#010:地道な(あるいは、DEPのつくりかた)
土曜日。
「室戸ぉぉぉぉぉ」
遠くからでも目立つな!
丸男の手を振る姿を遠目に見つつ、僕は待ち合わせ場所まで少し小走りで向かう。
井の頭公園、午後3時。僕は律儀にも3日前にした約束通りやって来てしまったわけで。
「少年、やはり来てくれると思ったぜ」
丸男の隣にはアオナギがベンチに腰掛けている。黒いジャージ姿だ。所々に埃だか何だか白い汚れが付きまくっている。相変らずのぱっと見の不審者だ。
そして「やはり」とは言ってるけど、毎晩のようにLINEで今日の集合場所と時間をしつこく送ってきておいてよく言う。今日も朝から何回か無料無言電話が入っていた。いやがらせか。
「いやあ、何だか運動系の部活動って感じでいいやなぁ。チーム。これぞチームって感じだぜぇ」
丸男は気合いが入りすぎているのか、腕を振って両脇をかっぽかっぽさせている。
今日もランニング(色は蛍光黄緑。ビブスぐらいでしか見たことない鮮やかさだ)。下は蛍光ピンクの半パン(これもビブスでよくある色だが……)。何だろう、その巨体と相まって非常に目に来る。
「動きやすい格好っていうのは、何か運動的なことするんですか? 苦手ですけど」
僕も言いつけ通り、運動できそうな服で来た。紺色のジャージ上下に、ウィンブレを羽織った格好。ここまでは家から近いので歩いてきた。
「ま、運動するかどうかは、まだわからんが、とりあえず動けるようにはしといた方がいい。今日はDEP集めをするからよお」
「DEP」とは「ダメエピソード」のことを言う。僕らの「武器」となる重要なものらしいけど……
「『集める』って言われましたが、そもそもエピソードって集めるものなんですか?」
素朴な疑問。行動の結果がそれになっていくんじゃないかって思ってたけど。
「もちろん本来は自然に積み重なっていくもんだ。だがまあ、そんな悠長なことは言ってられねえ。あくまで能動的に集めないと勝ちは望めねえし」
アオナギの言葉に頷く丸男。あなたはエピソード腐るほどありそうですけど。
「DEP自体は何度使ってもいいんだが、使うたびに新鮮さイコール攻撃力は薄れていくよな。初見の審査者ならいいんだが、溜王戦の審査員は目が肥えたやつら揃いだ。元老院も何人か出張ってくる」
何だ元老院って。そんな上位組織もあるんだろうか。ダメ業界は眩暈を覚えるほど奥深い。
「前にも言ったが、嘘はご法度の世界だ。よってDEPとして披露できるのは、『本人が実際にやったこと』に限られる」
アオナギは色のはげかけたベンチの上にあぐらをかきながら、前も言った注意点を念押すように言う。一方の丸男は池の方をぼんやり眺めている。ボートに乗りたいとか言いだすんじゃないよな。
「とはいえ、何もすべて馬鹿正直にやる必要はない。DEPは言葉のみで語る。ゆえにそこには抜け道があるってわけだ。特に日本語には曖昧だったり包括的な言葉がたくさんあるだろ? そこを突く。DEPをいかに脚色・装飾できるか、嘘を言わずに効果的なダメ体験を表現することができるか、それがDNCの肝だ。ま、その辺のことは俺ら熟知してるつもりだからよぉ。任せてほしいわけだ」
アオナギがにやりとするが、なんかいろいろ考えるんですねー、ぐらいのことしか言えない。丸男が振り向きざま、
「あのよお、スワンボートって3人で乗れるんか?」
聞いてくるがやっぱりか。沈んだりとかはさすがに無いとは思うけど、この面子でスワンに乗ってたら、いろいろなSNSに顔を出してしまう羽目になる。
あ、いや、もしかして「男3人で井の頭のスワンボートに乗った」っていうDEPを作ろうと考えているのか?なるほど意外に考えているんだ、この蛍光色も。
「駄目だ。既出だそれ」
スマホで何やら調べていたらしいアオナギがダメ出し。
しかしいい天気でひんやりと心地いいな。出来れば女の子と二人で来たかった。思い返してみても先日のあの告白が分岐点だった気がしてならない。
あの失敗告白の諸々を思い出すのはまだきつかったので、視線を丸男に合わせてみた。うん大丈夫、こんなにものびのび自由に生きている人もいるじゃあないか。