十三章三節 - 中州国中州城下町
「城主はいないんすね。でも、なかなかな顔ぶれじゃないっすか」
降船の準備が整うのをそわそわしながら待つ与羽の後ろから秋兵衛がそう声をかける。
確かに乱舞がいないのは残念だ。政務で忙しいのだろう。しかし、六人いる大臣のうち二人を出迎えによこしてくれた。しかも、六人のうち一人は南部の砦におり、一人は今回の旅に同行している。現在四人しかいない大臣の半分と考えれば、相当豪華な人員と言える。
彼らの後ろに控えた官吏の中にも名の知れた上級官吏の顔が見えた。
与羽は秋兵衛の言葉にうなずいて同意しかけてはっとした。
すばやく振り返ると、部外者だからだろうか荷物の影に隠れつつも、淡い笑みを浮かべて出迎えの人々や船上の与羽たちを眺めまわす秋兵衛がいた。顔に影が落ちているせいか、普段は好奇心旺盛な子犬のような目が、獲物の喉首にかみつく機会を見計らう狼のそれに見える。
与羽の視線に気づいて一瞬だけ浮かべた表情も挑発するような黒い笑みだった。
「なんであんたが、城主がおらんことや集まっとる人の位を把握しとる?」
与羽は厳しい口調でそう尋ねた。
ほかの人々は一足先に出迎えの人々にあいさつしたり、荷物をおろす準備をしたりしているため、与羽たちの会話に気を向ける者はいないようだが、声は抑え目にしてある。
「凄腕商人たるもの商売先や隣国の商業、工業、地理、政治、思想――、いろんなものに精通してるのは当たり前っすよ!」
明るい声で言った秋兵衛は人差し指を立てて片目を閉じてみせた。
たとえ意識を払っていても、この秋兵衛と与羽の様子は今までと何ら変わりないように見えるだろう。与羽が秋兵衛を避けたり、強い口調で話したりするのは印象の悪かった天駆で会った時からな上、秋兵衛は普段通りの陽気さを保っている。
「これ、いろんなものを売買する上でかなり大事なコツっす」と人懐っこい調子で言う。先ほど見たものは気のせいだったのかと思ってしまいそうだ。
「まぁ、疑り深さは大事っすよ。姫さん素直そうだから。華金なら一瞬でだまされて花街行きっすよ。
――何なら、聞いてみますか? 『あんたは何者な?』って」
いたずらっぽく笑んで冗談めかして尋ねる秋兵衛。調子は違うものの、言葉自体は驚くほど与羽のものに似ている。与羽が厳しく誰かを問い詰める時の話し方だ。
「あんたは何者なん?」
与羽はわざと秋兵衛のよりも口調を柔らかくして尋ねた。彼の言った通りの問いをするのは癪だ。
「ただの商人っすよ」
秋兵衛はにっこり笑って答えた。完全に与羽をからかっている。
与羽の頭に血がのぼった。
「ほら準備が整ったみたいっすよ。船、下りないんすか?」
しかし、与羽が何か言い返す前に秋兵衛がすっと前方をさした。
船を降りるための板が渡され、竜月が荷物の運び出しを指示し、それに従って雷乱が荷を運んでいる。
絡柳はすでに船を降り大臣たちと言葉を交わし、大斗と実砂菜は足の悪い舞行が船を降りる手助けをしていた。
辰海だけはいつからいたのか与羽から五歩ほど離れたところに控え、与羽たちに厳しい視線を注いでいた。
「あ」
辰海の視線に気づいて、秋兵衛は慌てたように与羽と距離をとって両手を挙げた。
「ちょっとからかっただけっすよ。そんなに睨まなくったっていいじゃないすか。華金には姫さんみたいに素直な貴族や王族がいないから、おもしろくって意地悪しちゃっただけっす」
「行こう、与羽」
額に汗を浮かべて早口で弁明する秋兵衛には目もくれず、与羽に手を差し伸べる辰海。
秋兵衛が話をはぐらかしたせいでまだ聞けていないことがある。ここは辰海に事情を話して時間をとってもらい、秋兵衛から十分な情報を得るべきではないだろうか。
辰海なら協力してくれるだろう。そう思ったが、辰海の感情に乏しい目を見た瞬間やめるべきだと思った。
辰海には必要以上に依存しない。「辰海ならやってくれるだろう」という考えは甘えでしかない。




