が一番手となる。3回しか使えないパスの権利を、もう僕は2回使ってしまっているんだ。次こそ勝負しないと……とは思うけど、第1手、第2手共に子の一番手がUPされているという結果も気になる。もしや次の標的は僕なのでは?
「お題は……ちょっといいダメ話。略して『ちょいダば』」
リポちゃんは落ち着いた声でそう指定してくるけど、ダメ界にそんなほっこり話が存在するのか? 必死で記憶の隅まで探ってみるも、該当ゼロだ。やばいやばい。
「それじゃあ〜いきますよっ!! ムロト選手から〜スタートゥっ!!」
始まってしまった。何か……何かあるはずっ! 何でもいいから言うんだっ!!
「……」
しかし追い詰められた僕は泡食ってしまい、何も声に出来なかった。規定の20秒があっけなく過ぎ去り、僕はあえなく「0pt」を喫してしまった。
「パ、スっ」
しかしここに及んでも二番手のカオちゃんはパスだ。三連続。これで次からは勝負するしかなくなる。序盤でこんな選択肢の狭まる戦い方をするなんて……想定外だ。いや、僕の認識が違うのかも知れない。もしかして、もう終盤戦とでもいうのか?次いで丸男の手番だが、
「……ぼ、僕は、電車でおばあさんに席を譲ろうとして、勢い良く立ち上がった瞬間、肩でおばあさんの顎を跳ね上げてしまったんだな」
おいっ! ダメ要素の方が半端なぁぁぁぁい!!
<トウドウ:2,442点>
そして四桁。これは潰される流れだ。
「パース!!」
次のメゴちゃんは余裕のパス。おそらく親のリポちゃんが勝負に来る。もうアオナギが勝負して、丸男を上げてでも自分が下がるしか無い。既にそんなぐらいが最善になってしまっているイコール僕らは完全に追い込まれてしまっている。と、それにさらに拍車をかけるような出来事が次の瞬間、起こってしまったわけで。
「……う、ぐれ、お……ど」
次の手番のアオナギが何か意味不明の言葉を発したかと思った瞬間、その口から黄色がかった透明な液体が噴出された。だらりと頭を垂れ、その体はびくびくと不自然な動きをしている。様子がおかしい!
「兄弟っ!! ……おい審判止めてくれっ!! 何かやばい!!」
丸男が焦った様子でそう怒鳴るが、
「スライドから下ろしたら棄権になりますが、いいんですね?」
セイナちゃん……そんな冷たい言い方。さすがの丸男も頭に来たようだ。見慣れた赤黒い顔色の凄い形相になった。しかし一瞬後、気を取り直したかのようにこちらを見やると、
「ムロっちゃん! この一戦、後は任せたぜぇ!! 俺は兄弟を医者のとこまで連れてくからよぉ!!」
ええー!! 待って待って3対1ってこと? 僕が慌てる様子にも構わず、丸男はスライドを自らの意思で滑り落り、途中で横から飛び降りた。
そしてどすどすとした走りでアオナギのスライドに向かい、係員たちの手を借りて、だらんとしたままのアオナギの体を下で受け止め、その背中に担ぎ上げた。
「必ず二人で帰って来るからよぅ!! それまで踏ん張っててくれやあ!!」
にやりとすると丸男は三塁側のダッグアウトに向けて早足で去り始めた。
「……あ」
何も言えなかった。僕はアオナギの窮状も見ながら何ひとつ行動を起こせなかった。何やってんだ僕は。
「室戸ぉっ!!」
そんな固まってしまった僕の顔を張るように、野太い男の怒声が眼下から飛んできた。漆黒のメイド服に黒い傘。それは、
「もう勝つしかねえぞっ!! いい加減目ぇ覚ましやがれぇっ!!」
いつかのような漢・ジョリーさんだった。そうだ。このチームだからこそ、ここまで来れたんだ。託されたからには僕の仕事をきっちりこなすしかない。
「……」
もはや、にやにや笑いを隠そうともしなくなった元老院三人娘を睨み返し、僕はそう腹を括る。