十三章四節 - 迎え
「あ、そうだ、姫さん」
そんな与羽の葛藤を知ってか知らずか、秋兵衛が気安く呼び止めてくる。
「姫さんにこれをあげるっす。外つ国の貴族御用達の髪染め用色粉落とし剤。なかなかしっかり染めてあるみたいなんで、完全に元の色には戻せないかもしれないすけど、少しでも地毛に近づけられると思うっすよ」
そう言って、彼が差し出したのは、細かい装飾の入った玻璃の瓶だ。このあたりでは見かけない精緻な花の意匠が施してある。
「広い海を隔てた外つ国の中には、淡い髪色をした人の住む国があるんす。華金にもその血を継ぐ方がいらっしゃいますよ。その外つ国では髪を染めるのが時々はやって、染めた色を落とすための薬にも良いものが多いんす」
そう薬の説明もしてくれる。
「間違っても毒なんかじゃないので安心してくださいっす。この四ッ葉屋秋兵衛、商人の誇りにかけて商品を偽って売ることは死んでもしないっす」
自分の胸に手を当ててそう言う秋兵衛の目は、意外にもまっすぐだった。
与羽は辰海に目くばせした。
彼女の意図を正確に察した辰海が秋兵衛の手から小瓶を受け取る。そして、それを与羽に渡すことなく懐にしまった。
「短い間でしたが、お世話になりました」
中州城下町まで船で下ることができたのは、秋兵衛のおかげも大きい。不本意ながらも、彼に感謝している点もあるので、与羽はそう頭を下げた。
「全然気にしなくていいっす。俺も楽しかったすから」
しかし秋兵衛は人の良い笑みを浮かべて、首を横に振った。
そしてそれとは打って変わって、姿勢をただし洗練された動作でお辞儀する。
「もし、外つ国や他国の変わった商品を欲される際は、ぜひとも四ッ葉屋(よつばや)をご利用くださいませ。世界中に草の種のように点在する四ッ葉屋傘下の商人が『四ッ葉屋』の名にかけて、意に沿う品物をお届けしてみせましょう」
「……ありがとうございます」
非の打ちどころのない態度の秋兵衛に、与羽は何とかそれだけ返した。最後まで読めない人間だ。
「みんな待ってるみたいだから、そろそろ行った方が良いっすよ」
「あ……、はい」
秋兵衛に促されて、一歩船の縁に近づく与羽。
「あんたは――?」
「俺は中州の人たちにとっては敵国出身者なので、ここでひっそり見送るっす」
そう言って秋兵衛は船に残っている船頭の近くへ静かに向かった。以降の予定の確認をするのだろう。
「行こう」
辰海にも促されて、与羽の足が船を降りるために渡された板にかかった。
荷物の運び出しを終えた雷乱が、岸から与羽に手を差し伸べている。
「また――」
そんな声が聞こえた気がして、与羽は雷乱の手を取りながら振り返った。
淡く笑んだ秋兵衛が小さく手を振っている。雷乱にやさしく引き寄せられながらも与羽が仏頂面ながらも軽く会釈すると、秋兵衛は愛嬌のあるしぐさで片目を閉じてみせた。
しかし、「与羽」と辰海に声をかけられて正面に向き直る。
最後の一歩で大きく船と桟橋の間に渡してある板を飛び下り、雷乱の手を離したあと出迎えの面々に歩み寄った。
「良く帰ってきたな」
二位の大臣、老年の月日徳之丞大臣が白いあごひげをしごきながらそう声をかけた。普段は眉間にしわを寄せ、厳しい顔をしていることの多い大臣だが、今は目じりにしわが寄っている。
「おかえりなさい」
そうやさしい笑みを浮かべて迎えてくれた紫陽大臣は、『白雷弓』の異名を持つ紫陽沙羅の母親だ。
「ただいま帰りました」
与羽は二人の大臣とその後ろに控える官吏を見渡して応えた。見覚えのある顔ばかりで与羽は笑みを深めた。
「中州は変わりありませんか?」
「それは中州城で城主を交えて話さないか? 城で待ちくたびれているだろうからな」
老いを全く感じさせないはっきりした口調で言った月日大臣は、後ろに控えている馬の一頭をあごで指した。
「はい!」
そうだ。今誰よりも会いたいのは兄――乱舞。
二ヶ月以上かけて中州の周辺国を回って感じたこと思ったこと、良いことも悪いことも話したいことがいっぱいある。




