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龍神の詩7 - 嵐雨の銀鈴  作者: 白楠 月玻
二章 出立
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二章二節 - 龍姫の髪

 

  * * *


 城下町を抜け、平野部で待っていた多くの兵士と合流したところで、隊列を組み直して本格的な旅路につく。

 事前に細かなところまで練り上げていたが、あまりにも人が多く、予定通りには進まない。

 一日目は、その日の目的地となる街道沿いの小さな神社につくまで、ひどくあわただしかった。いや、目的地に着いた後も、多くの人は野営のための天幕を張ったり、夕食の準備をしたりと落ち着くことがない。

 ただ、与羽(よう)は姫と言うこともあり、すぐに神社の一室に通され、落ち着くことができた。

 自分をはじめ、一部の上位の人間だけが室内で休んで、他の多くの人々が天幕で過ごすことには罪悪感がある。しかし、今の与羽は中州城主代理――中州の代表なのだ。人懐っこく、無邪気な中州の姫君のままではいられない。

 場合によっては、あえて人よりも優遇された状態にいることが必要だった。与羽が野営の準備をしている人々を手伝おうとすれば、疲労している彼らに余計な気を遣わせてしまうかもしれない。

 彼らと城主代理の上下関係があいまいになり、与羽の身や旅自体に悪影響を及ぼす可能性もある。


 上に立つ者は、下の人々を大切にし、守らなくてはならないが、決して(あなど)られてはならない。


 これは、中州城主一族が受け継いできた考え方だ。

 場合によっては、自分の命と引き代えにしてでも中州の民を守る。しかし、どれほど民を大切にし、親切にしても、自分より上位に立つことは絶対に許さない。そうすることで、中州城主一族は自らを守ってきたのだ。


「こんな髪色じゃもんな……」


 与羽はいまだにかぶっていた(かさ)の下から、一房だけ垂らした髪をすくい上げた。わずかに残る(あかね)色の光を紫に反射している。

 もし、与羽をはじめ、中州一族が一般庶民だったならば、きっと平和には生きられなかっただろう。容姿で差別され、見せ物にされ、つらい思いをしたはずだ。


「そう言えば、与羽」


 暗い顔で自分の髪を見つめる与羽の思考を、辰海(たつみ)の言葉が遮った。

 現在この部屋にいるのは、与羽と辰海のみだ。雷乱(らいらん)は与羽の護衛につけられた女武官――赤砂千里(せきしゃ ちさと)とともに万が一の場合のために、建物とその周りを確認しに出ている。

 筆頭女官の竜月(りゅうげつ)はお茶の用意をするために、厨房へ向かい、他の人々も自室で荷をほどいたり、野営の指揮をしたりしていた。


「ん?」


 軽い口調で応えながら、与羽が目線だけ辰海に向ける。


「髪、染めたの?」


「どう見てもいつもの色じゃん」


 与羽は自分の髪を光にさらして、きらめかせて見せた。


「そこじゃなくて、笠の下」


 しかし、辰海は(だま)されなかった。


「…………。はぁ……」


 与羽はしばらく無言で辰海を見ていたが、深くため息をついてかぶっていた笠をとった。


「隠しとるのに、なんでわかるかなぁ……」


 背に広がった与羽の髪色は黒。部屋に残る光を浴びても黒だ。


「さすがに目立つだろうから、竜月ちゃんに頼んで染めてもらった」


 一房残したのは、中州一族としての誇りのようなものだ。


「まっ、これでも強い光浴びたら紺色っぽくなっちゃうけどさ」


 与羽は面倒臭そうに言って、髪の毛をかき上げた。

 顔はいつもの仏頂面だ。


「最善だとは思うけど――」


 辰海は与羽の髪に触れた。手触りに変化はない。

 与羽のふるまいにおかしなところは見られないが、彼女は自分の髪色を誇り、とても大切にしている。それを染めることは、与羽にとってとても大きな決断だったはずだ。


「これっ位なら一、二年もあればまた元通りになるしね」


 軽い口調で言う与羽だが、内心はとても苦しいはずだ。後悔しているかもしれない。


「……そうだね」


 それでも辰海はうなずいた。与羽の覚悟を認めるために。


「やっぱ、前の色の方が好き?」


 辰海の間をどう取ったのか、与羽がそう聞いてきた。その声は心なしか明るくなっている。

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