十一章六節 - 無神経な商人
「ちょいちょい、そこのお姫さま」
市をぬけようとしていた与羽にそう声をかけてきたのも、冬に向けて常備薬を売る者だった。
「こっちっす!」と二十歳前後の青年が手を振っている。その顔に見覚えはない。
与羽は少し警戒しながらもそちらに近づいた。
その隣にはすぐに攻撃できるように錫杖を持ち直した実砂菜が並ぶ。
与羽は近づきながら相手を観察した。
彼の前には、練り薬が入っているらしきつぼや薬草、香草が置いてある。
左目の下には特徴的な泣きぼくろ。それ以外はこれといった特徴のない顔立ちだ。背格好も中肉中背と言ったところか。
「おー! やっと話しかけられた! 俺のこと覚えてないっすか?」
砕けた口調に実砂菜が眉をひそめたが、与羽はさほど気にしていない。
それよりも、人の良い笑みを浮かべているこの青年が何者か記憶をたどっている。
「……もしかして、中州から黒羽に抜ける峠道をご一緒された方ではありませんかぁ?」
表情を変えずに悩む与羽に変わって、竜月がそう首をかしげた。
「おー! 正解っす、女官どの」
彼は指をぱちんと鳴らして、陽気に竜月を指した。
「正解したご褒美にアカギレの薬を半額で売ってあげるっすよー!」
「タダなら買いますぅ~」
竜月は舌足らずな甘えた口調で返す。彼女なりの値切り法らしい。
「それは買うとは言わないっすよ! でも、良いでしょう」
薬売りの青年は笑顔でツッコミを入れつつも、木をくりぬいて作った小さな器に、つぼに入っている薬を少量分け入れ、油紙でふたをして差し出した。
「試供品ってことで少しだけあげるっす。効き目を実感できたらぜひうちで!」
「わぁ! ありがとうございますぅ~!」
「それで、何の用ですか?」
はしゃぐ竜月をどけさせて、与羽はやや不機嫌な口調で尋ねた。
「いやぁー、正直用はなかったりするんすけど……。峠越えでお世話になった姫さんが見えたんで、声をかけてみただけっす!」
青年は白い歯を見せてにっと笑った。
「予想以上にべっぴんさんっすね! おぉー、この髪藍色っすか? 中州や天駆の領主一族は龍神の子孫だって話は聞いてたっすけど、こんな感じなんすねー! んん? ここだけ色が明るいっす。もしかしてこれが地毛で他は染めてるんすか?」
早口に言って髪に伸ばされた手を、与羽は自分の髪を大きく後方に払ってかわした。
「むぅ~、触らせてくれたっていいじゃないっすか、けちぃ!」
青年はほほを膨らませながら行き場をなくした手をひっこめる。
しかし、すぐにまた何か見つけたのか目を輝かせた。
「そのほほの暗いあざって、『龍鱗の跡』ってやつっすよね!」
自分の龍の一族としての特徴に触れ続ける青年を与羽は軽く睨みつけた。容姿のせいで腫れ物に触れるような特別扱いを受けた黒羽と風見での出来事を思い出して不快だ。
「目もきれいな紫水晶色っすね!」
しかし、青年は与羽に睨まれていることさえ気づかないのか陽気にそう感想を述べる。
与羽は彼の言葉を無視して踵を返した。天駆の屋敷へ戻る方向だ。今日はもう町を歩く気になれない。
「ご主人さま……」
竜月がその背を支えるように腕を回した。




