十二章四節 - 龍姫と神官
「空……」
「知りたいのですか?」
空は長い前髪の下から与羽を見て尋ねた。その目は、心なしかいつもより力なく見える。
「……話してくれるんなら――」
「なぜですか?」
「『なぜ』って――。それで少しでもあんたが楽になれるかもしれんし、うまくはできんかもしれんけど励ませるかもしれんから……」
「"それ"ですよ」
おずおずと言う与羽を指さして言う空。
「みんな、あなたの悩みを聞いて、あなたが少しでも楽になれるように、安心できるようにしてあげたいんです」
いきなり話の流れが変わったが、最近の与羽が一人で悩んでいることに対する言葉だとすぐに分かった。
「きっと、今のあなたは本気でわたしの過去を聞いて、励ましたいと思っているのでしょう。辰海くんや水月大臣、九鬼武官、野火女官たちも同じですよ。あなたの悩み、苦しみを聞いて、"少しでも"あなたの力になりたいんです」
空は幸の墓石の隣に腰かけ、冷たい石にそっと腕を回した。名の刻まれていない石に視線を注ぎ、指先でいとしげになでている。
「もちろん、わたしがそうであるように、あなたがどれだけ知りたいと思っても、話すつもりがない場合もあるでしょう。あなたが話したくないのなら、無理に話す必要はありません。ただ、あなたが私のことを知りたいように、彼らもあなたのことを理解したいと思っていると言うことだけは知っておいてください。しかし――」
そして空の目が再度与羽を向いた。先ほどと同じ、愁いを帯びた力ない目だ。
「もし、あなたが心のどこかで『誰かに話を聞いてほしい』『助けて欲しい』と思っているのなら、少しでもいいので伝えてあげてください。目を見るだけでも、手を握るだけでもきっと伝わりますから」
「…………」
与羽は機嫌悪そうに空を見たが、すでに彼は墓石に視線を戻してしまっている。
「船で帰るそうですね?」
それでも与羽の険悪な雰囲気は感じているのだろう。空はおだやかな口調でそう話題を変えた。
「じいちゃんの足を考えたらそれが一番楽そうじゃったから」
与羽は尖った声ながらもちゃんと答えた。
中州城下町へ帰ると言った舞行は足が悪い。昨年天駆に来たときは馬を使ったが、できるだけ舞行に負担をかけさせたくないのが、中州一行と天駆領主の総意だ。
駕籠も考えたが、十分な身動きが取れない狭い空間に長時間いるのは、精神的にも肉体的にもつらい。風見のような牛車や馬車が通れる街道もない。
結果として、天駆から中州方向ならば、川を下る船が時々出るのでそれを利用しようと言うことになった。
月見川は流れが荒いことで有名で、船旅には危険が付きまとうが、ちょうど明日天駆で名の知れている船頭が舵をとる船が出ると言うことなので、それに同乗させてもらうことにした。この船を逃すと、しばらく中州城下町まで下ってくれる船はないのだそうだ。
「お気を付けて。あなたに龍神様の加護あらんことを――」
澄んだ声で言って、空は頭を下げた。
その顔に先ほどまでの憂いはなく、いたって穏やかだ。何かを悟った神々しささえ感じられる。
「ありがとうございます」
与羽は無意識に敬語でお礼を述べていた。初めて会った時の印象があまりよくなかったので、ずっと反抗的な態度をとってきたが、彼は非常に優れた神官で年上なのだ。
「何かありましたら、いつでもおっしゃってください。天駆もわたしもきっとご協力いたしますから」
淡くほほえんで差し出された手を与羽は握り返す。
彼の手のぬくもりは、寒くなった秋の夜にとても心地よかった。




