十三章五節 - 旧知の友
「舞行には輿を用意しておいたぞ」
駆け足になるのをこらえて馬へ向かう与羽の後ろで、月日大臣が舞行にそう声をかけている。
「徳之丞は相変わらず気が利くのぉ」
振り返らなくても声の調子で、舞行が満面の笑みを浮かべているのがわかる。
彼も中州城下町へ帰れたことがうれしいのだろう。
「徳之丞はまだ現役か?」
「当り前だ。まだまだ若い者には負けぬ」
「腰の曲がったよぼよぼじじいが良く言うわ」
舞行と月日大臣はくだけた様子で言葉を交わしている。長年ともに中州を支えた同士なのだろう。
「あいにく文官はここで勝負なのでな」
月日大臣が枯れ枝のような指で自分の頭を軽くたたいた。
「あと十年はボケる気がせんな。少なくとも五年は嵐雨の乱の復興に尽力しなくてはならぬ。
……それに、華金が徐々にきな臭くなってきた」
小さな声で付け足された言葉は、武官の手を借りて馬に乗る与羽の耳には届かなかった。
「気苦労の絶えんじじいじゃのぉ。禿げるぞ」
言葉の聞こえた舞行は、しかし、それでも愉快そうに笑っている。
「どっかの楽天的すぎる老主人が心配をかけるせいで、とっくに禿げておる」
「ほぉ……。世の中にはひどい老主人がいたもんじゃのぉ」
自分のことを言われているのは分かっているだろうに、舞行はすっとぼけた。
「まぁ、わしもせっかく中州へ帰ってきたことじゃし、できる限りの手伝いはするぞ」
そして、月日大臣が言い返す前にそう付け足す。
そのせいで、月日大臣は言おうと思っていた小言を飲み込まざるを得なくなった。
「そのためにわざわざ帰って来たのか?」
代わりにそう尋ねる。
「うむ……。まだ乱舞にはちぃと荷が重かろう」
重々しい口調で小さく言いつつも、舞行の陽気な表情は崩れない。
「もちろん、この事は他のもんには内緒、な?」
「……わかっておる」
「硬い口調もあいかわらずじゃのぉ」
舞行が笑った。
そうしている間にも、与羽は馬上にあがり、中州城下町に馬首を向けている。一刻も早く城下町に帰りたい与羽の気持ちを察して、舞行も用意された輿に乗った。
その横には月日大臣が並んでいる。
「卯龍は国境の砦じゃったか?」
城下町への道を進みながらも、舞行は情報収集を欠かさない。
「そうだ。年始には城下に戻る予定になっておる」
「卯龍の話を聞くのも、楽しみじゃの」
政治の話を交えつつも談笑する舞行と月日大臣の言葉もほとんど耳に入らないほど、与羽の気持ちは急いていた。この場所から城下町までは、人の足でも半刻(一時間)かからないほどだが、何とももどかしい。
絡柳や紫陽大臣が声をかけてくれたが、それにもそぞろな返事しかできなかった。
視線は常に道の先、中州城下町に注がれている。
「……はぁ」
その様子をさりげなく探っていた絡柳は、城下町が近づいてきたところでため息をついた。
「大斗」
先頭を並んで馬を進める武官の青年に小さく声をかけて、目配せをする。
大斗は心得ていると言うように、軽く片眉をあげてすぐ後ろについている与羽の様子を目視した。
「与羽」
絡柳は次に少し声を大きくして、城主代理を呼んだ。
中州城主の代わりとして、堂々とした凱旋を行おうとしているのは姿勢や表情から分かる。しかし、与羽のことを知っているものには、その内側には喜びや不安、期待などを秘めた与羽個人の感情が透けて見えた。
与羽が城主代理としてのまじめな顔で絡柳を見る。
「行くぞ」
絡柳が淡くほほえんで馬を駆った。大斗はその声よりわずかに早く馬を走らせはじめている。
「え……?」
与羽は一瞬戸惑ったものの、彼らの意図を察してすぐにそれにつづいた。与羽のはやる気持ちを察して、早く城下町につけるように馬を走らせてくれたのだ。
彼らの後ろには辰海も従ったが、それ以外の人々は月日大臣と紫陽大臣のさりげない指示で若干隊列を組み直しただけで速度を変えない。




