終章二節 - 華金の情報屋
「第三王子にはつかないのですか? 彼の後押しをしているのは商人連合でしょう?」
「うちは連合に入らなくても十分やっていける大商業集団すからねぇ……」
秋兵衛はそれだけ答えた。
「とりあえず、もし十年後華金王が誰に代わったとしても、四ッ葉屋(よつばや)は残ってるはずっすよ」
「あと十年も今の華金王の時代が続くと――?」
「それをあなたが言っちゃうんすか?」
秋兵衛が吹き出した。
「失礼」
懐から上質な綿で織られた手巾を取り出して口元にあてながらも、秋兵衛の目元にはまだ笑みが浮かんでいる。
「まぁ、長く見て十年だと思うっすよ。華金王には優秀な策士をはじめ『影』がたくさんついてるらしいすから、結構持ちこたえるんじゃないかと思ってるっすけど。ただ『影』も一枚岩じゃなくなってきてるらしいっすね。
――おっと、話しすぎちゃったっすか?」
「いいですよ。続きをどうぞ」
彼はもう一枚大判を放り渡した。
「『影』の中には華金王以外の人に裏で仕えてる人もいるらしいっすし、逆に華金王を裏切ったふりをして、相手の情報を華金王に流したり――。もともと全く公式にされていない超極秘情報っすし、彼らの存在自体がつかみにくいんで、俺も『影』が何人いて、その名前や性別は何で、誰についているかとかを正確には把握できてないっす」
「不確かでも知っている情報を教えてください」
男は懐から出した巾着を、ドンと秋兵衛の目の前に置いた。中にはぎっしりと大判が詰まっている。かなりの大金だ。
秋兵衛はそれを確認して、巾着を押し返した。
「申し訳ないっすけど、それは『売れない情報』っす」
「口止めされていますか?」
相手は少しいらだったようだったが、それでも口調は冷静に尋ねてくる。
「それもあるっす。それに、『お客様』の情報でもあるっすから。俺があなたとこうやって話した内容を他の誰にも言わないように、他の人と俺が話した内容も『言えない』んす」
「口の堅さで、あなたの右に出る者はいなさそうですね」
「商売内容のせいで疑われることが多いすけど、俺は正真正銘『四ッ葉屋』っすからね。四ッ葉屋の厳しい商業規範に基づいてやってるっす」
四ッ葉屋が華金で最大級の商業集団になれたのも、その厳しい規範を守ることで、大衆の信頼を得ていったからだろう。
「情報屋、あなたの口の堅さを信じて、もう一つ聞いておきたいことがあります」
男は秋兵衛の膝元に小判を一束、無造作に放った。
「それは、仕事じゃなくて個人的な質問すか?」
「一年ほど前に華金王の影の一人が中州城主一族の暗殺を行おうとしたのを知っていますか?」
彼は秋兵衛の質問には答えなかった。
「存じ上げてるっすよ」
"彼"も秋兵衛のお得意様の一人だった。
「今回、中州の面々に会ってその暗殺は完全に失敗したと確信したっすけどね。まぁ、それは華金が戦を仕掛けた時点でわかってたことっす。暗殺に失敗した『影』がどうなったか。話が聞けたわけじゃないので、推測っすけど、あの姫さんと周りの人の感じでは生きてるんじゃないすかね……。
敵国出身と知って、不快感や苦手意識を感じつつも、こんな俺に丁寧に接してくれたいい子っすからねぇ。俺みたいにかなりひねくれた人間じゃなければ、彼女に味方したいと思っちゃうかもしれないっす。
中州の姫さんに会いに行くなら気を付けたほうがいいっすよ。俺の数倍ひねくれてそうなあなたが感化されることなんか絶対ないと思うっすけど、一応忠告しとくっす。姫さんに会いに行くつもりもないのかもしれないっすけど。どうなんすかねぇ……?」




