二章一節 - 旅立ちの儀
「なかなか豪華な顔ぶれ……」
旅立ちの日、与羽は中州城の庭園に集まった人々を見てつぶやいた。
ここにいるのは、中州の人々と中州に助力に来てくれた武士の中でも指揮官として働いた上位の人々だ。
庭の広さの関係で、全員をこの場所に集めることはできなかった。旅に同行する他の人々は、城下町を出た平野部で待機しているはずだ。
庭園に並ぶ人々から少し距離を置いて縁側に立つ乱舞の両脇には、彼の側近――絡柳と大斗。背後には、第三位の大臣である漏日時砂が控えている。
与羽も端の方ではあるが、乱舞と同じ縁側に立っていた。
灰青の丈短の小袖、日よけをかねた笠を目深にかぶり、結いあげた長髪と肩から背にかけての部分を笠の縁から垂らした薄布で隠している。
今回は、国の代表者として旅をしなくてはならない。それを意識してのいでたちだろう。小袖のすそは、"姫"にしては少し短いが……。
そんな与羽の横には、城主代理補佐を仰せつかった辰海がいる。
袴姿の旅装束は黒紅色で、その腰に上級文官を示す玉が提げてあるのだが、わざと目立ちにくいように、腰に佩いた刀で隠していた。
辰海とは反対の隣には、二十代半ばの女武官。武官の指揮を任された大斗がよこしてきた与羽の護衛――赤砂千里だ。
肩の長さの髪に橙の布を結び、明るく人懐っこい雰囲気を纏っている。腰に佩いている二本の刀も細く短いもので、一見すると武官にすら見えないが、実力は武官十八位という位が証明している。
そして、与羽の斜め後ろには、さらに女が二人控えていた。
こちらは二人とも与羽と親しい学問所の同期だ。おかっぱ頭の上級文官――漏日藍明に、巫女装束の吉宮実砂菜。どちらも辰海が与羽の話し相手や、困った時にすぐ頼れる存在として呼び寄せた。
辰海も極力与羽に気を遣うつもりだが、限界がある。
彼女たちのさらに後ろに控える筆頭女官――竜月は、世話をする人が増えたことに、目を輝かせていた。
竜月の隣には、雷乱もいる。自分と同じ、与羽の護衛官と言う地位が赤砂千里武官に与えられたせいで、不機嫌そうだ。しかも、彼女の立ち位置の方が雷乱より与羽に近い。
しかし、城主である乱舞が話しはじめたこともあり、誰も声を発して雷乱を励ますことができない。せいぜい、一番近くに立っている竜月が小さな手を雷乱の太い腕に乗せたくらいだ。
乱舞は穏やかにひとりひとりの顔を見ながら、ここにいない人も含め、助力に来てくれたすべての兵士に感謝の言葉を述べた。
彼らの中には、今回の嵐雨の乱で傷を負った者や、戦死した者もいる。その点にも触れ、もし今回協力してくれた国々が危機に陥った時は、中州もできる限りの助力をすることを約束した。
そして、中州の面々には、無事にすべての人を送り届け、帰ってくるように言う。
乱舞のあとに与羽も、事前に用意されていたあいさつをした。
本当ならば、乱舞のように自分で考えた言葉を言いたいが、今はまだあたりさわりのない台詞で話すのがやっとだ。
それが終わると、とうとう旅立ちだった。
総指揮を任された文官三位――漏日時砂の指示で、隊列が組まれ、順に城を後にする。
与羽も馬に乗せられ、周りを騎乗した中州の上級官吏と自分の側近に囲まれた。兄や見送りに来てくれた比呼、その他の友人と、言葉を交わす時間すらない。
多くが徒歩なので、彼らの速度に合わせて馬を歩ませながら、中州城下町の大通りをゆっくりとくだる。
通りの両端には、他国の兵士に感謝を示したり、中州の官吏を激励したりする町民が並んでいた。与羽を呼ぶ声も大きく聞こえる。与羽はそれに控えめに手を振って応えた。
「いつも通りでいいんだぞ」とさりげなく馬を寄せてきた絡柳が言ったが、なぜかそうする気は起きなかった。