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龍神の詩7 - 嵐雨の銀鈴  作者: 白楠 月玻
十二章 紅葉
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十二章二節 - 影の守護

「ふふん?」


 大斗は与羽のまぶたから手をはなし、彼女の表情を確かめた。目を閉じたままの与羽は無表情で感情が読み取りにくい。


「まぁいいけど。

 お前はもっとわがままでもいいと思うよ。いや、お前のわがままなはいつも、かわいらしいいたずらの範囲内だ。たまにならもっと人をあせらせるような、心から苦労をかけるよなわがままだって言ってもいいんだよ? 迷惑になる、心配をかけると思って抱え込もうとしてるのかもしれないけど、そうやって強がられる方がよっぽど心配だ」


「うるさいです」


 与羽は低めた声で言う。


「そうやって怒りをぶつけてスッキリできるなら、いくらでも相手になるけどね」


 大斗は与羽の頭に手をのせた。

 しかし、素早く与羽に払われる。


「ちっ」と大斗の舌打ちが聞こえた。


「俺は古狐ほどやさしくないよ」


 与羽が無愛想すぎるせいだろう。大斗がいらだちのこもる声で言う。


「まぁでも、お前は乱舞の大事な妹だし、俺の大事な弟子だ。お前が辛そうだと俺も心配になる。俺に言えないならそれでもいいけど、お前には元気で無邪気で、最高に強気でいて欲しいな」


 与羽は目を閉じたままで、反応を示さない。


 大斗は小さく息をついた。


「早めに中州に帰れるように絡柳(らくりゅう)と調整してあげる。今のお前には中州と乱舞(らんぶ)が必要みたいだから」


「余計なお世話です」


 やっと反応を示した与羽は、眉間にしわを寄せて大斗を睨みつけた。

 しかしすぐに顔をそむけてしまう。


「はぁ……」


 先ほどより一層いらだちの分かりやすい調子で大斗が息を吐く。


「もう、勝手にすればいいよ」


 大斗は与羽を見なかった。

 彼女に背を向け、立ち去る。その足取りは普段より雑だ。


 与羽の視界から外れたであろう辺りで、大斗は人の気配を感じて首をめぐらせた。


「なんだ、いたの?」


 背の低い茂みを背にひっそりと立つ彼にそう呼びかける。


「はい」


 彼はいつもの吊り上った目を与羽のいる方向に向けたままうなずいた。


「与羽を守らなくてはならないので」


 普段大斗と話すときの怯えは見られない。


「ふふん? けんかでもしたのかと思ってたけど――」


「けんかはしてませんよ。必要があるから距離をとっているだけです。与羽は僕のこと避けてるみたいですが……」


 辰海(たつみ)は少しさびしそうにほほえんだ。


「ふられたの?」


 大斗がおもしろがるような口調で言えば、辰海が鋭い視線を向けて睨む。


「違います」


 そんな言葉が冷やかに返ってきた。

 大斗が肩をすくめたが、その口のはしは不敵にあがっている。

 辰海が不快そうに目を細めた。


「まぁ、いいや」


 それを見て大斗は辰海から視線をそらす。これ以上彼を怒らせるのは得策ではないと思ったのだろう。大斗自身もまだいらだちが抜けていない。ここで争うはめになるのは避けたいところだった。


「あとは任せていいの?」


 大斗はすでに与羽がいる方向へ背を向け、辰海にも横顔を見せるのみだ。


「はい」


 辰海は深くうなずいた。


「それなら、頼んだよ」


 そして大斗は、舞行(まいゆき)や絡柳――、他の人々がいるであろう方へ歩み去った。

 辰海はその背を途中まで見送って、与羽のいる方へ目線を戻した。赤と橙の葉の間から、与羽の黒く染めた頭が見える。

 遊歩道の欄干(らんかん)に両手をつき、身動きすることなく目の前の赤い世界を向いている。


 何を見ているのだろうか。何を考えているのだろうか。

 心配で仕方ないが、今の辰海が声をかけたところで逆効果だ。


 与羽が動いたのは、それから四半刻(30分)ほどたったころだった。泣いていたのか、着物の袖で目元を軽く押さえて振り返る。

 辰海は葉の隙間からそれを見ていた。距離があるし、葉も十分茂っている。与羽からこちらは見えないだろう。


 与羽は一度深呼吸したあと緩慢な動作で足元に落ちていた枝を拾った。もみじの葉の残る美しい枝だ。

 それを見て、与羽はわずかに笑みを浮かべたようだった。ここから彼女の表情を視認することはできないが、雰囲気でなんとなく分かった。辰海の口元にも、かすかに安堵したような笑みが浮かぶ。


 枝や葉についていた木くずや泥を払い落しながら、与羽はこちらへ向かって歩きはじめた。

 辰海は慌てることなく茂みを回り込み、与羽から見えない位置に移動する。幸い、与羽は辰海に気付くことなく通り過ぎて行った。方向からして、他の人々と合流しようとしているのだろう。


 ――少しは落ち着いたみたいでよかった。


 辰海はほっと息をつくと、与羽に気付かれないように気を付けつつ、彼女の後を追った。

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