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龍神の詩7 - 嵐雨の銀鈴  作者: 白楠 月玻
二章 出立
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二章三節 - 鯉の佩玉

「僕としてはね」


 辰海は正直に答えた。しかし、すぐに次の言葉を付け足す。


「でも、良く似合ってるよ、黒いのも。清楚で、落ち着いて、大人びて見える」


「いつもはじゃじゃ馬って言いたいんかな?」


「そういうわけじゃないけど……。いつもの君と同じくらい、黒髪の君も、好きだよ」


 さほど深い意味を込めるつもりはなかったが、「好き」と口にするのは緊張してしまう。


「……ありがと」


 それでも、与羽がこれほど穏やかにほほえんでくれるのならば、言って良かったと思えた。

 嬉しそうに、ほっとしたように笑む与羽に、辰海も笑顔を返した。きっと彼女がどんな姿になろうとも、与羽が与羽である限り、彼女を愛し続けることができるだろう。


「ところでさ」


 与羽の口調と表情が戻る。

 彼女の視線が、自分の左腰辺りを向いた気がして、辰海は慌てて体の向きを変えようとしたが、もう遅い。


「それ――」


 与羽はまっすぐ辰海の腰に下げられた玉を指差していた。円盤型の青玉(せいぎょく)の表面には、扇形に並んだ三枚の葉と水流をあしらった中州城主一族の家紋が彫ってある。この佩玉(はいぎょく)が中州城主から上級文官に下賜(かし)されるものであることは、多くの官吏と接してきた与羽ならばすぐにわかるだろう。


「官位が高い方が、何かと都合が良さそうだったから……」


 辰海は観念して、佩玉を与羽に渡した。

 中州ならば、多くの人が辰海の実力を知っているため、官位が低くてもさほど問題はない。しかし、他国でそうはいくまい。官位の高さがそのまま実力とみなされてしまう。

 このたび与えられた「城主代理補佐」という役割に見合う官位が必要だったのだ。官位が高ければ、それだけ優遇され、発言の重みも増す。辰海の格が、彼の上に立つ与羽の技量を表すこともある。


「五十二位……」


 与羽は玉をひっくり返し、裏面にあしらわれた模様を見た。

 銀の筋が二本入った上に(こい)があしらわれている。鯉は五十番台以下の上級官吏を表し、銀の筋の本数や組み合わせがさらに詳細な順位を示す。


「末席もええとこじゃん」


 中州の上級文官は、時代にもよるが七十人前後だ。まだまだ低い。

 ちなみに、辰海と一年遅れで官吏になった少年――アメは現在三十七位まで順位を上げている。控えめなところがあるが、彼もかなり有能だ。中州を離れるにあたって、辰海が抱えていた仕事の多くは、彼に引き継いでもらっていた。


「いいんだよ。これからどんどんあげていくから」


 辰海は困ったようにほほえんだ。

 順位が上がるほど自由になる時間は減るだろう。しかし、もう覚悟はできている。


「まぁ、がんばれ」


 与羽が口のはしを釣り上げて不敵に笑む。辰海の昇進について、これ以上深く詮索するつもりはないようだ。

 それにならって、辰海も与羽の髪色についてそれ以上触れるのはやめた。


「君は、僕が昇進したらうれしい?」


「は? あんたが順位上げて、大臣までのぼり詰めるのは、十年以上前から分かっとったことでしょ」


 少しでも軽い話をしようと、問いかけた辰海だったが、与羽の答えは予想外に(トゲ)を帯びている。


「予想がついとったことに、うれしいも何もなかろう。むしろ、今まで遊び過ぎ。やっとかって感じ」


 与羽は辰海を見ずに話す。


「君はもっと早く昇進して欲しかった?」


 逆に、辰海は与羽の感情の機微を見のがさないように、彼女の横顔を見つめた。


「それは私が口出しすることじゃなかろう」


 しかし、与羽の顔にこれといった感情は出てこない。


「まっ、もっと早く上を目指しとったら、絡柳(らくりゅう)先輩より上に行けとったかもね。これからじゃ、どんだけ上げても二位どまり。そこは、少し――」


 すでに五位の大臣である絡柳の能力ならば、じき最上位まで上り詰めるだろう。

 使用人の家系出身と言うことで、反対する者もいるかもしれないが、少なくとも中州城主はそれを問題にしない。その証拠に、絡柳は何年も前から中州城主――乱舞の側近として重宝されている。

 もし、辰海がもっと早く順位を上げ、絡柳同様乱舞を支える立場にいたならば、辰海が最上位の大臣になっていたに違いない。文官筆頭古狐(ふるぎつね)家の地位は非常に強い。

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