十一章五節 - 扇端の市
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与羽が自由に外出できるようになったのは、龍頭天駆に到着して十日ほどたってからだった。
しびれを切らした希理が、自分の臣下たちをしかりつけ、与羽たちに迷惑をかけないよう言いつけたのだ。
それで止まらないものもいたが、希理の言葉のおかげで与羽たちもしつこい相手には相応の対応が取れるようになった。武力にものを言わせて力づくで追い返したり、あまりにも迷惑なものは希理に報告して、官位剥奪をちらつかせたり――。
そこまですればさすがに下心から声をかけてくるものは減る。
人に声をかけられることがほとんどなくなったおかげで、与羽は気軽に龍頭天駆の町を歩けるようになった。
ついてくるのは、筆頭女官の竜月と巫女装束をまとう実砂菜だけだ。実砂菜は白い小袖と群青の袴に龍を模した錫杖まで持って正装している。
錫杖はかつて違う宗教のものだったが、戦の多い中州では武器にちょうどいいと言うことで、水主神官家の神具として採用された。
武官位を持つ実砂菜は棒術の達人だ。彼女がいれば、その辺の人たちが束でかかってきても大丈夫だろう。与羽はもちろん、竜月も少し武の心得があることだし。
「今日も甘味巡り?」
錫杖でじゃっじゃっと土の地面をつきながら、実砂菜が尋ねる。
「そう。この時期は芋菓子や栗菓子がおいしい」
与羽は両替してもらった天駆の銀子の入った財布を握りしめて軽い足取りで扇状地を下って行く。
ちなみに、与羽が滞在している天駆の屋敷は北に開けた扇状地の要の部分にあり、今は扇の先の方にある庶民が多く暮らす町に下りている途中だ。
要に近い扇頂部の上流階級の人が住む区画と、扇端部の一般人が住む区画は帯状の草原できっちり分けられている。
「龍頭天駆って、素朴ですが質のいいものが多いですよね~。やっぱり神様にささげることが多いからでしょうかぁ?」
「そうかもしれんね。この辺一帯重要度の差こそあれ全部聖地だから」
与羽は龍頭天駆の三方に広がる山林を指して言った。
ここは龍神の頭にたとえられる神聖な場所だ。普通集落近くの山林は薪をとりに入るため、まばらに小さな木しか生えていない寂しい風景が広がるが、このあたりは聖地として保護されているためうっそうとした自然に囲まれている。この時期は木々が色づきはじめ、目にも鮮やかだ。
「きれい」
赤や茶、黄に染まりはじめた山々を見て、与羽はため息をついた。
「月日のお庭がきれいなうちに帰りたいですね」
竜月がそうほほえむ。
天駆より南にある中州城下町で葉が色づくのはもう少し先だろう。
確かに、中州でも有数の美しい庭園を持つ月日本家の紅葉は見たい。
「もう結構見て回ったもんね……」
与羽は辺りを見回しながら言う。草山をぬけ、町に入ったがこの風景も見慣れはじめた。
わらぶきの長屋が軒を連ね、その間を防寒着に身を包んだ町民が行きかっている。
大通りの入り口には近隣の村人や旅商人が市を構えていた。そこに並ぶのも、保存食や漬物を作るための塩、毛皮、薬など冬越しを見越したものが多い。




